21.クリスマスパーティー 美夏編(後編)
2012年11月27日 18:56
さて、午前中の生徒会の見回りも終了し、一旦教室に戻って挨拶を交わす。
現在、入り口では小恋が受付をやっている。
「あ、光雅、生徒会の仕事、お疲れ様~」
「ああ、小恋もな」
「委員長が控え室で待ってるよ~」
「センキュ」
というわけで、早速控え室へ。
すると、疲れきった表情の麻耶が椅子に座っていた。
その格好はまさしく幽霊そのものだった。
お皿数えてそうだった。
「よ」
「ああ、弓月。生徒会お疲れ様」
「それさっき小恋にも言われた」
「この後のお化け屋敷も気合入れなさいってことよ、私のは」
「心配しなくとも最初からそのつもりだっての」
すると麻耶が、ふふっ、笑う。
機嫌がいいのだろうか。
「どうした?」
「え、何が?」
「いや、機嫌よさそうだったから」
「ああ、今日ね、昼から弟が来るの。あの子とこの学園を一緒に回るのが楽しみなの」
「そっか。もうすぐ終わりだろ?楽しんで来いよ」
「ええ、弓月もね」
「おう」
「それじゃ、私着替えてくる」
「お疲れ」
そう言うと麻耶は更衣室に行ってしまった。
俺はお化けの衣装を着ても似合わないだとかで、お化けの役ではなく仕掛けを動かす係になっている。
準備を終えて、セット裏でスタンバイ。
作業の手順を簡単に教わり、前の当番と交代する。
――さて。
1分ほど待つと、女子生徒3人くらいのグループが来た。
まずは柱に括りつけてある紐を解き、それを離す。
すると。
「「「キャアアアアアアアアアアアア!!!」」」
盛大に悲鳴を上げてくれた。
ここの仕掛けは、この紐を離すと、どういう仕掛けか向こう側の壁から無数の腕が飛び出るらしい。戻すときはその紐を再度引っ張って引っ込めるだけ。
だがそれだけじゃ終わらない。
向こう側の腕に驚いた生徒は、当然無数の腕から距離をとろうとする。
そこで、今度はこの目の前のダンボールで出来た大きめの壁を押し込むと……。
「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」
脅かす側って、ホント楽しいね。
向こう側から見ると、破れた障子の扉に見えるが、その奥にはやはり無数の腕が。
壁を押し込むことでその腕が障子から飛び出す仕組みだ。
引っ込めるときは壁についてある取っ手を引っ張ればいい。
杏のギミッククオリティと杉並のヴィジュアルクオリティの合作である。
ちなみに、学園中に張り出されているお化け屋敷ポスターも杏作である。
そのクオリティの高さゆえ、最大の懸念であった客足も意外と絶えない。
これはしばらく退屈しないで済みそうだ。
それから1時間半、同じことを繰り返しては客のリアクションを楽しんだ俺だった。
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約束の時間ギリギリになって、俺は自分の当番を終わらせた。
急いで会場を出て、ダッシュで昇降口まで向かった。
するとそこに、靴箱をにもたれて俯いている美夏を見つけた。
「わりぃ、遅くなった」
「人を呼び出しておいて、遅くなるとはどーゆーことだ?」
「すまんすまん。ちょっと抜け出すのにてこずってな」
そして美夏は、口癖のように、これだから人間は、とぶつぶつ呟く。
「それじゃ、どこに行きたい?」
「は?」
「は?」
あれ、話がかみ合ってない。
なんでだろう?
