1.桜舞う冬の日常
2012年10月28日 18:48
12月15日
~???side~
弓月光雅、確かにこの世界にいたか。今度こそ、この俺の手で……。
携帯電話を手に取る。番号を入力。
「俺だ。魔術規制法第29条、魔術の乱用に対する規制の違反者を発見、対象は『弓月光雅』及び近辺の『監視者』である、『朝倉音姫』。直ちに手筈を整え、処分せよ」
『了解』
スピーカーの向こうから、渋くて野太い声が返事をする。
さて、命を賭けたゲームの始まりだぜ……!
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12月16日
季節は冬。窓の外を見れば桜が満開になっている。ここ、初音島は、魔法の枯れない桜の木のおかげで1年中桜が満開な島なのである。そして今は学校。2時限目のHR。クリスマスパーティー、通称クリパの話し合いをしている。この議題は先月からHRでずっと話し合っているのだが、なかなか決まらず、当日の1週間前まで引っ張ってしまっている。我らが学級委員、沢井麻耶(さわいまや)も怒りの限界だろう。
「い、いただきます……」
義之は寝ていた。どんな夢を見ているんだか。
――ゴトン!
義之の頭が落ちた。顔面が机に直撃しただろう。
「本題に入ります!」
「う、ううん……」
やっと起きたか。
「皆さんもご存知の通り、来週の23日から25日までの3日間、我が校でクリスマスパーティーが開催されます」
ちなみに、沢井麻耶のことは、みんなは『委員長』と呼んでいるが、俺は、それだと仲間はずれにしてしまうような気がしてならないので、雪月花と同じように、下の名前で呼んでいる。
「クリスマスパーティーですが、言ってしまえば文化祭と変わりません。各クラスでの催し物が義務付けられています」
そういや、文化祭も杉並はハジけたよな。義之も巻き込まれちゃって。
「しかぁし!」
――バンッ!!
「うわっ、ビックリした。」
麻耶がイライラして教卓を叩く。
義之、今頃背筋伸ばしてももうおせぇぞ・・・。
麻耶は相当イライラしているのか、拳を握ってクラスメイトをらを睨んでいた。
あの殺気があれば、蛙の1匹や2匹、視線で殺せるだろうな。
「残念なことに、私たちのクラスの出し物は、いまだ何も決まっていません!」
そりゃあ、渉や茜が他のクラスメイトを巻き込んで、徹底的に話の腰を折ろうとするからな。
無理もない。
「この議題、11月からLHRでしているというのにもかかわらず……(ガミガミ)」
「……桜内、桜内」
「ん?」
「今日の委員長はいつにも増して殺気立っている。居眠りしていると、そのまま永眠させられるぞ」
「マッチ棒か何かで瞼支えとけ」
「マッチ棒、持ってない」
お前の机の中を漁れば出てくる気がするのは俺だけか?
