1.フタリキリ

2013年11月05日 23:15
年が明けた後、俺はみんながまひるを一時的に見えるようにまひる自身に魔法をかけた。
まぁ、もちろんみんな驚くわけだが、とにかくまひるはみんなに大歓迎されていた。
俺と義之は、それを傍から見守っていた。
その日の朝――元旦の朝だが、まひるを、アイシアの時と同様の魔法を使ってまひるの『記録』を上書きする。
『死亡して幽霊になり、不可視な少女』から、『死亡して幽霊になったが、可視な少女』へ。
残念ながら俺の魔法は『生命』の創造は不可能なため、完全な受肉はできない。
とはいえ、幽霊とは透き通るものだとは思っていたがそうでもなく、まひる自身が意識していない限りは普通の人間と感覚は同じらしい。
ただ、見えないだけ。
だから、見えるようになったため、誰でも触れることは可能である。
 
「光雅先輩、ありがとうございますっ!」
 
ばっと頭を垂れて、凄い勢いでお礼を述べた。
 
「本当に、本当に嬉しいです!例えるなら、スーパーで新作のスナック菓子を発見、食べてみたい衝動に駆られるも、財布の中を確認したら、100円ほど足りなくて落胆、諦めて家に帰ったらお母さんが偶然にも買ってきてくれて、物欲しそうな目で見てたらタダでくれたくらい嬉しいです!」
 
なんという例え話。
しかもシュールで庶民臭い。
でもそれとなく分かってしまうのが末恐ろしい。
まぁ、これでまひるも生きる(?)希望を持ってくれるのはありがたいことだ。
さて、俺は今日から3日間くらい留守にする。
理由はさくらの特訓だ。
さくらは一緒に戦いたいと俺に申し出た。
だから俺はその想いに応えなきゃいけない。
家族として。
その連れとして、アイシア、音姫、まひるを連れていく予定だ。
アイシアは魔法使いではあるがまだまだ未熟、さくらの特訓の合間合間に教授するつもりだ。
音姫は緊急要員。何かあった時のための非常要員だ。
まひるはなんとなく。
とりあえず俺たちの今いる状況を把握してもらうためでもあったりする。
とりあえず午前中は徹底的に由夢の料理教室に全力を注ぎ、昼から俺たちは出かけていった。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
~義之side~
 
なんか、急に静かになってしまった。
元々7人いたのが、うち5人も用事で3日くらい帰ってこないらしい。
主に光雅とさくらさんの用事っぽいけど。
 
「ふたりっきりだなぁ……」
 
「そ、そうですね……」
 
あれ、なんか由夢の奴緊張してない?
気のせいか?
 
「せっかくだし、2人でどっか行くか?初詣とか」
 
「え、えっと、その……」
 
なんでこいつはそんなに返答に行き詰まるんだろうか?
 
「その、義之兄さんがどうしてもって言うなら、行ってあげないこともないよ」
 
ちらちらとこっちを見ながら、頬を染めて期待しまくった眼差しでつんつん視線でつついてくる。
あからさまに行きたいのが見え見えなんだっての。
行きたいなら行きたいと素直に言えばいいのに。
まぁ、それが由夢の可愛いところでもあったりするんだけどな。
ホント、妙に強がるようになったのはいつからだったか・・・。
と、そんな時にニュース。
なんでも団地のほうでガス漏れがあったようだ。
というかまた原因不明だと。
おお、怖い怖い。
家に何かあったらどうすんだよ。
 
「で、どうなんですか?」
 
「ああ、どうしても。頼むから一緒に来てくれ。俺は1人じゃ寂しいんだ」
 
「しょうがないなぁ、義之兄さんは。仕方がないからついていってあげます。あ、あくまで妹として寂しそうな義之兄さんについていくだけですからね。妹として」
 
「はいはい、頼んだよ」
 
やたらと妹の部分を強調するのには何かの意図があるんだろうか?
あれか、甘やかしてくださいってやつか?
ううん、絶対違う気がする。
由夢が一旦自分の家に戻って、着替えてからまた芳乃邸に戻ってきた。
由夢の嬉しそうな急かし声に引っ張られながら、俺は軽く準備をして外に出た。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
「うう、寒い……」
 
「そうだな……」
 
こんな時音姉がいたら『ほら、しゃきっとしなさい』って言うんだろうな。
しばらく歩いていると、由夢が立ち止まる。
 
「どうした?」
 
「や、えっと……」
 
何かを話すのかと思いきや黙り込む。
話すべきかどうか躊躇っているのだろう。
 
「その、明日って、何か用事とかありますか?」
 
明日の用事……いや、多分何もない。
 
「いや、特にないが?」
 
それがどうしたのだろう?
 
