1.独りぼっちのサンタさん
2013年11月05日 23:12
窓の外から小鳥のさえずりが聞こえる。
その様子だと、今日も天気はよさそうだ。
昨日はいろいろあったし、頭ン中の整理も兼ねて散歩にでも行こうかな?
――と。
1人用のベッドのはずなのに、俺とは違う膨らみが俺の布団に。
布団からちょろっとはみ出した金色の髪。
なんとなく予想はつくんだけど、念のため確認しておこう。
ちらっと布団をめくると、そこにはさくらがうずくまって俺にしがみついて寝ていた。
俺は何もしていない……はずだ。
というかいつの間に入ってきた?
「うにゅ……」
さくらが1つ唸って、その瞳を開く。
「いつ入ってきた……?」
どうでもいいが、もう俺たちは、まだ正式な手続きをしていないとはいえ、立派な姉弟だ。
音姫じゃないのがちょっと違和感なところだ。
まぁ、そういう訳で俺もさくら相手にタメでしゃべらせてもらってます。
というかむしろそうしてくれと言われたんだが。
「深夜2時頃、かな?」
「なんでまたそんな時間に……?」
「目が覚めて、光雅くんのことをちょっと思い出して、なんとなく部屋に行ってみたんだけど、気持ちよさそうに寝てたから、ご一緒しようと思って入りましたっ!」
義之くんと似たようなリアクションするんだねー、とほのぼのとしたことを言う。
そういや義之もさくらに大分乱入されてたよなー。
「姉弟だったら、いいでしょ?音姫ちゃんにも許してたんだからー」
1度として許したことはありません。
あれは勝手に音姫が入ってきただけだ。
俺に非はない。
というか、ちゃんと事情説明しないとな。
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着替えて居間に行くと、既にお隣さんが来ていた。
「おはよう」
俺が挨拶すると、その姉妹は揃って俺に視線を向ける。
片方は実にいつも通り。
もう片方は、まるで宝くじで1等が当たったかのような顔である。
どっちがどっちとは、言わずもがな。
「おはようございます」
「光くん、おはよう!」
音姫のテンションがいつもより妙に高い。
そんなんだとあからさまに――
「お姉ちゃん、朝からなんか変だよ?なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
ほら勘が鋭いのがすぐに気付くだろうが。
まぁ、そんなことはいいとして、俺は自分の朝食がスタンバイされてるところに座るのだが。
俺の朝食があからさまに義之と比べても多かった。
「なるほど、そういうことですか」
あ、気付かれた。
そりゃ昨日の俺の行動で今日の音姫のテンションとなると、誰でも分かるか。
「おい、音姫、ばれちまったぞ」
「えっ――」
「はいっ?」
「うわぁ……」
「マジかよ……」
音姫のリアクションなんかより、俺の方がよっぽど重要証拠を落としてんじゃんっ!
ってか、なんで気が付いたらみんなここにいるんだっ!?
「いやまぁ、ちょっと家族会議な。集合」
一部始終を全員に話す。
音姫が少し寂しそうだった。
「もう光くんを弟くんとして甘やかすことできないんだー」
「もういいだろ。俺と音姫は、恋人同士なんだから」
「あう……」
俺の名前の呼び方に音姫がいちいち顔を真っ赤にするのが、さっきから可愛くて仕方がないんだが。
「まぁそれでも、光雅兄さんは光雅兄さんですから。急に認識変えるのもかったるいですし」
「それもそうだな。何はともあれ、おめでとう、光雅。音姉」
「ありがとうな」
さくらは、その様子を嬉しそうに眺めていた。
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さて、朝から暇なので、デートも兼ねて音姫と商店街をぶらぶらすることにした。
今までずっと音姫を『音姉』として認識して腕やらなんやらに巻き付いてくるのを許していたが、『音姫』としてこうして街を歩くと何とも恥ずかしい。
というか道行く人の目線が辛い。
そんな時だった。
今、なんか優しい魔法の気配がしたぞ?
近くに魔法使いがいる?
ロイ、優香、なわけないか。
誰だろう?
