25.孤独の力
2012年12月11日 20:13
~義之side~
杏から連絡があって、今、俺たちはとある乗り物の中にいる。
運転手はどうやら杉並の知り合いらしい。
助けに行きたい、と最初に言い出したのは天枷だって聞いた時は、俺も驚いた。
メンバーは、光雅を除いたいつもの6人と、天枷、引率というか、光雅が気になるとかで、さくらさんさんも同行している。
そして、手元には、万が一のときに役に立つであろう、杉並から借りた、麻酔銃。
これは全員持っている。
……なんでそんなもんを持ってるのか甚だ疑問なんだが。
「それにしても、光雅のヤロー、なんで1人で行ったんだよ、水臭ぇなぁ」
「そんなの、光雅くんの性格からして当たり前でしょー!」
全くだ。あいつは本当に誰にも助けを求めない。
そして、今回も、俺たちを巻き込みたくなかったから、1人で向かったんだろう。
「こ、怖いよぉ~……」
「大丈夫よ。いざとなったら、義之に守ってもらえばいいから」
「俺なの?」
「義之の胸の中で、その鼓動を感じながら、一番近いところでその勇姿を見つめるの。ほら、小恋、興奮するでしょ?」
「別にしないよぉー!」
「……ついたぞ」
ここは、初音島の西側の沿岸部、もともとは工場があったのだが、最近は経営も少し悪化しているらしく、あまり手がつけられてないと聞く。
「みんな、準備はいい?」
さくらさんの声に、みんなが頷く。
「それでは、みなのもの、俺から離れるなよ」
杉並の誘導で俺たちも移動する。
遠くでは、なにやら騒がしい物音が。
どこかの倉庫か、廃工場だろう。もしかしたら、そこに光雅たちもいるかもしれない。
そんなことを考えつつ、物音のする建物の表側、すなわち入り口側に回り込む。
俺たちの考えは、甘かった。
そこには、たくさんの、凶器を持った男たちがいた。
「あわわわわわわ……!」
内気な小恋はやはり慌てる。
「落ち着け。その麻酔銃は、連射性能は抜群だ。弾数も十分にある。麻酔のほうは、一度受けると3時間は起きんからな」
「どうして杉並くんかそんな物騒なものを持ってるのさ?」
「なぁに、非公式新聞部は地球の平和を守っているのですよ、芳乃学園長。PKOにも、俺たちの存在は秘密裏に認められているからな」
「非公式新聞部とは、地球規模で活動しているのか?」
「そういうことだ。くるぞ!撃て!」
みんなが銃を構えて、トリガーを引く。
「おとなしく眠りに就きなさい」
「オラオラオラオラオラオラオラァ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」
「えいっ!」
「おおおおおおおおおおおおおお!」
「この美夏の銃裁きを、とくと味わうがいい!」
被弾した連中は、確実に眠りについている。
何とか、ここを突破できそうだ。
そのはずなのに。
後方から、重武装をした男たちが、本物らしい銃を持ち出して、歩み寄ってきた。
「むぅ……。話が違うぞ……」
「どういうこと?」
「部員から、こんな重武装をした連中がいるという報告は受けていない」
「それって、対策がないってこと!?」
対策がないと、このままでは確実にやられる。それならば。
「……ちょっと行ってくる」
「えっ、義之くん、無茶だよ!」
「義之くん、戻ってきてよぉ~!」
予測不可能な行動をとればいいだけだ。
俺は男たちに接近する。
「オイオイ、義之のあの目、“マジ”だぜ……」
渉の言うとおり、今の俺は割とマジかもしれない。
ガチの喧嘩なんて久しぶり、それに今回は俺の家族の無事がかかってるときた。
こんな時に本気にならないでどうする。
「なんだ?どうした?」
両手をひらひらさせながら、媚びるような笑みで接近する俺に、男は呆けた顔をする。
「あのさ、俺たち、ちょっとこの建物の中に用があるんだけ――どッ!」
思いっきり男の顔を殴りつける。
さ わ や か ヤ ク ザ 発動!
