12.聖夜の誓い
朝はすぐに目が覚めた。
自分がいかにこの日を楽しみにしていたかがあまりにも分かり過ぎてしまうので、一人で少し照
れたりもした。
立候補者の立会演説では、とある事件が起こったらしい。
というのも、控え室で待たされていた清隆が、何者かによって拉致され、選挙活動妨害をされた
らしい。
だが、杉並とやらと巴がすぐに駆けつけ、ことの詳細を聞き出し、首謀者がイアン・セルウェイ
であることも分かった。
無事開放されて壇上に上がって演説する清隆の姿は、誰も憧れるものとなっただろう。
今日は、ついに生徒会選挙の投票がなされ、その結果が発表される。
それは、清隆にとって大きな出来事になるだろう。
そして龍輝自身、彼には当選してほしいと思っていた。
選挙が始まって以来、リッカのコネでA組の連中と共に協力して物事をこなしてきただけあって
、その思い入れはとても強い。
そしてもう一つ、楽しみな理由。
それは。
――今日のパーティ、暇なのであれば、一緒に回りませんか?
サラからのシェルのテキスト。
これを見た時、龍輝は心の底から喜びを感じた。
青年は、少女に恋をしたのだから。
龍輝「さーて、いろいろと勝負だな……。」
龍輝は軽い足取りで、寮の自室を出ていった。
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さて、一度自教室、とは言っても清隆たちのクラスだが、とりあえず全員集合して、なぜか清隆
以外のほとんどがそわそわしているのを確認して、投票会場である講堂へと向かった。
そこでは、すでに投票が始まっていて、生徒会のメンバーがそれを取り仕切っていた。
みんなが結果にびびって動けないでいるのは面白かったのだが、さすがに清隆はそれを見かねた
ようで、早く投票してくるように説得した。
清隆「ほら、さっさと投票してこいよ。」
姫乃「は、はい。」
耕介「んじゃ、行ってきますか。」
サラ「そうですね……。」
みんなが投票しに行くのを見て、龍輝も歩きだした。
龍輝「なぁ、清隆。」
清隆「はい?」
龍輝「メアリー・ホームズに投票していいか?」
清隆「えーっと、できればやめてほしいんですけど、俺が向いてないって言うのなら……。」
龍輝「ははは、冗談だよ。それじゃ、俺もいってくる。」
清隆「よろしくお願いします。」
そうして、投票が終わった。
その間、清隆はメアリーやイアンの付き人である、瑠璃香・オーデットと会って、いろいろと話
をしていたようだ。
清隆が戻ってくると同時に、壇上から、リッカの声が響いた。
リッカ「静粛に!」
脇にはシャルルや巴、その他の役員もいるようだ。
リッカ「それでは、今から、今年度第一回生徒会役員選出選挙の当選結果を発表します。」
みんなが壇上のリッカに注目している。
リッカ「今回の生徒会役員選挙の、栄えある当選者は!」
どこからともなくドラムロールが流れてくる。
どこに楽器があるのか分からないが、一応魔法であることは確かだった。
そして――。
リッカ「1年A組、葛木清隆!」
声高らかに、清隆の名が呼び上げられる。
そして、この声に反応して、みんなの視線が清隆に集まった。
清隆「俺……?」
次の瞬間には、すでに祝福の歓声が響き渡っていた。
姫乃「やりましたね!兄さん!」
耕介「うっわー、やべ、やべ、やべ!なんか自分のことのようにうれしーぜ!」
サラ「おめでとうございます、清隆!」
四季「おめでとうございます!」
男子生徒「やったな!」
女子生徒「おめでとう、清隆くん!」
その場にいた、全員が清隆に祝福の言葉を浴びせていた。
龍輝は、その様子を、輪の外から見守っていた。
清隆「ありがと、ありがとう。ハハハ……。」
みんなに囲まれ、清隆は嬉しくも恥ずかしい気持ちを感じているのだろう。
リッカ「というわけで、当選した葛木清隆くん、壇上にあがって頂戴。」