「美夏は貴様に脅迫された身だ。荷物持ちだろうがなんだろうがどこまでついていくぞ」
ああ、そういうことか。
こいつは、俺が美夏をあちこちに引っ張りまわしては召使いのように扱うと勘違いしているらしい。
だが、美夏は頑固だ。他人が見るより明らかに頑固だ。
本来は美夏の意志でクリパを回って欲しかったんだが、ここは俺がリードしてやるとするか。
「よっしゃ、んじゃ、ついてこい!」
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とりあえず、人間嫌いな美夏でも楽しめる場所、つまり、直接的に人間と関わる必要がない場所で楽しむとしよう。
そういうわけでまず選んだのが、劇場だ。
ここでは3本ほどのムービーが上映されている。
その内の1つ、俺が目当てとしたのは、『アニマルムービー』だ。
いくら人間嫌いで周りに対して反発的な美夏でも、所詮は1人の少女。
動物とか大好きだろう。
……ただの偏見でしかないが。
「どうだ?」
「どうだ、と聞かれても、美夏は貴様の命令で動くのだから、美夏にどうこうする権利はない」
「んん……」
そういうことなら、とりあえず入る。
座席を取って、美夏にはそこで待ってもらい、俺はとりあえず飲み物とポップコーンを購入して戻ってくる。
「これはどーゆーつもりだ?」
「くつろげ。これは命令だ」
「むむむ……、分かった」
しばらくして、映画が始まる。
映画の内容は、とにかく動物と戯れること。
子犬や子猫、ウサギにハムスター、インコや文鳥など、家で飼えるペットのような動物や、アライグマやフクロウ、リスなど、たくさんの動物が出てきた。
隣に座っている美夏は、目をらんらんと輝かせて見ていた。
突っ込むと機嫌を損ねるかもしれないからそっとしておこう。
しばらくして、上映が終わる。
「どうだった?」
「どうだった、って、ふん、美夏を楽しませるのにあの程度ではたかが知れるな」
「トイプードルとか、可愛かったよな」
「そうだそうだ、あのもふもふ感はたまらないだろう、って、違うぞ!別に楽しかったなどと思っているわけではないぞ!」
「そりゃ難儀なことで。それにしても、美夏って、犬が好きなんだな」
上映中、特に犬のシーンで楽しそうにしていたのが印象に残っている。
「まぁ、そうだな。犬は人間と違って綺麗だ」
綺麗、か。純粋ってことか?
束縛を嫌った美夏にとって、自由を満喫し、なおかつ誰にでも平等に接する者は、尊敬すべき対象であり、仲間だと認められるのであろう。
杏も似たようなものだし。
「そうか」
「犬は、いいものだ……」
「まぁ、お前が犬みたいなところもなきにしもあらずだけどな」
「なっ!?今美夏を馬鹿にしたな!?」
「冗談だよ、冗談」
「ぐぬぬ……」
そろそろ頃合いかなー。
俺たちのお化け屋敷。
入場条件は揃っている。
男子は女子と同伴で入場可。
「それじゃ、お化け屋敷、行ってみないか?」
「オバケヤシキ、とは何だ?」
これは吃驚。お化け屋敷を知らないようだ。
お化け屋敷の概念を簡単に説明する。
「なるほど、つまりはホーンテッドハウス、ということだな」
なんでお化け屋敷を知らないでホーンテッドハウスを知っているのだろう。
まぁどっちでもいいか。
「それで、そのお化けはどうやって捕まえたのだ?」
「ああ、それはな、クラスの連中がお化けの格好をしたり、そういった仕掛けを動かしたりするんだよ」
「なんだ、では、貴様のクラスのお化け屋敷のお化けはみんな貴様のクラスメイトだったり、ただの動く仕掛けだったりするんだな。なら、怖いものなど何もない!」
ほーう、そこまで意気込んでもらって大丈夫だろうか。
まぁ、こないだ義之が言ったように、杉並の衣装が浮いている気もしなくはないが。
とりあえず俺が担当した仕掛けだけは効果はあったのだから、大丈夫といえば大丈夫か。
「そうか。なら、いっちょ行ってみよーぜ」
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「あら、光雅くん、早速女の子とデート?」
受付をしていたのは茜だった。
「似たようなものだな。とりあえず、条件は満たしてるから、入場できるだろ?」
「ふふふ。それじゃ、男女で入場する人は屋敷内では手をつないでください♪」
俺はちらっと隣を見る。
「いいか?」
「好きにしろ」
淡白な回答は無視して、許可を貰ったのだから手をつなぐ。
その手は。
――温かかった。
「それでは、2名様、にゅーじょー♪」
暗幕が開き、俺たちは中に入っていった。
……。
……。
……。
「……」
なんというか、冷めちまう。
いや、雰囲気もバッチリだし、クラスメイトも乗り気でやっているのだが。
「ウガーーーーーーー!!」
「うぎゃああああああ!!!」
「1枚どころか、全然足りないぃ……」
「ひっひっひぃ~~~!!」
「首がぁ~~なくてぇ~~もぉ~~、動いぃ~~てぇ~~見せぇ~~らぁ~~!!」
「お、お助けーーーーーーーー!!」
「怨みまするぞ……」
「うひゃああああああああああ!!!!」
……。
いやぁ、まさかここまで怖がりだったとは。
隣が騒ぐおかげで、こっちが冷静になっちまう。
リアクションを間近で楽しむのはいいのだが。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「大丈夫か?」
「いや、まさかここまで恐怖を演出するとは、予想以上の怖さだ……」
そうか?
