10.知り合いのサンタクロース
2012年10月28日 16:56
朝起きて、まずはシャルルにシェルで、今日の昼、生徒会室に向かうことを連絡して、『研究施
設』に向かう。
正直、スライの一件以来、あそこに行くのには嫌気が差したのだが、『研究材料』であることで
風見鶏での存在意義が確立されるのだから、嫌でも行かなければならない。
だが。
――俺は俺自身なんだ。
こう心の中で何度も反芻しながら、次の1回で最後にすることを決意する。
そして、正式な風見鶏の生徒として生活する、そんな理想を抱いていた。
と、このタイミングでシェルが鳴る。
確認するとサラからテキストが届いていた。
――今日の夕方5時頃から、グニルックの練習を手伝ってくれませんか?
返事は勿論イエスだったが、障害物を破壊してしまうようなプレイヤーでは参考にもならないと
思う。
そこで、そのことをそのままサラに疑問としてぶつけてみると、こう返ってきた。
――見てもらうだけで大丈夫です。お願いします。
それなら自分じゃなくても大丈夫じゃないか、と考えたが、そんなことより他の連中より自分が
呼ばれることに小さな優越感を感じたため、その誘いを快諾することにした。
さて、『研究施設』のエントランスに入る。
そこには、いつもどおり、シグナスが佇んでいた。
シグナス「久しぶりだな、龍輝。」
龍輝「久しぶりですね。」
シグナス「貴様のいいたい事は分かっている。自分を『研究材料』にするのは、これで最後にし
て欲しい、ということだろう?」
龍輝「何故、それを……?」
シグナス「スライ・シュレイドに決まっているだろう。あれほど嗅ぎ回っていれば誰だって気が
つくさ。大方、あいつに説教でもされたんだろう?」
龍輝「まぁ……。」
何もかもを読まれているような気がして、わざわざ自分から喋る必要もないと少し安堵する。
シグナス「だが、その話は少し無理がある。」
龍輝「何故です!?」
望んでいた未来が崩れ落ちそうになり、龍輝は動揺した。
シグナス「全てが終わるのは、1週間後の最終段階の『実験』なんだよ。」
それはつまり――。
龍輝「次で終わりってことですか?」
シグナス「そういうことだ。まぁ、あと一回くらい我慢してくれ。」
そう言われると、納得して頷かざるを得なかった。
龍輝「……分かりました。」
シグナス「すまないな。協力してくれ。そうしたら、貴様は自由の身だ。」
龍輝「はい。」
そうして、最後から2番目の、全ての始まりを告げる『実験』が、始まった。
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『実験』が終わって、風見鶏の学び舎に向かう龍輝。
目的は、シャルルに合うこと。
今日は午後からリゾート島でシャルルとショッピングをする予定である。
その後、サラのグニルックの練習に付き合う。
今日の午後は彼なりにハードスケジュールである。
そのスケジュールというのが全て女性に関係しているというのが恨みがましいところだが。
勿論、龍輝にはそんなつもりはなかった。
さて、学園の廊下を進み、生徒会室に向かう。
ドアをノックし、いつものメンバーに顔を合わせる。
そこには、無理はしているだろうが、いつもどおりに振舞っているリッカもいた。
リッカ「あ……。」
巴「龍輝ではないか。シャルルをデートに誘いに来たのか?」
シャルル「へ?デ、デートって、そんなのじゃないよー!」
顔を紅くして照れるシャルルを横目に、龍輝はリッカを心配する。
龍輝「んで、リッカ、お前もう大丈夫なのか?」
リッカ「え、ええ、もう大丈夫。心配掛けたわね。」
龍輝「心配したさ。あんなに怯えるリッカなんて見たこと無かったから、もしかしたらそのまま
立ち直れなくなるんじゃないかと思ったくらいだよ。」
リッカ「あはは。私を誰だと思ってるのよ。カテゴリー5、孤高のカトレアである、リッカ・グ
リーンウッドよ。」
リッカはいつもどおりに振舞っていた。端から見ても別に変わったところはなかった。