手に持っている麻酔銃を隣の男の手元に思い切り投げつける。
銃を握る手元は、いつでもトリガーを引けるように、軍用手袋をはめているだけだ。
そこに、硬くて重いのをぶつけると、手袋の上からでも痛いものは痛いだろ。
すかさずその男の顔面にも一発。
「そんなもの持って暴れてちゃ、銃刀法違反で捕まっても知らねぇぞ?ったく」
よく考えたら自分もそうなのだが。
だが既に無法地帯であるこの場所で、関係ない話だろう。
「そこまでだ、小僧」
「……」
俺の無双タイムもここまでか。
こいつは本気でやばい。
銃殺されるなら、由夢のポイズンクッキングで死んだほうがましだっ!
「「「「「「「義之(くん)(桜内)!」」」」」」」
その時。
「ぐぅおおお……」
男が突然倒れた。
「楽しいショーを邪魔するのは気に食わん。盛大なパーティーは、たくさんの観客がいて始めて成立するものだ」
黒いマントを羽織った、金髪のロングへアの男。
外国人だろうか?
「さて、そこの学生諸君、ここは俺に任せなさい。君たちは、見届けるべきものがある」
そのマントの男に、たくさんの男が群がる。
連中は各々凶器を振りかざして、男に飛び掛った。
「危ないっ!」
凶器が彼に降りかかろうとした瞬間。
「≪Conviction(断罪)≫!」
そう声を上げると、周りの男たちが、ものすごい烈風と共に、蜘蛛の子を散らすように、なぎ払われた。
男たちは、起き上がらない。
しばらくその光景を見届けて、マントの男がこちらに近づく。
そして、彼が見たのは、さくらさんだった。
その視線に捕らえられたさくらさんは、なにやら困惑している。
「ふん、また会おう」
そう言うと、男は突如発光し、光の中へと消えていった。
「いっ、今の奴、一体何なんだ?」
渉が真っ先に共通の感想を述べる。
「見覚えが、ある気がする……」
「さくらさん、知ってるんですか?」
「いや、分かんない。でも、なんか、どこかで……」
さくらさんが記憶を辿ろうとしている中、杉並はみんなを急かす。
「とりあえず、先に急ぐぞ」
「そうだな。朝倉先輩たちを探そう」
俺たちも、中に入っていった。
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中では、ものすごい音がする。
これは、ただの作業の音じゃない。なら、一体何の音だろうか?
入り口を入ると、正面に扉があったが、これは開くことが出来ない。鍵が掛かっているようだ。
仕方なく、右に進んで、階段を上った。
そして、通路沿いに歩いていく。
しばらく行くと、恐らく施設内部をじっくり見ることが出来るガラス窓を見つけた。
「あ、あそこから見られそうだよ」
みんなで、その横に長く広い窓の先を見る。
そして、全員が、驚愕した。
無数の光線。舞い上がる粉塵。
そして、その中で踊っているのは、光雅。
対するは、瓦礫の山の上に仁王立ちしている、謎の男。
「光雅!光雅ぁーーー!」
隣の渉が意味もなく叫ぶ。
もちろん、それが当事者に届くはずもない。
「あっ、あれを見て!」
杏が指差した方向、そこには、音姉が映っている、モニターがあった。
そして、謎のタイムリミット。
「音姫ちゃん!?」
「音姉!?」
「そん……な……!」
小恋は地面にぺたりと力なく座り込む。
それを見た茜が、小恋を支える。
そして、もう一度光雅を見ると。
全ての砲身が光雅に向き。
その全てが光雅に向かって砲撃をする。
無数の光線。
無数のミサイル。
その全てが、あいつを襲った。
「光雅ぁああああああああああああああ!!!!」
「嘘……でしょ……?」
「……」
あの杏や杉並ですら、取り乱したり、恐れたりしている。
今目の前で繰り広げられている光景は、夢でも幻でも、芝居でもない。
あれはどう見ても、“本物”だった。
光雅……。
そんな……。
お前がいなくて、俺たち、どうしろってんだ……。
こんなのって、ありかよ……!
昨日まで、クリパだったんだぞ……!
あんなに楽しかったのに!
それなのに、どうして、こんな!?
――ブウォオオオン!!!!