「6時」
 
「は?」
 
「明日、夕方6時までには帰ってきてください」
 
「はて、明日ってなんかあったか?」
 
しかも6時?
 
「義之兄さん、明日何の日か覚えてないんですか?」
 
「ちょっと待て!えっと……」
 
元旦の次の日、正月始まってすぐ……。
ダメだ、さっぱり思い出せん……。
 
「ホントに覚えてないみたいですね……」
 
「ごめん……」
 
「とにかく、明日は夕方6時に家にいればいいんです」
 
「分かった、なるべくそうするよ」
 
「なるべくじゃないです、絶対です!」
 
やたらと強引に詰め寄ってくる由夢。
何か深い訳があるのだろう。
明日何の日か俺は覚えちゃいないけど。
すまんな、由夢。
 
「了解」
 
そのまま、由夢と2人で胡ノ宮神社に向かった。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
初詣には、たくさんの人だかりが出来ていた。
ところどころから匂うソースやリンゴ飴などの香ばしい香り。
初詣じゃなくてお祭りと呼ぶべきだろうな、これ。
 
「みんな現金だな、神様に祈るなんて正月くらいだろうに」
 
「それは義之兄さんも同じじゃないですか?」
 
「ばーか、俺は困ったことがある度に神頼みしてるぞ!テストとかテストとかテストとか!そこら辺の俄か参拝客と一緒にするな!」
 
「……それ、威張って言うことじゃないから」
 
いやはや、ごもっともです。
俺も言ってて虚しくなったよ。
とにかく、せっかく来たんだから少しくらい遊んで行こう。
 
「おっ、射的やってるみたいだぞ。由夢、勝負しないか?」
 
「や、射的には興味ないし」
 
「んじゃ、金魚すくいとかどうだ?」
 
「金魚すくいもちょっと……」
 
「なら、型抜きとか?」
 
「……」
 
しまった、呆れさせてしまったか?
んまぁ、それもそうか。
 
「義之兄さん、さっきからわざと私が苦手なのばっか言ってません?」
 
「バレた?」
 
「んもぅ……」
 
由夢が呆れて嘆息する。
でも、どこか嬉しそうなのは気のせいだろうか?
それにしても、ホントに参拝客で賑わってんなー。
この人数、本当に初音島にいるのか?
どこかに秘密基地があってその中に潜伏してたりして……。
ってアホか。
 
「んじゃ、どうするよ?折角来たんだから、なんか楽しもうぜ?」
 
俺の意見を次々とボツにしていくんだから、それなりに面白いものにしてくれよ?
 
「んーっとね……」
 
由夢が辺りを見回して物色する。
ふと、由夢が体及び首の回転を止めた。
 
「……あ」
 
釣られて俺もその方向に向いた。
由夢の視線の先には綿あめの露店。
なるほど、アレが欲しいのか。
それにしても、綿あめなんて食うの久しぶりだな。
 
「なんだ、綿あめが食べたいのか?」
 
「あ、や、別に、……そういう訳じゃないけど……」
 
とか言いながら目線がちらちらと向こうに向かうのは一体全体どうしてだろうな?
 
な?
 
