3.アキラメタユメ

2013年11月05日 23:16
~義之side~
 
なんていうか、あれからずっと由夢と話していなかった。
原因は……分かってる。
俺が、楽しみにしてたであろう誕生日パーティーをすっぽかしてしまったからだ。
今更何を言っても言い訳にしかならない――というか、何も話を聞いてくれなかった。
結局仲直りできないまま音姉たちも戻ってきて、早速気まずい空気に。
特に音姉は同じ屋根の下で暮らす姉妹、嫌でも顔を合わすような関係なのだろうが、由夢が一方的に極力顔を合わせないように生活するようになったらしい。
アイシアとまひるにも、新しく生活する温かい家族が出来たというのにも拘らず、いきなりこの重苦しい空気の中で生活させる羽目にもなってしまった。
本当に、みんなに迷惑をかけたと思っている。
でも、何をどうしたらいいのか分からない。
謝り倒そうにも、由夢が聞く耳を持たないんじゃ会話もまともに出来ないし、かといってこのままにしておくわけにもいかない。
案の定、さくらさんは『年頃の男女って難しいね』と嘆息していた。
いや、男女って言っても、兄妹なんですけど。
結局、そのまま3学期が始まってしまったわけだが、俺と由夢の異変に気がついた杏や茜がやたらと関係を嗅ぎ回ってくる。
昼休みとか、音姉がクラスに来て光雅とすっげーいちゃいちゃするんだが、光雅は俺に対しては、『この問題はお前の問題だから、お前自身で解決するんだ』だそうだ。
分かっちゃいるけど……。
 
「はい、光くん、あーん」
 
「あーん……うん、美味い。相変わらず音姫の作る弁当は美味いな。毎日食べていたい気分だ」
 
「本当?じゃあ、これから毎日作ってあげる!」
 
「いや、俺もたまには作ってあげたいから、交互でどうだ?」
 
「うん!そうしよう!」
 
相変わらず物凄く仲のいいカップルだこと。
普通なら此処で『暑い暑い』とか言って冷やかすんだろうけど、この2人はどうやら男女の仲として神聖な域に達しているのかも知れない。
その証拠に。
 
「俺たちの音姫先輩があんなヤツと……!でも、なんでこんなにこっちまで幸せになるんだろう?」
 
「音姫先輩があれだけ幸せそうならいいか」
 
「合掌、合掌……」
 
2人が辺りにばら撒く幸せオーラが強烈過ぎて、誰もが2人の中を祝福してしまうような勢いである。
それがたとえ朝倉音姫ファンであったとしても。
なんていうか、すげーな。
俺ももしかしたら由夢と。
なんだかんだ言って可愛いことには可愛いし。
……って俺は馬鹿か。
何度も言い聞かせてるだろう、由夢は妹だって。
確かに光雅と音姉も以前は姉弟の関係だったけど、あれは音姉も望んでいたからだ。
由夢までそれを望んでいるとはどうにも考えにくい。
 
「それにしても、相変わらずというか何というか……」
 
「ホント、この2人卒業したら即結婚とかありえるんじゃないかなー?」
 
渉と茜がしみじみと呟くが、確かにそんな気がしてならない。
それにしても、俺は一体どうすればいいのだろうか・・・?
 
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授業中。
教科は数学だったりする。
 
「ツギツギッ、次の問題はー、ヤマヤマ山下SAN!」
 
「3xです」
 
ジャッジャッジャカジャッジャッジャッジャー、ジャッジャッジャカジャッジャッ。
 
「違います」
 
今日も学園は平和だなぁ。
俺は朝起きても夜寝る前もずっと陰鬱な気分だけど。
窓から校庭を眺めると、2年女子――ちょうど由夢たちのクラスが体育をしているようだった。
サッカーをしているようで、由夢がクラスメイトからボールを貰い、ドリブルで2人ほど抜いていく。
すると逆サイドから天枷が走りこみ、タイミングを合わせて由夢が天枷にボールをパスした。
天枷はそのままドリブルで相手ディフェンダーを抜いてシュートを放つ。
ボールはゴールポスト内側にぶつかって弾かれ、そのままゴールの中に吸い込まれていった。
……ナイスシュート過ぎるだろ、今の。
天枷も喜びながらアシストをした由夢に走りよっている。
天枷も本当に成長したなと思う。
由夢も、あんなに楽しそうなのに。
どうして俺から遠ざかろうとするのだろう……?
結局、何も分からずじまいだった。
 
「桜内KUN!」
 
「はっ、はい!?」
 
「ツギツギッ、次の問題はー?」
 
「えーっと、6xです」
 
「……違います」
 
傷つくわ……。
 
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さて、放課後になったんだが。
どうやら由夢は1度体調不良で保健室に行ったらしいが6時限目には復帰したようだった。
情報源、音姉。
光雅は音姉と生徒会の用事があるとかで遅くなる、と。
俺もさっさと帰ろうかな――と。
階段を下りていると、下の踊り場から女子生徒の声がする。
由夢と天枷だ。
 
「うおぉ、ゆ、由夢、本当に大丈夫か?」
 
「だ、大丈夫、です。家くらいは1人で帰れます。ちょっと熱っぽいだけですから。げほっ!」
 
「うーむ、光雅は朝倉先輩と素敵な時間を過ごしているだろうから、桜内に送ってもらえばいいのではないか?隣同士だし、兄妹なのだろう?」
 
「それは……いいです。義之兄さんには、頼りたくないんです。だから、義之兄さんは、駄目……」
 
俺に頼りたくないって、どういうことだよ……!?
 