ガラス窓がものすごい風で煽られ、振動する。
さっきまで光雅が立っていたところには、粉塵と煙の竜巻が出来ていた。
ガラスが耐えられなくなたのか、一気に砕け散った。
近くにいる俺たちはみんな悲鳴を上げた。
そして、竜巻が消え去ると同時に、そこに姿を現したのは。
――ボロボロになった、光雅だった。
「光雅……くん……?」
「あいつ、あれだけの攻撃を受けて、まだ生きていられんのかよ……!」
相手の方を見る。
その表情は、恐怖しているようだった。
「ははは、ようやくお出ましになったか……。魂を悪魔に売りつけた、欲望に負けた男が……!」
「……」
光雅は、黙っている。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳は、いつもの優しい紫色のものではなかった。
――金色。
神々しくも、禍々しさを感じた。
「≪Solitary Pluto(孤独の冥王星)≫……」
光雅は、何かを呟いた。
そして、その金色の瞳は、その相手を睨みつける。
「おうおうおうおう!これだよ、これ!こいつを待ってたんだぁ!ひゃっほう!ミッションコンプリート!どうだ!新しい力を授かった感想は?」
「……最高だよ。これで迷いなくお前を殺せる」
普段の光雅の口からは、決して聞くことのないような言葉。
狂気に満ちたその表情は、漫画やアニメでの悪役が見せてきた、殺戮者の顔だった。
「はん!その程度で俺を殺すだぁ!?馬鹿にすんじゃね―よ!俺の砲撃ですぐに葬ってやる!」
再び、無数の光線が光雅を襲う。
「光雅!」
だが、それら全ては、光雅を中心とした半球で止まってしまった。
「≪蓄積反射(ストック&リターン)≫」
「そんな低級防御魔法でどうしようってんだ!?」
光雅は、唇を歪める。
――そして。
「あはははっははははっ!はははははははははは!」
突如にして嗤い始めた。
「何がおかしい……?」
哂いを止めて、全てを確信したような顔で、一瞬の沈黙を生んだ。
「……This place changes to a burned field.(この場は焼け野原へと変貌する)」
すると、この建物全ての地面が、光り始めた。
そして、大爆発 。
俺たちも吹き飛ばされた。
しばらくして、さくらさんの声が聞こえてくる。
「みんな、大丈夫?」
「な、なんとか……」
「しかし、あれは、一体……?」
煙が晴れると、そこにはもう、“何もなかった”。
「俺のアイテムが……!」
「さて、お前のターンは終了した。次は、俺のターンだ」
まさしく神速というべきスピードで相手の男に肉薄し、相手が防御体勢にはいる間もなくその横腹に強烈な蹴りを入れる。
呻きながら吹っ飛んだ男は壁にぶつかって地面にへたり込む。
再び光雅の方を見るとその周辺には、10本程の光輝く剣が宙に浮いていた。
光雅がさっと手を振ると、その剣は一斉に男に向かい、その両腕を貫き、壁に男を縫い止めた。
「ぐぅわああああああああああああ!!!!」
男の悲鳴。
痛々しい。
こんな暴力的な光雅を誰が知ろうか。
その姿に俺たちはみんな言葉も出なかった。
ただ、その様子を、怯えながら見ることしか出来なかった。
光雅は左手をゆっくりと前に翳す。
その先に光球が出来上がる。
「へへ、どうやら、ここまでのようだぜ、『ドラゴン』。やることはやった。後は頑張れよ……」
手のひらの光球は、一気にサイズを大きくした。
「お前、言ったよな、力は他を破壊するものだと」
口元を悦楽に歪めて語りだす。
「ああ、楽しいよ。心の底からブッコロシタイ奴を塵も残らない程に消し去れるって言うのはな。だからさ――」
――俺の悦びのために、さっさと死ねよ。
そして。
「Vanish(消えうせろ)!」
極太の光線は、その相手を包み込んだ。
「ぐあ……!サイカアアアアアァァァァァァァァァァァ…………!」
断末魔。
その声すら、光線による周囲の破壊音で消し去られる。
あまりの眩しさに、その瞬間を目にすることは出来なかった。
これで、終わったのだ。