「じゃー、ほら、シャーペン」
「おー……って、デカイわ。眼球飛び出るわ」
……自分の瞼くらい自分で支えてろよ。
「「くくくくくく……」」
杉並と渉が忍ぶように笑う
馬鹿どもは放っておいて、クリパで何するか決めないとな。
露店系もありきたり過ぎて面白みがないし。
「……って言われてもなぁ。色々文化祭でやりきった感もあるしなぁ」
義之はそういうが、確かに文化祭は楽しめた。
そろそろお腹いっぱいなのも頷ける。
「ふむ。我が校はイベント好きだからな。まぁ、それでこそ俺も張り合いがあるというものだが」
お前は暴れんでいいのだ。
そんなことを言いつつも、杉並が懐から黒革の手帳を取り出す。
「なんだそれは」
「ネタ帳だ」
「お笑い芸人か、お前は」
似たようなもんだな。
「俺も手帳、持ってるぜ」
渉の手帳にはシールがいっぱい張ってある。
「お前は女子か!」
「可愛いだろ!」
「きもい」
いいぞ義之、もっと言ってやれ。
「うわ、きもいはひどくね?お前はもっと親友(俺)に優しくするべきだ!」
「お前こそ、もっと環境に優しくなれ」
「か、環境だぁ?お、俺は環境を汚染しているのかよ……」
「環境だけではない。今や板橋は地球規模で汚染存在だ」
地球規模かどうかは知らんが、少なくともお前ら、うるさい。
「うわぁああ、許してくれ、地球っ!ってか俺ってすごくね?」
「ちょっと!そこの悪の根源3人組!」
ほれみろ。
「ちょっと待ってくださいいいんちょ。3人組って、いっつも俺たちとつるんでる光雅は?」
「弓月は静かにしてるでしょうが!ちゃんと会議に参加しないと、あんたたちに決めてもらうからね!」
「麻耶、発言権をもらうぞ。お前ら、あと1週間だぞ?変なことで話そらしてないで、さっさと決めちまおうぜ?」
ますます教室がざわつく。逆効果だったようだ。
「静かに!今決まらないのなら、放課後決まるまで残ってもらうけど、それでもいい?」
そうなるわな。ざわついていた教室が、一気に静まり返った。
……そんなに帰りたいのか、お前ら。
「でも、なにをしたらいいのか、ぜんっぜん思いつかーん!」
考える気ないだろ、お前……。
「……人形劇」
静かの教室に抑揚のない声が響く。
提案したのは杏だった。
杏は元々演劇部で、こういう劇関連は向いているだろう。
「人形劇はどうかしら」
「おいおい、あと1週間でできるのか?」
「私も人形劇がいいと思いま~す♪」
「製作期間は何とかする。それに、大体のシナリオ構成はできているわ。せっかくのクリスマスなんだし、ファンタジーっぽい出し物なら文句ないでしょ?」
「……なるほど」
麻耶も納得したようだ。路線決定か?
「ついでに提案なんだけど、……人形劇のヒロイン役は、小恋……なんてどうかしら?」
――ガッシャーーーーン!!
椅子が派手にひっくり返る音がした。
いっせいにそちらに目が行く。
「あい……ったたたた」
おい、大丈夫か?
ひっくり返ったのは、唐突に名前を出された小恋だった。
立ちあがって椅子を直してなお、おろおろしている。
「え、な、何言い出すの、急に~!?」
当然、小恋は真面目で信頼できるので、誰も反論しない。
本人以外は。
「あの、あの……あの~」
本当におろおろしちゃって。
「そんなのできないよ~」
「大丈夫」
「うんうん。小恋ちゃんならできるって」
「な、何を根拠にそんな~……」
「その真面目さと、直向さだな」
「あうぅ……」
よし、いい感じで進み始めたぞ。
「ラブロマンスにするなら、相手役が必要ね」
杏がその時不敵な笑みを浮かべた。
「相手役は義之で決まりでしょ」
「賛成でーす!相手役は義之くんがいいと想いまーす!」
「はぇ?」
聞いてなかったな?
さては、聞いてなかったな?
この後駄々をこねられても面倒だし、今のうちに抑えとくか。
「義之、そうか、話を聞いてなかったのか。そんなに惚けてるんじゃ、音姉に報告しようかな、あのこと」
「え、ちょ、聞いてた、聞いてました!」
みんなが義之のほうに視線を向ける。
いくつか殺気が含まれてるんだが……。
「マージーかーよー、俺じゃねぇの?」
「そうだな。義之は声もいいし、演技もうまいもんな」
「俺がいつ演技したよ?」
「いいのか?恥かくのはお前だぞ?」
「いえ、いいです、やります、主役やればいいんでしょ?」
「わかればいい」
いい感じ、いい感じ。
「……お化け屋敷か」
「「は?」」
義之とリアクションのタイミングが被った。
なんというか、やっぱり血は繋がってないけど兄弟だなぁとか思った。
「ふむ、お化け屋敷。なるほど、催し物をお化け屋敷にすれば(ボソボソ)」
「……いまの話聞いてたか?」
「聞いていた。月島とお前が人形劇を通じて、不毛な擬似恋愛をするという話だろう?」
「身もふたもない言い方だな……」
「ってか、クリスマスにお化け屋敷?」
「季節など関係ない。真冬でも桜が満開なこの島で、何をためらうことがあるだろう」
それもそうか。
一理あると思ってしまった俺がおかしいのかな?