「喧嘩、でもしたのか?」
 
「喧嘩はしてないです。ただ、私もそろそろ兄離れをしないといけないと思って。いつまでも兄さんたちと一緒にいられるわけじゃないので。だから、兄さんたちに頼るのはもうやめよう、そう、決めたんです」
 
「そうか……」
 
俺からだけじゃなくて、光雅からも離れるってのか?何考えてんだ、あいつは……?
俺の問題だろう、あいつは関係ないだろう!?
……いや、由夢もそこまで子供じゃない。
きっと、何か理由があるんだ。
俺が誕生日をすっぽかしたことで、ここまで由夢を絶望的に追い詰めた何かが。
でも、俺にそれを突き止める術がない。
どうすることも、出来ない。
俺は、由夢に何もしてやることが出来ないのか……!?
 
「ならば、美夏が由夢の家まで送っていこう。さぁ、美夏の肩につかまれ」
 
「そんな、悪いですよ。天枷さんのお家、反対方向ですし……」
 
「気にするな……というより、こんな状態の由夢を放っておく方が気になって、精神衛生上よくない。だから、今日のところは素直に美夏の好意に甘えてくれ」
 
「うん。ありがとう、天枷さん……」
 
由夢は、そのまま天枷の肩を借りるようにして歩いて階段を下りていった。
なんだよ、そんなに俺の手を借りるのが嫌なのかよ?
……いや、感情的になるな。
由夢が何を思っているのかは分からないが、この結果を引き起こした原因は俺なんだ。
俺が責められる理由はあっても、俺が由夢を糾弾する理由なんてどこにも存在しない。
俺には、何も出来ない……。
 
――いつまでも兄さんたちと一緒にいられるわけじゃないので。
 
何故か、その言葉が俺の中で何度も反芻され、胸が痛んだような気がした。
 
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もやもやしながらも、それをどうすることも出来ない苛立ちを感じながら商店街をぶらぶらして、遅い時間に帰ってくるようになった。
自分の部屋に戻って荷物を置いて一息つこうと思うのだが、やっぱり病気の由夢がどうなっているのか気になった。
俺は緊張しつつも平静を装って、朝倉家に向かう。
家を出る前に、まひるに呼び止められた。
 
「義之先輩、どちらにいかれるんですか?」
 
まひるの温かい紅の瞳が不安に彩られている。
 
「ちょっと由夢のところにな。あいつ、今日熱が出たらしくて、1度保健室に通ったんだ。それで、とりあえず無理して授業には復帰したんだけど帰宅する力は残ってなくて、クラスメイトに送ってもらったっぽいんだ。だから、ちょっと様子を見てくる」
 
「そうですか。頑張ってください」
 
まひるの表情が不安なものから、期待と不安が混じったものに変わったようだった。
俺はまひるに背を向けて、朝倉家へと向かった。
 
朝倉家の中に入ると、家の中は真っ暗だった。
とりあえず廊下の電気をつけ、リビングの電気もつける――が。
ソファに由夢が苦しそうに横たわっていた。
 
「おいっ、由夢……!?」
 
呼吸が荒い。
顔面は蒼白で、本当に苦しそうだ。
これ本当にただの風邪かよ!?
 
「おい、由夢、しっかりしろ!」
 
ぐったりした由夢を抱きかかえるのだが、その体温は異常なまでに熱かった。
 
「よ……よし、き……にい……さん……」
 
虚ろな目で苦しそうに俺を呼ぶ。
なんで、何でこんなになるまで……!
まひるやアイシアだって隣にいたろうに……!
 
「バカ!どうしてこんなになるまで我慢してたんだ!電話の1本でも入れたり、アイシアやまひるに来てもらえばよかったじゃないか!」
 
「へ、平気、です……。ちょっと、立ちくらみで、転んじゃっただけで……。義之兄さんが、心配すること、なんて、……全然、ない……ですから……」
 
バカヤロウッ……!本当にバカだろッ……!
お前も!こんなになるまで気付いてやれなかった俺も!
 
