11.月明かりの予感

2012年10月28日 16:57

 

ぽーん。
 
ブリッドが宙を舞う。
 
競技場ではサラがグニルックの練習をしていて、それを龍輝が芝生に座って少しはなれたところ
 
で見ていた。
 
ブリッドはいくつかの障害物をかわして――いや、最後の一つにぶつかってそのまま堕ちてしま
 
った。
 
サラ「ああ……。」
 
龍輝「いや、ドンマイ、ドンマイ。惜しかったじゃん。」
 
シャルルとリゾート島でショッピングをした後、龍輝は急いで学園島まで戻り、サラとの約束を
 
守ったのである。
 
ちなみに、リゾート島でシャルルにトナカイのぬいぐるみを買ってやったときの、彼女の喜びよ
 
うといったらタダモノじゃなかった。
 
サラが再びブリッドをスタンバイして、ロッドを振りかぶり、一気に振り抜く。
 
ぽーん。
 
今度はすぐ正面の障害物にぶつかってしまった。
 
サラ「なかなか上手くいかないです……。」
 
龍輝「そういうときは、ちょっとずつ角度や力加減、使用する術式や、魔力を籠めるタイミング
 
   を変えてみて調整するのもいいんじゃないか?」
 
サラ「そうですね。やってみます。」
 
正面から少し体をずらす。しかし、あまり自分の調整に自信が持てないのか、なかなかストップ
 
しない。
 
龍輝は立ち上がり、サラの調整の手伝いをすることにした。
 
サラの背後に立ち、サラを抱きとめるような形で後ろから一緒にロッドを握る。
 
サラ「なななななななななななな!?」
 
サラが突然声を上げる。
 
読者諸君は既にお気付きだろうが、当然龍輝には何の悲鳴だか分からない。
 
龍輝「なっ、なんだ?」
 
サラ「えっとっ!、そのっ、なんでもないですっ!」
 
龍輝「いや、なんでもないことないだろ……。」
 
サラ「なんでもないんですっ!」
 
龍輝「そっ、そうか?」
 
謎のサラの勢いに気圧されてしまったようだ。
 
しかし、ここまで鈍いとさすがに人間関係に影響を及ぼすのではなかろうか。
 
龍輝「……んじゃあ、あそことあそこの障害物の間を通したいんだろ?だったら、このラインで
 
   角度は……このくらいか?」
 
龍輝はそこでようやく気付いた。
 
今、自分の腕の中にいるサラから感じる香り。
 
それがいやでもそこにサラがいることを実感させる。
 
――なるほど、そういうことか。
 
だがしかし、時既に遅し、ということで、今突き放すのはサラに失礼だと思い、そのまま続行す
 
る。
 
向きを固定し、一度サラから離れる。
 
サラ「あう……。」
 
フィールドを眺めて、アドバイス。
 
龍輝「あの間を通過した瞬間に魔力で左にブリッドの軌道を曲げるんだ。すぐに、だぞ?それじ
 
   ゃ、やってみよー。」
 
サラ「はいっ。」
 
サラがいい笑顔で返事をする。
 
龍輝の心臓がどきりと跳ねる。
 
サラとリゾート島に行ったときも同じ気持ちになった。
 
これはなんだろう、と考えていると、サラがブリッドを撃ち出した。
 
ぽーん。
 
ブリッドは見事に障害物の間を抜け。
 
サラ「はぁっ!」
 
一気に左に曲がり。
 
そして、ターゲットパネルの中央を撃ち抜き、見事1度に全てのパネルを撃ち落とすことに成功
 
した。
 
龍輝「お……。」
 
サラ「や……、やったーーーーーーー!!」
 
龍輝「やったな!サラ!」
 
サラ「私すごいっ!私できたっ!」
 
普段は生真面目で堅苦しいところもあるサラだが、龍輝はそんなサラの、今目の前に浮かんでい
 
る、誰にも見せないような笑顔を見続けてきた。
 
サラ「はぁ…、はぁ…、先輩、や、やりました……!」
 
龍輝「良く頑張った。今までで一番ナイスショットだったぜ?」
 
サラ「あ、ありがとうございます。」
 
龍輝「んでも、ちょっと疲れが大きいな。術式の負担が大きい。もっと簡単で魔力消費を抑えら
 
   れる術式の組み合わせを編み出さないとな。」
 
サラ「そうですね。」
 
サラの表情は真剣なものに戻っていたが、それでも、はじけるような笑顔は変わっていなかっ
 
た。
 
空を見上げると、既にすっかり暗くなっていた。
 
月が雲に隠れて見えにくくなっている。
 
龍輝「それじゃ、もう遅いし、帰るか?」
 
サラ「そうですね。」
 
二人で後片付けをし、並んで競技場を去ったのだった。
 
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空を見上げながら歩いていると、ふと感じたことがあったので、サラに尋ねてみた。
 