「要は、気になるあの子を誘って暗闇でドッキリデート、密着度Super Maxというわけだ」
「んじゃ、人形劇かお化け屋敷か」
「むむぅ」
変に説明されるとまた話がこじれてしまいそうになるからそこらへんでやめてもらう。
「じゃ、提案者は責任者になってもらうから。多数決を取ります」
ざっと数えてみると、男子はお化け屋敷、女子は人形劇、と、二つに分かれている。
麻耶の進行により、決が採られる。
票はきれいに2つに分かれてしまった。
義之の一存で全てが決まる。
「桜内……」
「え、え?」
「早くしてくれない?あんたで最後なんだけど」
「はれ?」
「ふっ、分かっているな同志よ」
「う……」
「早く!」
「お、俺は……」
……。
「お化け屋敷……かなぁ……」
こういうわけで、お化け屋敷に決まった。
期間は一週間。忙しくなるだろうな。
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さて、HRも終了し、学園長室に行くか。おい、誰だいま『怒られんの?だっせえ~』なんて言ったやつ。まさか、義之じゃあるまいし。ただの届け物だよ……。
学園長室前に到着。ドアを4回ノックする。
……が、返事はない。
「留守か?」
ドアを開ける。すると――
「あん!」
犬(?)が現れた。名前は、はりまお。
「あんあん!」
「なんだ、今日はやけに元気だな、はりまお」
「くぅ~ん、はっはっはっ」
腹減ってんのかな?
「まあまあちょっと待て。おすわり!」
「あん!」
ちょこんと座る。
よし。右手に力を籠める。魔法で和菓子を作り出す。魔法は、あまり使いたくない。嫌でもあの夏のことを思い出すから。別に、あの罪から逃げようって訳じゃない。ちょっとした、トラウマなんだ……。
お菓子を出すくらいならいいとは思う。
はりまおが出した饅頭に喰らいつく。
幸せそうに食べてるはりまおを見ると、心が痛くなった。
その時――
――がちゃ。
ドアが開く。
「あ、光雅くん、来てくれたんだ」
「はい。これを届けに」
「ありがと~!もって出たつもりだったんだけどね~」
さくらさんが本当にありがたそうに俺の持ってきた封筒を見つめる。
「あんあん!」
はりまおがさくらさんの頭に乗った。
~さくらside~
「光雅くん、またはりまおにお菓子あげたの?」
「……はい」
光雅くんの顔がほんの少し暗くなった。
光雅くんはボクに全てを話してくれた。あまりにも残酷な話。
それは、音姫ちゃんにとっても、『彼ら』にとっても、そして、光雅くん自身にとっても。
だから、光雅くんは一生魔法を嫌い続けるだろう。
――ボクを救った魔法を。
――義之くんを救った魔法を。
――みんなを救った魔法を。
いや、そう思うことが光雅くんにとって重荷となるのかもしれない。光雅くんだって、幸せでいたいから。
みんなを守るだけの、『騎士(ナイト)』じゃないのだから。
だから、ボクが光雅くんに向けるのは、精一杯の笑顔。
「光雅く~ん!」
光雅くんのボディにダイブ。
「う、うわ!?ちょ、さ、さくらさん!?」
「光雅くん、あったか~い」
「ちょっとさくらさん、ここ学校ですよ?」
「大丈夫大丈夫。誰も見てないんだし」
そう。みんなにとって、光雅くんにとって、こんな日常があるだけで十分なのだ。
「ふぅ、充電完了!Thanks!光雅くん!」
「じゃあ、俺そろそろ戻らないと授業遅れるんで、戻りますね」
「うん。頑張ってね」
光雅くんが部屋を出る。その背中には、少し元気が戻っていたように見えた。
「……よかった」