「ちくしょう、悪いがこのままベッドまで強制連行させてもらう!文句なしだ!分かったな!」
 
由夢の体は思いのほか軽く、抱きかかえて2階の由夢の部屋まで運びこむのにもさほど苦労はしなかった。
そしてその後氷の入った冷水と濡れタオルを準備し、由夢の枕元に置き、濡れタオルは由夢の熱を覚ますために額に乗せておいた。
簡単に食事を取らせ、薬を飲ませてから1時間、少しだが由夢の状態は落ち着いてきたようだった。
だが、それでもまだ呼吸は苦しそうで。
それを見ている俺も、悔しくて、辛くて。
 
「はぁ……、はぁ……」
 
寝返りを打つたびにめくれる布団を直したり、額から落ちる濡れタオルをもう1度冷やして額に乗せたり、ずっと由夢の傍で看病していた。
由夢の荒い呼吸以外、なんか、静かだった。
なんで、ここまで無理するんだよ……。
俺じゃなくても、他に誰だっていただろうに。
その点、天枷には本当に感謝している。
あいつが仲間思いなヤツじゃなかったら、きっと今頃道端でぶっ倒れていただろう。
そんなことを想像するだけで、怖くて、心配になって。
それすら通り越して、腹立たしくなってきて。
でも、やっぱりそれくらい大切な存在なんだなって思うと、俺が眠ってなどいられなかった。
少し前に音姉が帰ってきたようだけど、俺がいることを知ったのか、気を利かせてくれたようで、こっちに来ることはせずに就寝してくれた。
ごめんな、音姉。
俺がその髪を撫でようとした時。
 
「……義之、兄さん」
 
由夢がゆっくりと瞼を開ける。
起こしてしまったか。
 
「調子は……いい訳ないよな」
 
「……だいぶ楽になりました。……今、何時ですか?」
 
そういや何時なんだろう。
そんなことどうでもよくて、時間なんて確認してなかった。
時計を見ると、現在2時を少し回ったところ。
 
「2時過ぎだ」
 
「そうですか……」
 
それ以降、由夢は何度か何かを言おうとしているのだが、直前で躊躇しているのか、そのまま口を噤んでしまう。
 
「なぁ、由夢」
 
「なんですか?」
 
「その、もう1度ちゃんと謝っておこうと思ってさ」
 
俺には、気の利いた言葉なんてかけてやれない。何もしてやることが出来ない。
何をしたらいいのか分からない。
本当に、ここまで悔しいと思ったのは、何年ぶりだろうか?
……あの時以来かな。
 
――由姫さんが亡くなった時。
 
最愛の母親なくして塞ぎ込んでしまった朝倉姉妹に、俺と光雅がフォローに回った。
俺はずっと由夢の傍にいてやった。
由夢にとっても、とても大切だった由姫さん。
家族の笑顔を守るために、子供心にも助けたいと思った。
それでも、なす術なく、由姫さんは逝ってしまった。
俺も辛かった。
由姫さんは、俺のことを本当の家族として迎え入れてくれた。
俺は本当の母親を知らないが、もし俺に母さんがいるとしたら、こんなに温かいんだろう、と何度も想像したことがある。
そんな人を失って、悲しくないわけがなかった。
それでも、彼女は俺たちに言ったから。
 
――あの子たちのこと、守ってあげて。
 
そう、それは俺たちと由姫さんとの、最後の約束。
俺は、純一さんから教えてもらった『笑顔の魔法』を由夢に使った。
和菓子を手から出す魔法。
由夢に出したときは、形がぐしゃぐしゃで、美味しいものでもなかった。
それでも、由夢は、笑ってくれた。
由夢は、覚えているだろうか?
 
「誕生日、本当に悪かった。ごめん、約束、破っちゃって……」
 
誠意をこめて、頭を下げる。
 
「……それは、もういいです。義之兄さんのこと、怒っているわけじゃないですから……」
 
やっぱり、由夢は、ただ怒っているわけではないようだった。
きっと、他に何か理由があるはずなんだ。
 
「最初から分かってたことだから。だから、義之兄さんが謝る必要なんて、どこにもないんです」
 
最初から分かっていたこと……?
 
「悪いのは、私なんです。私が、弱いから」
 
弱いから。
何も分からなかったが、それでも、何かが掴めたような気がした。
今はそれでけで、十分だった。
 
「じゃ、俺は下のソファで寝てるから、なんかあったら声かけてくれ。おやすみ」
 
立ち上がる。
その時、由夢が手を伸ばしたように見えたが、一瞬のことで、俺にはよく分からなかった。
俺は、由夢から離れて、少し仮眠をとることにした。
 
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~由夢side~
 
翌日。
義之兄さんたちが学校に行った後。
私は何故か、桜公園に向かわなければならないような気がしていた。
何が私をそうさせるのかは分からない。
ただ、行かなくちゃ、と思った。
桜並木の途中。
 
「これは。……俺がキリスト教なら迷える子羊とでも呼ぶべき者だろうか?」
 
白い白衣を着た金髪蒼眼の青年。
その美しさに少し引き込まれたのは否めなかった。
 
「報われざりし願望を持ちし者よ。俺がその望みを叶えてやろう。」
 
突然意味不明なことを語りだす青年。
私は少しばかり、警戒した。
でも、報われなかった願い。
大好きな義之兄さん。
私は夢を見た。義之兄さんが消える夢。
それはいつか現実になる。
別れが辛くならないように、離れなければならない。
そこまで思考が追いついた時、私は、何故か涙を流していた。
止まらない。止まらない。
青年は、私の頭に手を添えて何かを呟いていた。
そこで、私の意識は途切れてしまった……。