1.孤高のカトレア

2012年12月21日 11:34

クリスマスパーティーの翌々日の早朝。

龍輝とサラは、2人で寮の龍輝の部屋にいた。

龍輝「そ……そうか……。」

サラ「ごめんなさい……。」

どうやらサラは今日の昼当たりから実家に顔を出しに帰ってしまうらしい。

それを聞いた龍輝は、なんとなく不安になっていた。

ぶっちゃけたところサラと離れ離れになってしまうのが嫌なようだ。

龍輝「……そういうことなら、行ってやれよ。両親も心配してんだろ。早く帰って安心させてやれ。」

サラ「はい、そうですね……。」

サラがしゅんとする。

それを見るなり龍輝は、自分の言動を後悔した。

サラには悲しんでほしくない。

龍輝「んー、俺も行こうかな?」

サラ「ふぇえ!?」

いいことを思いついたとばかりに呟いてみたが、見事にサラに驚かれてしまった。

サラ「えっ、ちょっ、先輩、どーゆー意味ですかっ!?」

顔を真っ赤にしながら慌てて質問するサラ。

龍輝は可愛いな、と萌えているのであった。

龍輝「いや、ついでにサラの両親に挨拶しとかないといけないな、とか思って。」

サラ「あ、挨拶!?」

龍輝「いや、恋人同士になったら、ケッコンとやらをするんだろ?」

どうやら龍輝は結婚がどういうものか理解していないようだ。

龍輝「ケッコンってする前に両親に挨拶するって聞いたことがあるんだが……。」

サラ「あわわわわわわ……。」

サラも勿論龍輝のことを愛しているが、まさか付き合って2日で結婚の話を切り出されるとは思っても

みなかった。

龍輝「なんか俺変なこと言ったか?」

サラ「いぃいいえっ、別に変じゃないですけど、そのっ、結婚とか、まだ早いと思いますっ!」

龍輝「そうなのか?」

サラ「そうですっ、先輩はともかく、私はまだ予科生で魔法の勉強もこれからなのに、そんな、結婚だ

   なんて……。」

龍輝「嫌、なのか……?」

サラ「へ……?」

サラが龍輝を見る。

龍輝はなぜか涙目になっていた。

嫌われたと勘違いしたのだろうか。

龍輝「俺と一緒にいるのは、サラにとって縛り付けられることになるのか……?」

そしてサラが再び慌てる。

2人が付き合い始めてから、龍輝はやたらと子供っぽいところを見せるようになっていった。

きっと今までが気張って、強がって、虚勢を張っていただけで、精神的にそんなに強くはなかったのか

もしれない。

半泣きな想い人を前に、サラは立て続けに言葉を紡ぐ。

サラ「そ、そんなことないですっ!先輩のこと、大好きですっ!愛してますっ!ずっと一緒にいたいで

   すっ!」

言い切って、自分の恥ずかしい発言に悶絶し、小さくなる。

龍輝「そ、そうか……。」

効果はあったようで、龍輝は安心したようだ。

しかし。

――バダン!

