11.アイトアカネト二心同体

2013年11月05日 23:09
翌日。
結局妙に興奮して寝付けなくて、ぼんやりしながらベッドから身を起こす。
そういや今日が最終日なんだなぁ。
なんだかんだでいろいろ楽しかったし、最後にひとっ風呂浴びていくか。
バッグから着替えをスタンバイして、部屋の連中を起こさないようにそっと部屋を出る。
廊下をを進んで階段を下り、広間を通り過ぎて風呂に向かう。
寝間着を脱ぎ捨て、ロッカーのかごに放り込む。
タオルを1枚持って入り、ゆっくりと湯船につかる。
やっべー、朝風呂の習慣なんてなかったけど、これなかなか極楽だわ。
明日からやってみようかな?
 
「ふぅ~、極楽極楽……」
 
ふとため息をつくと、隣の女湯から声がした。
 
「そこにいるの、光雅くん?」
 
なんと、茜も優雅に朝風呂と洒落込んでいた。
 
「茜か」
 
「そうだよ~、ナイスバディなお姉さんの茜さんでーす」
 
「朝っぱらから元気だな、お前」
 
「そういう光雅くんは、あんまり元気じゃないね。どうしたの?」
 
「そうか?」
 
そんなつもりはなかった。
そもそも朝からテンション高くするのはちときつい。
睡眠で疲れを取り除くことができなかったから風呂に入ってるようなもので。
 
「それにしても光雅くん、昨日は凄かったよ~」
 
きっと昨日の王様ゲームのことを言ってるのだろう。
最後の俺と音姉とのハグのことを。
 
「やめてくれマジでやめてくださいその話」
 
「きらきら輝いてたもんね~」
 
「やめろと……」
 
「あはは」
 
茜は愉快そうに笑って、急に黙り込んだ。
一体なんなんだろう。
 
「私ね、知ってるよ」
 
「何を?」
 
「光雅くんが、音姫さんのことを好きなこと。あ、姉弟とか家族とかそんなんじゃなくて、恋人として、ね」
 
「ばれてる……か」
 
「私たちを舐めてもらっちゃ、困るなぁ」
 
「私たちって、やっぱり杏もか」
 
「そりゃ、ね」
 
小恋はあり得ない。
そもそも義之にゾッコンみたいなところもあるし。
俺に構ってる場合じゃないだろう。
壁の向こうから、ぱしゃりと湯の跳ねる音が聞こえる。
 
「だからね、そういうのは、変に拗れる前に早めに伝えておいたほうがいいよ。きっと上手くいくからね」
 
「それも、そうだな」
 
そんなことは分かっていた。
分かっているけど、行動に移せないから恋愛とは難しいのである。
ましてや今まで家族のようだった人相手だし。
でも、そうだ。
やっぱり、伝えよう。
伝えるのが一番かもしれない。
 
「ふふ」
 
その声に、これまで何度も感じてきた違和感を感じた。
なんていうか、茜じゃない人としゃべっているような感覚。
紛れもなくそこにいるのは茜だというのに。
 
「なぁ、茜、今度はこっちから訊いていいか?」
 
「なになに~?」
 
「お前は、――『茜』だよな?」
 
どういえばいいか分からなくて、結局分かりづらい表現になってしまった。
 
「え、急に何を言い出すのかと思えば――」
 
「えっと、なんていうか、たまに、『茜』としゃべってる気がしなくなる時があるんだ、お前としゃべってると」
 
俺がそういうと、茜は黙り込んだ。
何を言おうか考えているのだろう。
 
「そっか、光雅くんなら気付いても仕方ないか」
 
そしてまた、ぱしゃっと、湯の跳ねる音。
 
「うん、なんていうかね、この体は、私1人のものじゃないんだよ」
 
「二重人格……」
 
「そんな感じかな。紹介するよ。もう1人の『私』、『藍』ちゃん」
 
「こんにちは、光雅くんにとっては始めまして、だね。藍ちゃんですっ!」
 
それは全く茜と同じ声で、茜と同じ雰囲気を帯びていて、紛れもない茜。
でも、それでも違和感はあった。
今そこにいるのは、『茜』ではなく、『藍』だという。
そして、俺が気付いていない間、何度か俺の前にその存在を現していたという。
 
「私たちはなんていうか、1人プレイのテレビゲームを2人で交互にやってるって感じ。どっちかが体の所有権を持っている間は、もう片方は傍から見物して、アドバイスもできる。だからどっちが体を所有していても、記憶は平等に残るんだよ。どっちかが意識下で寝てない限りはね」
 
今しゃべったのは茜。
なんで俺に分かるのだろうか?
 
「私たちは、ずーっとこんな感じで過ごしてきた。私が茜ちゃんに相談して、茜ちゃんが私に相談して、いつもそんな感じ。私は『藍』としてみんなと接することはできないけど、杏ちゃんや小恋ちゃん、それに光雅くんや義之くん、それから杉並くんに渉くん、みんなと楽しい時間を過ごしてきた。だから、寂しくなんてないんだよ」
 
今度話したのは、また入れ替わって藍の方だ。
その口調から、本当に寂しいことはないし、楽しいというのも分かった。
 
「一心同体、ってやつか」
 
ふとその言葉に、俺自身ドキッとした。
 
――あれ?
 
「違うよ。二心同体だよ」
 
「それもそうか。でも、なんでそんなに詳しいことまで喋ってくれるんだ?秘密だったんだろ?」
 
「私も藍ちゃんも、嬉しかったんだよ。藍ちゃんのことを、『藍』ちゃんとして見てくれる人がいてくれて。それに、光雅くんなら安心だし、きっと助けてくれるって信じてるから」
 
「そ、そうか……」
 
そんなことを臆面もなく言われると、なんだか照れるじゃないか。
それにしても、今日の茜はなんか大人しいな……。
 
「私はね、藍ちゃんのお姉ちゃんなの。でもね、小さい頃の私は今では想像できないくらい弱虫で臆病で引っ込み思案だったんだ。反対に藍ちゃんはまんま今の私だった」
 
ちょっと待て、それって、藍は、実在していたのか……。
 
「私はね、小さいころに水難事故で死んじゃったはずなの。だけど気付いたら、茜ちゃんの中にいたんだ」
 
「私は藍ちゃんなしじゃ生きていけなかったから、その時は本当に嬉しかった。まだ藍ちゃんは生きているんだって。だって、今ここで藍ちゃんとお話できるし、藍ちゃんを感じていられる。これって、藍ちゃんが生きてる証拠だよね?体はもうないけど……」
 
「そう……かもな……」
 
何か、おかしい気がした。
それでも、2人が今幸せなら、それでいいのだろうと思った。
俺自身、同じ状況なら、泣いて喜ぶだろう。
義之であれ、由夢であれ、さくらさんであれ、音姉であれ。
 
「雪月花って、4人だったんだな」
 
ふと、そう思った。
杏と小恋と茜、いつも3人でいろいろなことをやっていた。
でも、誰にも認知されなくとも、もう1人いたのだ。
『藍』という存在。
間違いなく彼女も、雪月花の輪の中に入っていた。
 
「雪月花って、最高だよね……?」
 
茜がしみじみと呟いた。
 
「ああ、お前らは、ホントに最高だ……」
 
心の底から、素直にそう思った。
 
「後でペンションの表で集合写真撮るって。9時までに集合だよ~」
 
「ああ、分かった」
 
俺は頷いて、仲間の、友達の温かさを、再認識したのだった。