そう呼ばれた清隆は、みんなの笑顔に送り出されて、壇上に上がった。
清隆はリッカからマイクを渡され、これからの抱負を語る。
清隆「ありがとうございます。今回、当選させていただきました、葛木清隆です。駆るいい気持
ちで立候補したわけではないのですが、それでも責任重大な生徒会役員になったというこ
とで、早くもプレッシャーに押しつぶされそうです。僕に投票してくれた人々のご期待に
応え、皆さんがよりよい学園生活が送れるよう頑張りますので、今後とも応援よろしくお
願いします。」
そして、一呼吸おいて、もう一度講堂を見渡し。
清隆「本当に、ありがとうございました!」
そして、もう一度、講堂内に祝福の拍手が鳴り響いたのだった。
清隆は、そのまま生徒会役員に連行され、入会の軽い挨拶をしにいったようだ。
そこで、龍輝は、自分が祝福の言葉をかけてやるのを忘れていたことに気付いた。
龍輝「ま、それは後でもいいか。」
龍輝はこれからが本番なのだ。
そして、サラにシェルで連絡し、待ち合わせ場所に向かった。
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噴水の前。
サラは龍輝よりも早くに来ていた。
龍輝「悪い、待たせたか?」
サラ「い、いえ、わっ、私も、今来たばかりでしゅので……。」
緊張のあまり、サラが台詞を噛む。
サラ「じ、じゃなくてっ、ですので……。」
あわてて訂正するサラが、可愛いなと思った。
その微笑ましさのあまりに、思わずクスクスと笑ってしまう。
サラ「せ、先輩、笑うなんて酷いです……。」
龍輝「いや、サラが可愛かったから。」
サラ「かっ、かわ――っ!?」
言ってみて自分がさらりと恥ずかしいことを口走ったのに気付いた。
とりあえず、龍輝は自分の照れを隠して、この少女のエスコートを始めようと思った。
龍輝「それではお嬢様、参りましょうか。」
龍輝が手を差し伸べる。サラはその手を遠慮がちに握った。
サラ「は、はいぃ……。」
そして、二人でいろいろ回った。
途中で、龍輝が面白そうなものを見つける。
龍輝「サラ、あれ。リンゴ飴占い、だってさ。」
二人でそこに入ることに決めた。
そして、教室に入ると、色とりどりのリンゴ飴が並べられていて、自分の好きな種類を占っても
らうことが分かった。
龍輝「本当にいろいろな種類があるもんだな……。」
サラ「そうですね。」
龍輝「どれにする?」
サラ「う~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……。」
サラの唸り声は、とても真剣に悩んでいたようで、常人よりはるかに長かった。
そして。
サラ「これにします!」
サラが選んだのは、イチゴミルクのかかった飴だった。
店員「こちらの種類でよろしいでしょうか?」
店員が注文を確認する。
龍輝「あと何本ほしい?」
サラ「そんなにいりませんっ!」
サラが、猫が威嚇するように怒る。
龍輝はその表情ひとつひとつを楽しんでいた。
そして、龍輝はすぐさま懐から財布を取り出し、支払い準備をする。
そうでないと、サラはある行動に出るからだ。
龍輝「それじゃ、買ってやるよ。」
サラ「いえ、自分で買います。」
このように、自分に厳しい彼女は、他人に甘えようとはしない。
だから、少しでも頼ってもらおうと、自分ですぐに支払いを終えてしまう。
龍輝「そんなこと言ったって、俺もう払っちまったし。」
カウンターでは、アリガトウゴザイマシター、と、挨拶をしていた。
サラ「あ、ありがとうございます。」
龍輝「気にすんなって。」
それに、龍輝自身がプレゼントをしたかった、というのもあった。
そしてそれをサラに渡し、隣にいる占い師のような人に占ってもらう。
占い師「そなたの選んだリンゴ飴はピンク色じゃな~?」