龍輝「なぁ、サラ。」
 
サラ「なんですか?」
 
龍輝「腹減ったな。」
 
サラ「うーん、そういえばそうですね。」
 
龍輝「フラワーズ行こうぜ!」
 
サラ「いいですね、行きましょう!」
 
進路が決まったようだ。歩く方向を変え、フラワーズに続く道を歩いていった。
 
既にそこそこ遅い時間帯なので、客足も少なかった。
 
龍輝たちはテラスで食事をすることにした。
 
席を取ってすぐに、店の中から1人の少女が出てきた。
 
いわずもがな、陽ノ本葵である。
 
葵「あれ、龍輝さんじゃないですか。」
 
龍輝「よっ。」
 
葵「お二人でお食事ですか?これはこれは先ほどまで何があったか気になりますねぇ~。おっ
 
  と、ご注文を取らせていただきます!」
 
龍輝「んー、んじゃあ、俺はこのサンドイッチセットとフライドチキン。ブラックコーヒーでよ
 
   ろしく。」
 
サラ「わ、私は、カルボナーラとミントティーをお願いします。」
 
葵「わっかりましたぁ!それではしばらくお待ちくださいっ!」
 
そういうと来た時と同じテンションで店の中に戻ってしまった。
 
サラ「よく学食で見かけますけど、本当にいつ見ても元気ですよね……。」
 
龍輝「ああ……、到底他人には真似出来ない芸当だ。あれがもし魔法ならカテゴリー5なんだろ
 
   うな……。」
 
サラ「そうですねぇ……。」
 
2人そろってしみじみと呟く。
 
サラ「それにしても、いよいよ明日ですね。」
 
龍輝「何が、って、ああ……。」
 
翌日は生徒会選挙立候補者の立会演説会の日である。
 
そう、明日はついに、葛木清隆が生徒会選挙の当選に最後の一コマを進めるために、壇上に上が
 
るのだ。
 
思えば、予科1年A組のクラスのメンバーは本当に良く頑張った。
 
何故清隆が生徒会役員になろうと思ったのかは知らないが、そのために彼のクラスは一団結して
 
あらゆる壁を乗り越えてきた。
 
杉並を選挙参謀につけるため、杉並の出したおかしな暗号を解読し(もっともこの件について尽
 
力したのは探偵部の江戸川耕介とメアリー・ホームズであったが)、それによって選ばれた危険
 
度の高いミッションをクリアし、杉並を引き入れることに成功、それからみんなでビラを作って
 
配り、知名度を上げ、桃太郎をモチーフとしたポスターを各地に貼り(このポスターはどうやら
 
本科生の女子生徒に妙な人気があったようだ)、ハイドパークホテルで爆弾の爆発を阻止して名
 
誉騎士の称号を得て、一気に当選に近づく。この度重なる彼らの活躍は大いに賞賛されるべきだ
 
と思う。
 
あとは、明日の立会演説を成功させ、見事当選してくれれば――
 
サラ「先輩、聞こえてますかー?」
 
龍輝「え?ああ、すまん……。」
 
サラ「考え事ですか?」
 
龍輝「まぁな。清隆がどれだけ凄い奴かってのを考えていた。」
 
正確には、清隆たち、だが。
 
龍輝「あいつは凄い奴だ。実力があって、それでいて傲慢でなくて、人当たりも良く、誰からも
 
   慕われる。そんじょそこらの演劇舞台のヒーローよりもっと英雄だ。」
 
サラ「それは先輩だってそうです。」
 
龍輝「はい?」
 
そんなことしたっけかな、とでもいうような、間抜けた表情を自然に作る。
 
サラ「私が監禁された時、助けてくれました。」
 
龍輝「偶然だ、偶然。」
 
サラ「先輩は私に色々な事教えてくれました。」
 
龍輝「物事のついでだ。」
 
サラ「私いっつも先輩に励まされてばっかりでした。」
 
龍輝「俺も何度もサラに励まされたぞ。」
 
サラ「あう……。」
 
龍輝「おっと……。」
 
サラが赤面して俯く。つられて龍輝も恥ずかしいことをさらりと言ってしまったことに気づいた
 
ようだ。
 
確かにこれでは誰がどう見てもただの先輩後輩とは感じられないだろう。
 
しばらく沈黙が続く。
 
だが、そんな妙な空気も、嵐の前ではすぐに消え去ってしまうのだった。
 
葵「お待たせしましたー!こちらぺペロンチーノとミントティー、それとサンドイッチセットと
 
  フライドチキンになります!って2人ともお顔を真っ赤にしちゃってどうしたんですか?」
 
龍輝「えっ、いや、ちょっとな……。」
 
葵「それにしてもお二人っていつも一緒にいますけど、いつから知り合ったんですか?」
 
サラ「えっと、私が少し事件に巻き込まれたとき、先輩が助けてくれたんです。」
 
サラがその時の状況を簡単に話す。
 
葵「なるほどなるほど、つまり龍輝さんは突如目の前に現れた白馬の騎士(オージサマ)だった
 
