21.クリスマスパーティー 美夏編(前編)

2012年11月25日 10:34
12月23日
 
ついにこの日が来た。
そう、今日からクリパである。
生徒会のみんな、クラスのみんなと協力して頑張る日なのである。
 
「いよいよだね……」
 
隣の音姉もしみじみと呟く。
 
「結局どうすっかなー……」
 
義之も呟く。
 
「それで、由夢は?」
 
だが由夢がいない。
というか、朝から見かけない。
 
「ああ、由夢ちゃんなら、先に学校に行くって」
 
「なんで?保健委員の仕事?」
 
「えっと、なんでも、義くんの話をするとなんか嫌がってたっていうか、会いたくなさそうって言うか……」
 
「お前のせいだな」
 
「面目ない……」
 
「とにかく、しっかりお話するんだよ?」
 
「はい……」
 
さくらさんは学園長の仕事で、準備があるため、俺たちよりも先に学園に向かっている。
俺たちも学園まで歩を進めた。
 
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桜並木を歩いていると。
見慣れたホルスタイン帽と真紅のマフラーを見つけた。
 
「美夏だなぁ」
 
「天枷か……」
 
「ちょっと行ってくる」
 
「あっ、ちょ、光くん?」
 
ちょっと駆け足で美夏に接近するが。
 
「おーい、美夏ー」
 
「んあ?って、うわっ!?」
 
――どさり。
 
後ろを振り向いた瞬間、何かに躓いて盛大に転んでしまった。
 
「おい、大丈夫か!?」
 
あわてて駆け寄り、無事を確認する。
そこに、転んだときに手元から離れた1冊のノート。
 
『世界征服ノート』
 
なんて物騒なノートなんだ……。
マジックで大きくマル秘とか書いてあるし。
中を読むのまではさすがに気が引けたのでやめておこう。
とりあえず美夏を起こそうとして手を差し伸べたのだが、やはり美夏はその手を払いのけた。
 
「大丈夫だっ!自分で立てる!」
 
「そっ、そうか」
 
とりあえずこのノートを返してやらねば。
 
「おい、これ落としたぞ?」
 
「ああ、すまん――って、しまったっ!」
 
突然美夏の表情が驚愕に染まる。
 
「貴様、このノートを、見たのか?」
 
「えっと、世界征――ムグムグ!」
 
美夏に口元を押さえられ、喋れなくなった。というか苦しいぞ、手加減しろ!
 
「馬鹿者っ!あんまり大きな声で言うんじゃないっ!」
 
「ああ、すまん……」
 
これって、そんなに秘密事項だったのか。
 
「美夏としたことが……。まさか弓月に見られるとは……。一生の不覚……」
 
「えーっと」
 
「頼む弓月、このことは、このことは誰にも言わないでくれっ!頼む!」
 
「いや、別に構わんが――」
 
「お願いだ!このとーりだっ!なにどぞ、ご勘弁をーっ!」
 
こいつ土下座までしやがった。
 
「なんでもする!なんでもするから!」
 
――なんでもする?
 
これは使える。
 
「今、なんでもするって言ったな?」
 
「――ッ!?貴様……」
 
下種を見るような目で、だがしかしその下種より立場が下であることを把握して悔しがっているような目で俺を睨む。
 
「それなら、今日の1時に昇降口に来い。いいか?そしたら、黙っておいてやろう!」
 
「卑怯な……!」
 
「ま、悪いようにはしねーよ。楽しみにしてろ」
 
「チクショーーーーーー!!!!」
 
美夏は悔しかったのか、声を張り上げて走り去ってしまった。
おかげで周りのみんなから注目されてるよ、俺。
そのタイミングで、義之たちが追いついてきた。
まゆき先輩も一緒だ。
 