「ちょっと来て」
「え?あ、うん」
音姫は俺の腕にしがみついているため、一旦解いてもらって手を握りなおす。
そして気配のほうに少し速く歩いて行った。
その先に。
少女がマットを敷いて、木やらなんやらの人形や玩具を並べて座っていた。
アッシュブロンドのウェーブ掛かった髪、ルビー色の瞳。
まるで絵本から飛び出してきたかのような雰囲気を醸し出す美少女。
多分、フリーマーケットなるものをしていたのだろう。
「あ、えっと……」
俺たちと視線が合うなり、その少女は怯えるように声を出した。
「この玩具、可愛いですね」
音姉が鹿(?)の人形を手に取って、慈しむように両手で持って見つめる。
同時にその行為が、フリマの少女の警戒を解いたようだ。
「あ、ありがとう」
優しい魔力はその人形からも感じられた。
「音姫、その鹿の人形、気に入ったのか?」
「えっと、それ、トナカイなんですけど……」
「嘘っ!?ああいや、それは申し訳ない」
自分の商品の形象を間違えられて、少女は少し憮然とする。
だって、分かりづらいんだもん……。
「君の名前は?」
俺は、まずそこから訊くことを始めた。
「あたしは、アイシア」
「アイシア、か。もしかして、魔法使いか?」
「えっ?」
俺の言葉に、隣の音姫も驚く。
「なんで、分かったの?」
「俺もそうだから。君の優しい魔法の気配につられてここに来たんだ」
「そういうの、分かるものなんだね」
「俺がちょっと特殊だからな」
そして、近くで見ると、もう1つおかしなことに気付いた。
この少女、被認識状態に支障がある。
それも、50年程前から。
魔法――だよな。
俺はアイシアの手を取って、言った。
「今から、俺んちに来い」
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「なんだ、さくらの家か……」
「さくらさんのこと、知ってるんですか?」
「旧友みたいなものかな」
アイシアの芳乃邸を眺める瞳は、本当に懐かしいものを眺めているようだった。
「ここには、来ないつもりだったんだけどな」
アイシアを中に促す。
玄関を開けると、運よくさくらが廊下を歩いているところに遭遇した。
「あ、光雅くんお帰り!って、……アイシア」
「1週間ぶりだね。まさかあの時にさくらと一緒にいた人がさくらの知り合いだったなんて思わなかったよ」
「にゃはは、まぁ、いろいろあってね。とりあえず寒いだろうから、上がってよ」
さくらの誘導で俺たちはある客間の一室に通される。
そこで、みんなゆっくりと寛ぎ、その間に音姫がお茶とお茶請けを用意する。
流石俺の彼女、気が利くな。
そして揃ったところで、さくらが口を開いた。
「まぁ、もう自己紹介は済んでると思うけど、こっちはアイシア。ボクの友達で、魔法使いさ」
「よろしくね」
「俺は弓月光雅、だったんだけど、訳ありで昨日から芳乃光雅だ。よろしくな」
「朝倉音姫です。よろしくお願いします」
「朝倉って、もしかしてジュンイチの?」
「うん、お兄ちゃんの孫娘さん。今はいないけど、もう1人妹の由夢ちゃんもいるよ」
「へぇ、あれからずっと、ジュンイチはネムと幸せに暮らしたんだね」
「うん」
純一さんとさくら、そしてアイシアは何かしら深い縁があるらしい。
それとアイシアの被認識状態の支障に何かしらの関係があるのかもしれない。
だから俺は、敢えてそれを掘り返した。
「アイシア、50年前に、何があった?」
「――!?なんで、それを?」
「アイシアに掛かっている妙な魔法が、50年間ずっと圧し掛かっているのが分かった。それと、さくら、純一さんに、何かしらの関係があると思ったんだ」
するとアイシアは、決意を新たにして、語り始めた。
50年前、アイシアはおばあちゃんと北欧中を旅して回っていた。
だがある時おばあちゃんが亡くなってしまい、アイシアは1人残された。
その後おばあちゃんの遺言を頼りに芳乃のおばあちゃんに会いに行くことにした。
偶然行き倒れになった場所が今の朝倉家で、そこの当時の家主である純一さんが面倒を見ることになった。
その頃は音夢さんは本島に渡って看護学校に通っていたために留守にしていたそうだ。
アイシアはそこで色々な人と出会い、色々な想いを知った。
――魔法はみんなを幸せにするものだ。
ずっとそれを信じ続けていた。
純一さんの周りには、純一さんを想う人がたくさんいて。
でも純一さんには、本島から帰ってきた音夢さんという大切な人がいた。
叶わない想い。
誰かが幸せになれない世界。
そんなのは間違ってると思った。