その光線の痕は、床や壁にしっかりと残った。
そこに、さっきまでいたあの男はいなかった。
みんなは、ただ呆然としていた。
光雅は、ゆっくりと奥の扉に向かって歩き、そして扉を蹴破った。
光雅の姿は、見えなくなった。
しばらくして、誰かの携帯の着メロが流れる。
この音は、さくらさんだ。
「……もしもし、光雅くん?」
『はい、音姉は無事、救出しました。命に別状はありませんが、一応救急車を呼んでおいてください。俺は、行きます』
「待って!」
さくらさんが振り返った時、もう光雅は建物の外に出ていた。
「光雅は、あいつは一体、何者なんですか?」
俺たちは、誰一人として、光雅を追うことは出来なかった。
――あいつに、恐怖していた。
代わりに、俺はさくらさんに、核心を突くような質問をした。
「「「「「「……」」」」」」
さくらさんは、黙っていた。話すか話さざるべきか、迷っているのだろう。
「そうだよね。光雅くんの友達であるみんなに、黙っていていいことじゃないよね」
さくらさんは決心を固め、話すことにした。
「して、弓月光雅とは何者か?」
「結論から言うと、光雅くんは、もともとはここの世界の人じゃないらしいんだ」
「ここの世界の人じゃない?」
「それに、らしいって……」
茜と杏が、曖昧な表現に首をかしげる。
「光雅くんは、別の世界で平和に暮らしてきたんだ。そんな時にね、彼は殺されそうな人を助けたその延長線上で、殺されてしまった。本来なら、そこで人間は終わるんだろうけど、神様みたいな人に会ったらしくて、それで神様の魔法の力を授かってこの世界に転生してきたらしいんだ」
さくらさん、いや、光雅の話が本当だとすると、神の存在は本当だったのかと実感できる。
ただでさえ、さっき現実離れしたことを目の当たりにしたのだから。
「だから俺がさくらさんに拾われた時、光雅も一緒だったのか……」
「それで、光雅くんはそこで普通の平穏な日常を過ごすはずだったんだけど、みんな、覚えてるかな、今年の夏休みに行った海の近くの旅館」
「ああ、あの時の……」
小恋が言葉を上げて思い出す。
「そこで、音姫ちゃんが今回みたいに捕まっちゃったんだ。その時に光雅くんはやっぱり助けにいったんだけど、一般人相手に魔法は使えないし、暴力沙汰も一緒にいるボクたちに迷惑が掛かる、そう考えて、何も出来ずにいたんだ。その時、音姫ちゃんが目の前で蹴られたんだって。そのことに怒った光雅くんは、魔法を使って2人を消したんだ。その時、光雅くんはすごく後悔していた」
「だから、あの時帰り道に元気がなかったんか……」
渉はその時の光雅の様子に気づいていたらしい。
「それからだよ。光雅くんが、いつも寂しそうにして、それを誰にも悟られないように、強がって過ごしていたのは……」
そうやってさくらさんの話を聞いていると、天枷がどこに行っていたのか知らないが、戻ってきた。
「朝倉先輩なら安全な場所で寝かせてあるぞ。それと、話は遠くからでも聞いていた」
「サンキューな、天枷」
光雅は、そんな重いものを背負ってこれまで生きてきたのか。
俺たちが持っているものなんか、たいしたことはない。
あいつは、苦しかったろう。
辛かったろう。
それでも、気丈な振りして、強がって、笑って。
本当に、タチの悪い奴だ。
「あの、俺、行ってくるわ」
「行くって、どこに?」
「決まってんだろ!光雅のところだよ!」
「……渉の提案に乗るのは、これが初めてかもしれないわね」
「私も行く!」
みんな、考えていることは一緒のようだ。
あいつはきっと、俺たちのことを待っている。
俺たちがあいつに手を差し伸べなくて、誰があいつの支えになる?
あいつが独りになろうと考えているのなら、それこそ間違っている。
だって俺たちは、家族であり、仲間だろう?
「ボクは、音姫ちゃんの付き添いがあるからここに残るよ。光雅くんはきっと、枯れない桜にいるから、行ってあげて」
「分かりました」
「行くぞ!」
そして、俺たちは、枯れない桜のもとへと向かった。