「おはようございます」
 
「うん、おはよ」
 
まゆき先輩がスポーツマンライクな笑顔で挨拶を返す。
 
「天枷さんと、何してたの?」
 
「ちょっと、今日1日午後の間クリパを回る約束を間接的に」
 
「えーっ!?1号って、あの転校生に気があるの!?」
 
まあ、こういう誤解はよくあることだ。
 
「違いますよ。あいつ、なんか自分から周りの連中と関わりあわないみたいなところがあるんで、誰かと仲良くなるきっかけでも作ってやろうと」
 
「ふーん、そうなんだー」
 
無論、棒読みである。
その目は獲物を狙う目だった。
 
「で、今日はどこまで行く気なのよ?」
 
やっぱり全然信じてねーわ、この人。
 
「だから、そんなんじゃないですって!ないことでからかうなら、俺も杉並側に付きますよ?」
 
「じょーだんだってば。もしそんなことをしたら、晴れて3バカが4バカになるだけだけど?」
 
「光くんは馬鹿じゃないもんっ!」
 
そう言って腕を取るのはやめてください、お姉さん。
 
「はぁ~あ、まったく、あんたらには敵わないわ……」
 
「光くん、えっちなのはダメなんだからね?」
 
「だからねーよ……」
 
「シフトにはちゃんと来いよー」
 
義之が口を挟む。
言われるまでもないっての。
 
「お前がな」
 
「へいへい」
 
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開会式において、いい意味で学園長らしからぬ開会宣言と挨拶が終わって、生徒も各々クラスの最終準備や本日ともに過ごす人と待ち合わせている場所への移動でせわしなく歩いている頃、俺は、俺たちは生徒会室で最終打ち合わせをしていた。
俺の今日の持ち場は午前中の開始から11時半まで、そして3時から終わりまで、両方とも校庭での催し物の見回りである。
本日の予定としては、まず生徒会の仕事はきちんとこなす。
そして11時半から1時間半、お化け屋敷のシフト、そしてそこから、昼食兼ねての買い食いをしながらの美夏との約束である。
どうだ、我ながら惚れ惚れするスケジュールじゃないか。
まぁ、そんなことは今はどうでもいい。
とりあえず、ペアである音姉と外に出て、見回りをする準備をした。
 
ちなみに、杉並は今日は大きなことはしてこないはずだ。というのも、昨日の段階で、俺とまゆき先輩で杉並と会い、決戦は24日にすると取り決めをしておいたからだ。
こういう約束は、杉並は律儀に守るほうである。
音姉に言うと怒られるので内緒にしてある。
 
「ほら、光くん、行くよ」
 
「ああ、うん」
 
昇降口から外に出る。
運動場の周辺の通路にはたくさんの模擬店があり、どこからともなくソースやら何やらの香ばしい香りが
漂ってきて、それだけで腹が減りそうだ。
 
「まぁ、始まったばかりでいきなり騒動を起こす輩もいないだろうけど」
 
「それもそうだね。でも、油断は禁物だよ?」
 
「そだな」
 
「それにしても、みんな楽しそうだよねー」
 
「そりゃ1ヶ月くらい前から準備の話がHRで議題に挙がるくらいだからな。楽しみにしてた奴も多いだろ」
 
あちらこちらから、人々の喧騒が聞こえる。
内に秘めた不安や絶望、悲しみ、怒りを忘れ、ただひたすらにその場の雰囲気を楽しむことができる。
風見学園が行事が好きな理由は、そういったところにあるのかもしれない。
 
「光くんは、楽しみにしてた?」
 
「そりゃそうさ。俺たちはたったの1週間でお化け屋敷を完成させたんだぜ?それに今年は付属最後のクリパだし、そして生徒会の仕事も手伝った。更にさくらさんもどこかで楽しんでくれるだろうし、今年はいいことだらけだよ」
 
「そっか……」
 
音姉は空を見上げて、息を吐く。
空は、昨日雪が降って曇っていたと思えないくらいに晴れ渡っていた。
そんな音姉の横顔を見て、単純に、美しい、と思った。
 
――って何考えてんだ、俺。
 
確かに音姉は美人だけど、俺が引き込まれてどうする。
姉弟で恋愛関係なんて、馬鹿みたいだろ。
 
馬鹿みたいじゃねぇか……。
 
「音姉はさ」
 
「ん?」
 
声を掛けると、空を仰いでいた音姉はこっちに向き直った。
 
「音姉は、楽しみにしてた?」
 
「私は……」
 
2人の間に、しばらくの沈黙。
 
「私は、楽しみにしてたよ」
 
その時、音姉の笑顔が弾けた。
音姉が本当に嬉しいときに現れる、眩しい笑顔。
俺はまた、引き込まれそうになった。
 
「生徒会長さんとしてのお仕事はとても大変だったけど、ムラサキさんやまゆきを始めとした生徒会役員の皆さんや学園長のさくらさん、クラスメイトにも支えられて、私は頑張ることができた。誰一人掛けてもここまで来れなかったと思うし、そんなみんなのおかげで今ここにクリスマスパーティーが完成している。そんな、みんなで創り上げてきたお祭りだから、私も風見学園の一生徒として、とても楽しみにすることができたんだよ」
 
音姉は今、物凄く満足している。
今隣にあるこの笑顔が、それを証明している。
 
「そっか」
 
なんだ、音姉も、俺と同じこと考えてたんだな。
雪月花や渉や杉並や麻耶たちと1週間で催し物を完成させるにはどうしたらいいか試行錯誤して、さくらさんにもクリパを楽しんでもらいたいから小さいことでも協力して、家に帰っては由夢たちと学校で楽しかったこととかを語り合って、生徒会では一致団結してクリパの成功を目指して頑張って。
そんな過程があったから、俺だって今を楽しむことができる。
それならば――。
それならば、美夏はどうなのだろうか。
あいつは今、この世界に生きていることに憤慨している。
そんな今を楽しめていない奴が、これからこの“人間社会”を生き抜くことができるのだろうか。
そう思ったから。
俺は、昼から、美夏を思う存分楽しませてやろうと思った。