扉が開く。

入ってきたのは、生徒会重鎮3人組だった。

巴「ああああもう、聞いてられんわっ!」

シャル「ホント、聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃうよねー。」

リッカ「……。」

巴は怒り、シャルルは冷やかし、リッカは――呆れているのだろうか。

龍輝「は?」

サラ「あわわわわわわわわわわわわわ……!」

巴たちが乱入してきたタイミング、それは、ベッドに男女2人、何やら生暖かい言葉を囁きあいながら

、サラが勢いに任せてラブラブ発言をしていた直後になる。

勿論恋人同士の夜の営みはしていないのだが、男子は女子寮に入れないのと同様、規則では女子が男子

寮に行ってはいけないのを、生徒会役員のお偉いさんにその現場を目撃され、あまつさえ先程の科白を

聞かれてしまっては言い逃れはできないだろう。

巴「なんだ、龍輝、お前が呼んだんだな?か弱き乙女を、その牙で滅茶苦茶にしてやろうと思ったんだ

  な?」

サラ「ちっ、違いますっ!わ、私が一方的に押しかけたんですっ!」

巴「ほほう?」

龍輝「馬鹿、サラ、少し黙ってろ。科白の後半は1ミリたりとも当たっていないが、前半は事実だ。俺

   がサラを呼んだ。サラは悪くない。サラは先輩命令に従っただけだ。責任は俺にある。」

龍輝は、サラには手出し無用、と言いたげに巴を睨む。

サラ「せ、先輩!?」

シャル「へぇ……。」

リッカ「ちょっとストップ!」

リッカが静止をかける。

そして何かを躊躇うように口を開いた。

リッカ「2人は、付き合ってるの?」

少しの間沈黙が走る。

サラは龍輝を見、龍輝はサラを見る。

龍輝「そうなるな。」

その言葉に、3人とも驚きを隠せないでいる。

リッカ「いつから?」

龍輝「クリスマスパーティー直後から。」

巴「2日前、か。」

リッカ「なるほど……。」

そしてリッカは何かを考えるような仕草をして、発言する。

リッカ「分かったわ。今日のところは見逃してあげる。そりゃ、サラも今日一旦実家に帰ってしばらく

    こっちには戻ってこれないんだし、好きな人と一緒にいたい気持ちも分かる。それでも、今日

    は不運にも見つかってしまったんだから自重しなさい。」

龍輝「悪かったな。」

リッカ「謝らないで。それにあんたは規則を違反した罰があるんだから、これから来てもらうわよ。」

龍輝「は?」

リッカ「あんたがサラを呼んだんでしょ?」

龍輝「ぐっ……。」

揚げ足を取るというのはこういうことだろう。龍輝は悔しがった。

リッカ「それじゃ、サラもそろそろ部屋に戻って、帰省の準備でもしておきなさい。」

サラ「は、はい、ご迷惑をおかけしましたっ!」

深くお辞儀をして謝罪をする。

そしてその視線が不安げに龍輝をとらえる。

龍輝は微笑んで応える。

龍輝「行ってこい。」

サラ「はい……。」

サラはもう一度扉の前で礼をして、そのまま去っていった。

リッカ「はぁ……。」

リッカがかったるそうに溜め息を吐く。

シャル「それにしても、龍輝くんがサラちゃんとねぇ……。」

巴「全然お似合いじゃない気がするんだが……。」

シャル「だめだよ、ちゃんと祝福してあげないと。」

龍輝「なんでお前らが盛り上がってんだよ……。」

ふと、リッカを見る。

その表情は、どこか寂しげだった。

龍輝「リッカ?」

リッカ「えっ、な、何?」

龍輝「大丈夫か?」

リッカ「何言ってるのよ、大丈夫に決まってるじゃない。」

言葉とは裏腹に、やはり何か言いたげなのをひしひしと感じる龍輝だった。

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清隆「あ、龍輝さん、おはようございます。」

龍輝「なんだ、清隆も駆り出されてたのか。」

清隆「クリスマスパーティーの後始末が大変だそうで。」

それで手伝いに来ている、というか、恐らくリッカに呼び出しを食らったのだろう、と推測する。

リッカ「龍輝、あんたも手伝いなさいよ。」

龍輝「了解。」

そして、手際よく作業をこなしている清隆を横目に、龍輝も作業に掛かる。

龍輝「清隆、当選おめでとう。」

清隆「龍輝さん……。ありがとうございます。」

龍輝「これから忙しくなると思うが、頑張れよ。」

清隆「はい。」

龍輝も≪加速運動(アクセラレート)≫を使って、高速で作業を進める。

それを見た清隆は驚きながら苦笑いしていた。