龍輝「これがピンク色ではないのなら、何色なんだと聞いてもいいのか?」
占い師「結構です。」
そして、占い師が胡散臭い呪文を呟いて、占いを始める。
占い師「むむむっ!その飴を選んだそなたは近いうちに……」
隣を見てみると、サラはえらく緊張しているようだった。」
占い師「とてつもない大恋愛をするとでておる!そして人生最大の選択と、これは、悲しみの色
じゃな……。」
サラ「悲しみ……?」
サラの表情が暗くなった。
龍輝は少しむっとした。
占い師「お隣のっ!」
龍輝「なんだよ……。」
占い師「その悲しみを打ち払うのは、そなたじゃ。せいぜい、頑張るんじゃぞ!」
龍輝「お、おう……。」
なんというか、気が抜けてしまったようだ。
そうして、二人のパーティーは終盤を迎えた。
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誰もいない、サラの教室。
サラは自分の席に座って、龍輝はその隣に寄り添うように座っている。
龍輝「大丈夫か?」
サラ「少し、はしゃぎすぎました。」
サラは、エヘヘ、とはにかむ。
そして、懐から何かを取り出し、龍輝に差し出した。
サラ「よかったら、読んでくれませんか?」
龍輝「お父さんからの手紙か?」
サラが頷く。
サラによると、サラが風見鶏に入学して、すぐに届いたものだそうだ。
龍輝はそれを丁寧に開き、そして読み始めた。
そこにかかれてあったのは、『家族の期待』。
元名門であるクリサリス家の渇望、そして、その希望の星に託された、重すぎる期待。
常人では、押しつぶされて、すぐに駄目になってしまうほど、重く、大きな期待であることが分
かった。
サラ「その手紙が、私の誇りなんです。私の家族はみんな、私に期待してくれているんです。私
は、その期待に応えたくて……。」
そして、サラは小刻みに震え始める。
きっと、辛かった。
不安だった。
苦しかった。
だから、自分がいることを教えてやるために、龍輝はその小さな体を抱き寄せた。
サラ「あ……。」
サラが嬉しそうに笑って、そして話を続ける。
サラ「自分が家族の期待に応えられるのなら、どんな苦しいことだってこなしていくつもりでし
た。友達も、楽しいことも、必要ない、と思っていました。」
龍輝は、サラの腕にあった自分の手を、彼女の肩に置いた。
サラ「だけど、こうして先輩と会って、いろんな楽しいことを知ってしまいました。」
龍輝「そっか。」
サラ「先輩と一緒にいると、どうしようもなく心がかき乱されるほど、楽しい……です。」
その言葉に、便乗してやろうと思い、龍輝は口を開いた。
龍輝「俺も、いろいろ知ったよ。サラたちと同じクラスで行動して、それがとても楽しくて。で
も、俺が本当に楽しかったのは、そんなことが理由じゃなかった。」
サラ「え?」
龍輝「いつからだったんだろうな。俺は、サラと一緒にいる時が、一番落ち着けるような気がし
ていた。」
これが龍輝の求めていたものであり、とても小さくて、強く握ると壊れてしまいそうな、幸せ。
龍輝「俺は、サラのことが好きだ。お前のことが、好きだ。」
はっきりと、自分の気持ちを、声にする。
怖かった。
拒絶が。
有耶無耶にされるのが。
それでも、自分から動き出さないと、何も始まらないことを知っていたから。
スライが言っていた。
人生楽しめ、と。
だから、龍輝は、後悔しないように、自分の気持ちを、素直にぶつけた。
サラ「先輩……!」
サラは、泣いていた。
その涙は、鈍感な龍輝にでも、嬉し涙であることは分かった。
サラが龍輝の胸に顔を埋める。
龍輝は、その小さな体を、今度は包み込むように、抱きしめた。
サラ「先輩、これからも、よろしくお願いします。私も、先輩のことが、ずっと好きでした……
!」
龍輝「ああ、よろしくな、サラ。」
誰もいない教室で、二人は、静かな時を過ごした。