まぁ、そういうのならそうかもしれないが。
「ゆっくりだ、ゆっくり頼むぞ……」
「ああ」
そしてしばらく進むと、そろそろあの無数の腕が飛び出すポイントに。
こいつ、大丈夫だろうか?
とはいえ、進まないと出られない。
ゆっくり歩を進めると。
――ガシャン!!!
突然通路右からたくさんの手が飛び出してきた。
分かってたとはいえ、やはり吃驚するものだな。
「ぎゃああああああああ!!!!」
美夏が悲鳴を上げて後ろに下がる。んだけど。
そっちも。
――ガシャン!!!
逆サイドからも無数の腕。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!」
……。
……。
……。
「し、死ぬ……」
「おいおい、マジで大丈夫かよ!?」
「だ、大丈夫だ、あと少しだろ?」
「まぁ、そうだな……」
明らかに大丈夫じゃなさそうだ。
それにしても美夏が無駄に騒ぐおかげで雰囲気が強まり、後方の連中が更に怖がってくれている。
こいつはある意味販促効果として役に立ったのかもしれない。
出口間際。
「えいっ」
小恋が放ったのは糸がついたこんにゃくである。よくあるアレ。
俺が咄嗟によけちゃったものだから、隣の身夏に。
――ぺちゃり。
「ひっ――!?あががが……」
ぷしゅーーー。
何かが噴出す音。
そして、妙に煙たい。
隣の美夏は気絶。
「うわ、やば!」
俺は美夏を抱えて、急いで人のいないところまで走った。
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まったく、こんな人の多くなる祭りの日なんかに煙なんか吹くなよな……。
とりあえず、何故か人のいない中庭のベンチに腰掛け、美夏を膝枕している。
やっぱりこいつは大人しくしていると可愛いんだけど。
「んんん……」
「気付いたか?」
「あれ、美夏は……」
自分に起こったことを回想しているのだろう、美夏は少し沈黙した。
「ああ、そうか、美夏は、負けたのだな……」
いや、勝ち負けがあるのかどうかまず話し合いたいのだが。
「なぁ」
「どうした?」
「貴様は、一体何者なのだ?」
「は?」
突然何を言い出すのだろうか、このロボットは。
まだおかしいままなのか?
「人間の脅迫というのは、姑息で、陰湿で、無礼極まりないものだと聞いている。だが、貴様は美夏を脅迫しても、これでは美夏と遊んでいるだけではないのか?」
「まぁ、そうだな」
「貴様は、なんだか不思議だ」
不思議だなんていわれても、実際不思議な存在なんだけどな、俺って。
「もう一度、聞いていいか?」
「何を?」
「……何故美夏に、構うんだ?」
美夏はきっと、“寂しかった”のだろう。
俺に偶然叩き起こされて、仕方なく人間風情と同じ空間で生活するようになった美夏。
人間を敵視していた美夏にとって、周囲に仲間などいなかった。
ただ人を憎み、人を避け、孤独に暮らしてきた。
そんな時、杏と出会って、初めての仲間が出来た。
きっとこいつは、それが嬉しかったのだ。
もしかしたら、美夏は、人間を避け続けているが、本当は人間と仲良くしたいだけのかもしれない。
だけど、半世紀前、美夏たちロボットは、人間たちによって酷い迫害を受けた。だから、
人間が怖い。
――怖いなら、“征服すればいい”。
だからこその、人間に対するあの態度。
ただ、仲間が欲しかった。
心から信頼できる仲間が欲しかった。
それだけだったのかもしれない。
「馬鹿野郎」
「な……」
「そんなの、今更聞くモンかよ」
決まっている。
俺は、こいつと出会ったときから、何も変わっちゃいない。
「楽しいから、だよ。きっと杏だって同じことを言うさ」
「弓月……」
そう、楽しい。
確かに、人間を信じて欲しいとか、もっと周りとかかわりを持って欲しいとか、そういうにもあるのかもしれないが、そんなゴタクは二の次だ。
俺は、こいつと友達になりたいし、美夏にも、俺たちのことを友達だと思ってほしい。
俺は、この手を差し伸べるだけだ。
後は、この手を、美夏が掴むまで待つだけだ。
「今日は、帰る。その、ありがとうな」
「体は大丈夫か?」
「少し休んだからもう大丈夫だ。心配するな」
そういうと、いつもみたいに走り去るのではなく、今回はゆっくりと歩いていった。
今日のことで、少しでも距離を縮めることが出来たら幸いだ、と思う。