  んですねぇ~。」
 
龍輝「そりゃ偶然なんだから突然目の前に出てくるわけだし、白馬なんて持ってないし、もてる
 
   ような身分でもないし、騎士(オージサマ)とかそんな立派なことした訳じゃないし。」
 
葵「むむむ……、これはなかなかの謙遜ですねぇ。」
 
龍輝「そんなことよりさ、店はいいのか?」
 
葵「はっ!?すっかり忘れてましたっ!お仕事もう少しで上がりますので、その後お話をお聞か
 
  せくださってよろしいでしょうか?」
 
龍輝「俺は別にいいけど、サラは?」
 
サラ「私も、問題ないです。」
 
葵「ありがとうございますっ!それでは陽ノ本葵、お勤めに戻ります!」
 
そういうと、やはりハイテンションのまま店に戻っていってしまった。
 
サラ「やっぱり元気な人ですね……。」
 
龍輝「ああ……。」
 
サラ「冷めないうちに頂きましょう。」
 
龍輝「そうだな……。」
 
この時、フラワーズに客があと2人来た。
 
清隆「あれ、龍輝さんじゃないですか。それに、サラも。」
 
姫乃「こんばんは。」
 
サラ「清隆、姫乃!」
 
清隆「龍輝さん、相席いいですか?」
 
龍輝「もちろん。後で葵も来るってさ。」
 
清隆「葵ちゃんも?」
 
確認を取りつつ、姫乃と清隆が席に座る。龍輝から左に、清隆、サラ、姫乃といった席順だ。
 
姫乃「おじゃまします。」
 
すると、店の中からウェイトレスが1人出てきた。葵ではないところを見ると、彼女はもう仕事
 
を上がるようだ。
 
2人は注文をして、4人で談笑を始める。
 
龍輝「ところでお前ら、こんな時間までどこに行ってたんだ?」
 
清隆「ちょっとリゾート島までショッピングに。」
 
清隆が買ってきたものが入った紙袋を持ち上げる。品物から考えて姫乃の買い物に付き合った、
 
というところだろう。清隆はおそらく荷物持ちである。
 
龍輝「リゾート島って、俺も昼間はそこでシャルルとショッピングだったけど、見かけなかった
 
   ぞ?」
 
サラ「シャルル先輩といたんですか?」
 
トーンの低い確認の質問と共に、サラの疑いの視線が飛んでくる。
 
龍輝「ん?何か拙かったか?」
 
サラ「いえ、別になんでもないです……。」
 
姫乃「ふふ。」
 
乙女心とは複雑である。少なくとも龍輝と清隆には理解できていない。
 
龍輝「俺なんか拙いこと言ったか?」
 
女性陣に聞かれないように小声で清隆に確認をとる。
 
清隆「さぁ……。」
 
清隆も分かっていなかった。
 
案の定である。
 
サラは不機嫌そうに、パスタをフォークに絡ませて器用に口に運んだ。
 
このタイミングで葵が店から出てきた。
 
龍輝「ところで清隆、お前、こんなところでのんびりしてて、明日の演説は大丈夫なのか?」
 
清隆「そうですね、まぁやることはやったんで、あとはなるようにしかならないですよ。一応、
 
   どんなことを喋ろうか考えてますけど。」
 
姫乃「兄さんって本当に行き当たりばったりですね。」
 
清隆「馬鹿言え、臨機応変だと言って欲しいな。」
 
葵「清隆さん、もっとしっかりしないと、妹さんに愛想尽かされちゃいますよ?」
 
この兄妹は相変わらず仲良しだ、と思った。自分もサラとこんな風に仲良くできれば、とふとそ
 
んな考えが頭に過ぎった。
 
そこで気付いた。
 
龍輝「あれ?」
 
――これじゃあ、俺がサラのことが好きみたいじゃないか。
 
サラを見る。
 
清隆や姫乃に混じって、雑談を楽しんでいる。その一挙一動、一言一句が大切なもののように思
 
える。
 
――なるほど、これがそういう気持ちなのか。
 
やっと気付いた自分の気持ち。
 
それと同時に今の自分の置かれている境遇に気付く。
 
龍輝の周りには、今、清隆がいて、姫乃がいて、ここにはいないが、リッカ、シャルル、巴がい
 
て。
 
そして、サラがいて。
 
――なんだ、俺、結構恵まれてんじゃん。
 
そして忘れはしなかった、スライの言葉。
 
人生を楽しむこと。
 
幸せ。
 
それは、脆く儚いものである。
 
そんなか弱く、小さなものを、龍輝は、手中に収めようとしていた。
 
それは。
 
龍輝「おっしゃあ!今日は俺が奢ってやる!ってか奢らせない奴はリッカにあることないこと、
 
   いや、ないことないこと吹き込んで学園で一人ぼっちにしてやるっ!」
 
清隆「なんでそうなるんですか……。」
 
姫乃「なんか本当にやりそうで怖いです……。」
 
サラ「えーっと、すみません……。」
 
それは、満月よりは少し欠けた月の明かりが暖かな夜のことだった。