1.「we」
2012年10月28日 18:20
「速攻!」
体育館で、大きな声が響き渡る。
相手のパスをカットした選手が、合図と共に前方に走り出した選手にボールを投げる。
その選手は難なくボールをキャッチすることに成功したが、セーフティにマークされ、動けなく
なっていた。だが、逆サイドから1人選手が走りこんでくる。
空間を狙って、パス。
これが通れば、レイアップで軽々とシュートを決め、時間的に逆転はありえない。
勝利を確信したその時だった。
パスコースに、一本の腕が伸びてきた。その手はバウンドしたボールを掴み、向きを変え、視線を1人の青年に向ける。
「宗一!」
コートのハーフラインを過ぎたくらいにいる青年に呼びかけ、パスを出す。
突然の切り返しに、相手の選手はおろか、チームメンバーまでもが瞬時に対応できない。
状況は、1対2。
青年は手に持つボールを左に揺する。
ディフェンスはそれに反応した。
同時に、一気に右側に足を踏み込み、ゴールに向かってドライブを始めた。
抜かされたディフェンスは、ただ唖然とするしか出来なかった。
2人目のディフェンスが、向かってくる青年にプレッシャーを与える。
それに対して青年は、右に踏み出したかと思うと、驚くべき速さでバックロール、そのまま飛び
上がり、シュートを放った。
ボールは、リングに吸い込まれるように空中で弧を描き、そのまま得点が入った。
同時に、試合終了のブザーが鳴る。
逆転勝利したのだ。
「いやー、お前ってホントにすごいよなぁ、宗一よぉ」
「ああ健斗、お前の無理矢理なパスもなかなか乙だったぞ」
練習試合終了後、俺に話しかけてきたのは、同じバスケ部で、ある意味ムードメーカーの篠原健
斗だ。こいつとは学校でもよくつるんでいて、お互いに親友と呼べる仲である。
「無理矢理とか言うんじゃねーよ。あんなナイスパスはなかなか拝めるモンじゃないぜ?」
「そうはいうけどあそこに身長高い奴がいたらパスが通らないどころかもう一度切り返されてた
ぜ?」
「うっせ、いなかったからいいじゃん。俺の判断は間違ってねぇよーだ!」
「ったく……」
こいつの悪いところは自分が一度言い出したことは滅多なことでは曲げないことだったりする。
今更どうしようもないので、とりあえず苦笑いだけしておく。
「おーい、そろそろ片付けするぞー!」
3年が部活を引退してから、キャプテンは俺に任されている。あまり集団を引っ張るというのは
好きじゃないのだが……。
俺ら東敷学園のバスケ部は、はっきり言って弱小だ。公式戦では1勝するのがやっと。俺や健斗がそれなりに動くのだが、他の連中が高校から始めた奴とか、中学で補欠だった奴とかで、あまり派手なことはできていない。
片付けも終わり、体育館を閉めて、完全下校時刻ギリギリに校門を出られるペースで健斗と校庭を歩いていると、前方から1人の人影が見えた。
「小笠原くん」
紺色のポニーテールが良く似合っている、同じクラスの女子生徒、白河由希だ。仲良くなった理由も至極微妙、新クラスになって、宗一のトレードマークと彼女のポニーテールが少し被っていたためにからかわれた、というだけだ。
「ああ、白河」
「あれ、俺、馬に蹴られる前に逃げたほうがいいか?」
「蹴られる前に俺に殴られるぞ」
「マジでごめん」
「あはは……」
俺と健斗のやりとりで、白河が苦笑する。やめてくれ、俺はまだ嫌われ者にはなりたくないんだ。
「小笠原くん、今日カッコよかったじゃん!」
「何が?」
「何って、あのブザービートに決まってるでしょ?」
「そのアシストは俺がしたんだが」
「あ、うん、篠原くんもカッコよかったよっ!」
「なんか、ついでに褒めましたみたいになってんだが」
「健斗、気にしたら負けだ、よかったじゃないか、女子に褒められて」
「えっ、まっ、まぁそうだな……」
こいつがバカで助かった。そうでなけりゃ会話が疲れる。
「でもまぁ、あそこで俺が決めないと負けてたからなぁ。お前は無理をするなよ?」
白河の左手の人差し指はテーピングされていた。大方突き指でもしたんだろう。
「バレた?でも、大丈夫だよ、このくらい」
「そっか」
「じゃ、あたし寄る所あるから、ここでっ」
「ああ、また明日」
「じゃあな」
白河は駆け足で去っていった。
「俺らも帰ろうぜ」
「……なぁ」
隣の健斗が神妙な顔つきで俺を見る。
「なんだよ……」
「お前、本っ当に白河のこと狙ってないのか?」
「ゴッドハンドクラッシャーァアアアアアア!!!」
「ぶほっ!」
全く、なんでそういう話になるんだか。別に白河とはそんな関係じゃないっての。
健斗が悶えながら起き上がる。
その顔はさっきと違って真剣だった。
そして、困惑している。
どうした、急に?
「まぁ、それは冗談なんだが、お前、あの件はどうすんだよ……」
「……」
「俺としちゃあ別に構わないんだけどよ、そろそろケリつけたほうがいいんじゃないか?」
「……また、今度な」
「はぁ、まぁいいや。行こうぜ。」
「あぁ」
そう、俺は寮の健斗の部屋に泊めてもらっている。本来はよろしいことではないのだが、寮母に俺と健斗が事情を話したら、措置を図ってくれた。数年前の事件がきっかけだった。
「今日は久しぶりに本気で飯作ってやるよ。何がいい?」
「そうだな、俺はハンバーグが食いたい気分だ」
「キノコ入れていいか?」
「マジで勘弁、俺はアメリカンなんだ」
それから商店街に向かって、主夫の如く安い食材を買いあさったのだった。