ホント、素直じゃない。
ここは漢気の見せ所だ。
とはいってもそんなに高いものじゃないっていうか。
 
「おじさん、綿あめ1つちょうだい」
 
「はいよっ!どれがいい?」
 
色々なキャラクターの袋に包まれた綿あめがある。
 
「おい由夢、どの袋がいいんだ?」
 
「や、どれだっていいよ。味に違いはないんだし」
 
なるほど。そんなことを抜かすか、この小娘は。
 
「じゃあ『溶解人間ベコ』の袋に――」
 
「なんでよりにもよってそんなマニアックなものを選ぶの?」
 
「だって、早く人間になりたいんだろ?」
 
「最初から人間ですっ!こ、こっち!こっちにするの!」
 
小熊のポーさん。黒蜜大好きな熊系キャラクター。
 
「ポーさんか。少女趣味だなぁ……」
 
「あ、悪趣味なのよりはいいよ……」
 
「じゃ、これにしてください」
 
「はいよっ、まいどありっ!」
 
おじさんに代金を支払い、代わりに綿あめを受け取る。
そしてそのまま由夢に手渡した。
 
「あ、ありがと……」
 
由夢はなんか照れながらお礼を言うと、綿あめを包んでいたビニール袋を外す。
そしてカプリと齧り付く。
くそ、見てるとこっちも食いたくなってくるぞ……。
 
「どうだ、うまいか?」
 
「普通に、綿あめの味」
 
「可愛くないなぁ、お前。せっかくおごってやったのに、もっと嬉しそうな顔をしろよ」
 
俺は由夢の愛想なしのリアクションに肩を竦める。
 
「や、だって綿あめは綿あめだし」
 
おのれ、せっかく買ってやったというのに!
そんなにいけしゃあしゃあと言うのなら、こっちだって最終手段に出てやんよ!
由夢の綿あめを俺が食ってやる!
 
「や、ちょっと!義之兄さん、取らないでよ!」
 
「だまらっしゃい、元々俺が買ったものだぞ!」
 
「だったら、義之兄さんも自分のを買えばいいじゃない。あっ、また食べた!」
 
あたぼうよ。
お前の分を減らしてやることに意義があるというのだ。
 
「このままじゃ、私のがなくなっちゃうじゃない!よし、こうなったら……」
 
由夢も綿あめを齧るペースを速め、俺に食い尽くされるのを防ごうとする。
だが無駄だ。俺の本気の食事スピードを舐めるなよ?
俺も由夢に対抗し、食べる速度をさらに上げる。
なんか楽しくなってきた。
俺と由夢で反対側から猛スピードで食していくため、綿あめはどんどん小さくなって……。
 
「やっ、もうあげないからっ!口離して、義之兄さん!」
 
綿あめを持った手を俺から遠ざけようとして上にあげる。
俺は食うことに夢中になっていたところを、対象を失い、勢いだけが残って……。
 
「……あっ」
 
柔らかいものが、唇に触れてしまった。
……やってしまった?
 
「……」
 
「……」
 
しまった、これは、つまり、あれだよな。
その、あれだ。
 
「……」
 
目の前では由夢がぽーっとした表情で唇を押さえている。
んで、徐々に頬が赤く染まっていく。
いや、確かに女の子なんだけど、そんな女の子的反応されてしまうと、その、なぁ?
 
「わっ、わ、わ、悪い!ついっ!調子に乗り過ぎたっていうかっ!」
 
「あ、や、いえ、その……」
 
「なんていうか、その、これは――」
 
と、俺がダメダメな頭をフル回転させて言い訳をしようとしていると。
 
「や、今のは事故……だから……」
 
と俯き加減に恥ずかしがりながら言う。
 
「あっ、そ、そっか、そうだよな。はは……」
 
乾いた笑いが雑踏に掻き消される。
どうしてこうなった。
 
「うん、ただの事故……だから、気にしなくていいよ……」
 
気にしなくていいならなんでそんなに恥ずかしがって頬を染める!?
すっげー罪悪感湧くんですけど!
 
――どきどきどきどき。
 
心臓が早鐘を打つ。
うるさいほどに。
事故だ。事故なんだ。けれども――
俺は由夢と、その、キ、キスをしてしまったわけで。
 
「わ、忘れてよ……」
 
無理です。
何ていうか、インパクトが強すぎる。
んで、そこでまた変な反応するからこっちだって意識するんだっての!
すぐにでも自分の指が由夢のそれに触れた自分の唇に触れに行きそうだ。
ってバカ、俺は由夢の兄で、由夢は俺の妹なんだから、変に意識するな!
俺は今、願いが叶うなら仙人のような精神力が欲しい。
そんな、なんだかぎこちない雰囲気のまま、結局お参りもせずに神社から帰ったのだった。
……俺たち、何しに神社に行ったんだろう?