リッカは復活した、そう見えた。
しかし、龍輝は分かっていた。リッカは無理をしている、と。
リッカに近づき、他の人に聞かれないように小さな声で囁く。
龍輝「……無理だけは、するなよ。」
そう言って、リッカの頭に手を置き、少し撫でてやる。
リッカは龍輝の行動に唖然としていたが、悪い気はしていなかった。
それどころか、龍輝に対して、特別な感情を抱くようになっていた。
リッカ「……うん。」
シャル「……?」
そんな様子を途中から見ていたシャルルだったが、状況が上手く理解できていなかった。
龍輝「で、これからリゾート島に行くんだが、リッカと巴もどうだ?」
巴「悪い、今手が離せないんだ。生徒会選挙の準備で忙しくてな。リッカにも悪いんだが昨日ゆ
っくり療養してもらった分の埋め合わせをしてもらっているのだ。」
リッカ「というわけで、シャルルと2人で行ってきなさい。」
シャル「えっ、えっ?ちょっとーっ!?」
龍輝「悪いな、ということで、シャルルは拉致っていくぜ!」
シャルルの腕を取って、生徒会室を後にし、颯爽と走っていった。
途中、教室移動中の清隆たちに会う。
龍輝「おう、清隆と姫乃じゃねーか。」
清隆「こんにちは、龍輝さん、それと、シャルルさんも。」
姫乃「こんにちは。」
シャル「はぁ、はぁ、こ、こんにちは……。」
突然走らされる羽目になったシャルルは息を切らして肩で息をしている。
清隆「どうしたんですか、こんなところで全力疾走なんてして。」
龍輝「これからシャルルとリゾート島までショッピングに行くんだっ!」
輝かしい笑顔で右手の親指を立て、グッと突き出す。
姫乃「は、はぁ……。」
清隆「いや、だからなんで全力疾走なんですか?」
龍輝「早くここからシャルルを連れ出さないと、こいつ真面目だから戻ろうとするから。」
姫乃「生徒会のお仕事は大丈夫なんですか?」
龍輝「それなら心配ない。リッカと巴には許可を貰ってある。」
姫乃「そうですか。楽しんで来てくださいね。」
姫乃が微笑み、手を振る。
それに応じて、龍輝も2人に手を振り返し、走り出す。
龍輝「それじゃ、行ってくるぜい!」
シャル「ああっ、龍輝くん!」
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ボートを使って海を渡り、リゾート島に到着した2人。
今更ながら、龍輝はシャルルに関して聞きたいことがあった。
龍輝「そういやシャルルってさ。」
シャル「なに?」
龍輝「あ、いや、シャルルってサンタクロースだったんだっけ?」
シャル「まぁ、そうだけど……。それがどうしたの?」
龍輝「どうしたっていうか、どんな魔法が使えるんだ?」
シャル「……えっとね、プレゼントの魔法。」
少し話し始めるのに躊躇いがあったが、龍輝には気付かなかった。
龍輝「プレゼント?」
シャル「うん。1人に対して、1年に1度だけ成立する魔法。相手が心の底から欲しいと思う物を
出すことが出来るの。」
龍輝「なんかそれって、すげぇじゃん。」
シャル「それ程でもないよ。それにね、本当にプレゼントをしたいなら、魔法で出すより、手作
りの方が気持ちが籠められるし、貰うほうも嬉しいでしょう?」
そう言うと、シャルルは笑顔で懐からストラップのようなものを取り出した。そのストラップは
人の形をしていて、龍輝にそっくりだった。
龍輝「これは?」
シャル「少し早い、あたしからのクリスマスプレゼントでーす!」
龍輝「いいのか?俺なんかが貰って。」
シャル「もちろん!そのために作ったんだから。」
龍輝「んー、よく出来てるじゃん。ありがとう。大事に使うよ。」
そう言うなり、龍輝はそのストラップを自分の財布に取り付けた。
龍輝「よしっ、よく似合う。」
シャル「かわいーっ!」
隣でシャルルがはしゃぐ。その様子を見て、龍輝も温かい気持ちになるのだった。
龍輝「んじゃ、そろそろ行こうか!」
シャル「うんっ!」
この後2人が夕方まで楽しく過ごしたのは言うまでもないだろう。