その頃は既に枯れていた魔法の桜を使うことで、みんなが幸せになれる世界を実現しようとした。
でも、それは矛盾だらけの世界だった。
あり得るはずのない世界は、破綻が生じる。
苦しんだのは、愛し合った2人だった。
それを見ていたみんなも、悲しんでいた。
自分の間違いに気付く。
こんなのは、本当の幸せじゃないって。
だから、狂った世界に終止符を打つために、最後の魔法を使った。
そして、小さなサンタクロースは、1人で強く、生きていった。
「その最後の魔法ってのは、『自分が存在しなかったことにする魔法』か」
原因がなければ結果は訪れない。
アイシアがいなければ、狂った世界は存在し得なかった。
だから、原因を消すことで、結果も消した。
それで世界は、元に戻った。
「それからずっとね、あたしは誰の記憶からも弾かれていった。知り合っても、個人差はあるけど、1週間覚えてくれている人はいなかった。時が経てば、赤の他人だった」
それが、アイシアの『不具合』か。
「……ちょっくら、やってみるとするか」
「やるって、何を?」
俺の決意の言葉に、さくらが反応する。
「決まってんだろ。アイシアを、元に戻す」
「でも、世界単位で掛かっている魔法を、どうするっていうの?」
「ああ、かなり難しい。全体を変更するのはな。だから、別の手段をとる」
「別の手段って?」
「上書きする。この世界における『アイシア』の記録を。これなら、活用させる範囲はアイシア個人で済む」
「そんなことができるの?」
アイシアが希望を見出せたのか、期待に満ち溢れた目で俺を見つめる。
まぁ、その、そんなに期待されても、その期待が逆に申し訳ないというか……。
「あ、ああ」
自分でもびっくりするくらい歯切れの悪い回答。
だってそれを実行するにはちょっと良心の呵責が邪魔するというか倫理的に危なっかしいというか。
「そのためにはだな、まず、アイシアに裸になってもらう」
と言っただけで早とちりして全員にジト目を食らう。
特に音姫。俺を信じてくれ。
まぁ、そりゃそーですよね。
「あいや、これにはちゃんとした理由があって、もしアイシアが何か衣類とかを身に着けていたら、その装飾品も『アイシア』になってしまうんだ。例えばその緑のリボン。それをつけたまま行使すると、アイシアがそれを落とした時、赤の他人はそれを見てそのリボンが『アイシア』という女の子だと認識してしまう」
つまり違和感バリバリの世界ができてしまう。
そんなことになるとホント面倒臭いので。
「悪いけど、アイシアのためであり、俺たちのためだ。協力してもらえるか?」
「ボクたちのためって?」
「単純にアイシアにはみんなと仲良くなってほしい。友達をたくさん作ってほしい。そうなったほうが、さくらも嬉しいだろ?そういうことだ。それじゃ、俺は隣の部屋で準備してるから、俺が呼んだら入ってくれ」
俺は隣室に移って、魔法陣を描く。
手書きなんて面倒なので勿論魔法で。
準備はそれだけ。
「いいぞー」
扉が開くと、アイシアはバスタオルを身に纏っている。
術式開始まで隠しておきたいのだろう。
陣の中心に立つように指示する。
そしてバスタオルを音姫に渡させ、俺は術式を開始する。
「さて、ちょっと使わせてもらいますか、≪solitary Pluto(孤独の冥王星)≫」
この術式には大量の魔力を必要とする。
だから、俺とアイシアの安全を考慮して、無限の魔力を得られるこの状態で遂行するのが無難だという俺の判断だ。
「――≪認識変更(システムセーブ)≫!」
床に描いた魔法陣が光りだし、それがゆっくりと地上を離れる。
アイシアの足先から頭のてっぺんまで、魔法陣が通過していく。
そしてそれは一気に収束し、頭上で弾ける。
「ひゃんっ!?」
アイシアの体がびくんと跳ねる。
とりあえずは、成功か。
俺はばかげた能力を一旦しまう。
とりあえず、これで『アイシア』の記録は、『辻褄合わせにより時間差で他者の記憶から消される存在』から、最後の魔法が発動する前の、被認識障害のない『アイシア』に上書きできた。
「本当に、これで成功したの……?」
アイシアが不安がちに俺に聞いてくる。
「ああ、問題ない。魔法は成功したよ。さぁ、外に出るなりなんなりして、友達100人作ってきなさいっ!ハッハッハッ!」
「ありがとうっ、本当にありがとうっ!光雅くんっ!」
アイシアは急に俺に飛びつくなり、おいおい泣きついた。
音姫が不快に思うと思ったんだが、優しげにその様子を見守ってくれていた。
「もう大丈夫だ。みんな、ここにいるから」
この日から、新しく芳乃家の住人が増えたのだった。