作業が終わって、生徒会メンバーが解散した後、龍輝はまだ生徒会室に残っていた。

どうやらリッカが話があるらしい。

リッカが戻ってくる。

リッカ「悪いわね、待たせて。」

龍輝「まったくだ。」

言葉ではそう言ったが、別に待つことは苦ではなかった。

龍輝「それで、話って何だよ?」

リッカは唐突にがっかりしたように肩を落とす。

リッカ「あんたも本当にニブチンよね……。」

龍輝「今の一言で何を悟れと……?」

リッカ「いや、いいわ、今の忘れて。」

そして今一度真剣な表情に戻り、再び俺に問いかける。

リッカ「サラと付き合ってるっていうのは、本当なの?」

茶のスタンバイを始めながら、そう訊いた。

龍輝「なんで疑ってんだよ……。本当だ。」

リッカ「本当に、サラのことが好き?」

龍輝「ああ。これだけは誰にも譲らん。異論は認めん。」

リッカの動きが止まる。

リッカ「どうして?」

龍輝「どうしてって……。さぁ。なんていうか、いつの間にかサラと一緒にいるのが楽しくて、嬉しく

   て、誰かと一緒にいるってのがこんなに温かいものだなんて、知らなかった。いつの間にか、俺

   はサラのことが好きになってた、それだけさ。」

リッカ「そっか……。」

リッカが、入れた茶を龍輝に差し入れる。

龍輝「お、サンキュ。」

そして早速一口啜って、ほっとする。

龍輝「でも、なんでそんなこと訊くんだよ?」

リッカ「やっぱり、気付かない、か……。」

悲しげに瞳を伏せ、やや自嘲気味に微笑む。

リッカ「私もね、龍輝のことが、好きだった。」

龍輝「え……?」

突然のリッカの発言の内容に、龍輝は混乱する。

どうしてこんなことになっているのだろう、と。

龍輝「……同じ質問だ。いつから?」

リッカ「きっかけは、あんたと2人で女王陛下の依頼を受けたときだったかな。」

そう、それはリッカが『ジル』と呼んだ少女と邂逅した時のことだった。

リッカ「私は、彼女を目にして、すごく混乱した。焦った。戸惑った。迷った。私は、自分を見失いそ

    うになってた。でも、その時龍輝は、私をここに留めてくれた。」

勿論覚えている。

何かにすがるように宙を彷徨っていたリッカの手。そして幻想を追い求めるように、ふらふらの足で少

女を追おうとした。

それを拙いと思った龍輝は、リッカを引き止めた。

しかし彼女は止まらなかった。

リッカはパニックに陥っていた。

だから、安心させる必要があった。

だから、複数の意味を以って、彼女を抱きしめた。

あの行為が、目の前の魔法使いの心を動かしたのだろうか。

だとしたら、なんて自分は非道なんだろうと思った。

彼女をその気にさせておいて、自分はそれに気付かず、自分自身の幸せのために生きていた。

俺は何をやっていたんだ、と自責した。

龍輝「そっか……。」

リッカ「私には望めないものだと分かってた。あんたには、サラがいたから。少なくとも、サラはあ

    んたのことがずっと好きだったの、知ってたから。」

龍輝「すまない……。」

リッカ「龍輝は悪くない。龍輝がお人よしで、みんなから好かれるのは、知ってるから。それであんた

    は結ばれるべき人と結ばれた、それだけのことなんだから。」

龍輝「でも、俺はみんなを傷つけてばっかで――」

リッカ「そう思うんなら、サラと幸せになりなさい。どちらかが不幸になるようじゃ、私はあんたを許

    さないんだから。」

その時のリッカの顔は、何もかもが吹っ切れたような、すっきりした笑顔だった。

龍輝は、目の前の1人の恋する乙女に、そして、自分の恵まれた境遇に感謝をした。

龍輝「ごめんな。それと、ありがとう。」

清算と、謝罪と、感謝を籠めて、あの時と同じように、リッカを抱きしめた。

リッカ「バカ……、せっかく諦めたのに、こんなことされちゃ、諦めきれないじゃない……。」

龍輝「今の俺がいるのも、全部リッカのおかげだ。俺じゃ、リッカを幸せにすることはできない。でも

   俺が幸せになれたのも、お前が俺の居場所をここに作ってくれたおかげなんだ。本当に、ありが

   とう。」

リッカの肩が、震えていた。

泣いているのだろう。

龍輝はしばらく、リッカが落ち着くまで、自分の胸を貸してやった。

もう一度、カテゴリー5の、そして孤高のカトレアの、リッカ・グリーンウッドとして、彼女が胸を張

れる時まで。

生徒会室の扉の窓に映っていたツインテールの影は、満足してその姿を消した。