3.朝倉姉妹とその隣人(後編)
2012年10月28日 18:51
~義之side~
家庭のことを渉たちに延々と尋問された。2時間くらい。
……ってか、何で俺?
普通に光雅のほうが色々とアレじゃん。
昇降口で靴を履き替え、外に出る。
冬の冷たい風が全身を突き刺す。
「うぅ、寒……」
景色と気温の整合性が取れてないことを愚痴りながら帰ろうとすると、校門に由夢がいた。
「誰かと待ち合わせか?」
「え?あ、義之兄さん。こんなところで逢うなんて、奇遇だね」
「いや、こんなところで待ってたら絶対に逢うだろ」
「そんなことないよ。この世に絶対なんて事はないんだよ、っと」
勢いをつけて由夢が背もたれから離れる。
「で、どうしたんだ?」
「や、たまには義之兄さんと一緒に帰ろうかな、とか思ってさ」
「俺と?じゃあ、こんなクソ寒い中、ずっと俺を待ってたのか?」
「そうだよ。義之兄さん遅いし寒いし雪降りそうだし知らない男の子には声掛けられるし、ホント最悪だったよ」
「それ俺のせいじゃないし」
「あー、何でそういう事言うかなー?せっかく待っててあげたっていうのにさ」
由夢がむくれる。
「待っててくれと頼んだ覚えはないぞ。ってか、地が出てるが大丈夫か?」
大丈夫だ、問題ない、とかいう回答を期待してみた。
「え?あ、や、大丈夫だよ、周りに誰もいないし……」
期待は外れてしまった。由夢は軽くたじろいた。
「まぁいいや。んで、今日は何がお望みだ?」
「え?」
「どうせ俺の財布目当てだろ?」
「そ、そうですけど、それ以外に義之兄さんを待つ理由が無いし」
なんか由夢から恨みがましい視線を向けられた。
「(この鈍感……)」
「で、どうすんだよ」
「クレープ」
「へ?」
「桜公園のクレープ屋さんに、新しいクレープができたんだって。だから、はやくいこ!」
由夢が俺の腕を掴んで引っ張る。
「ちょ、おい、引っ張るなって!分かった、分かったから!」
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「んー、おーいしー♪」
俺の手と由夢の手にはそれぞれ違う種類のクレープが握られている。
由夢がクレープをほおばって幸せそうな顔をしている。そんな由夢を見ていると自分もなんだか幸せな気分になっていた。
由夢といると、なんだか楽しい。雪月花や渉、杉並、光雅らと一緒につるむのも楽しいのだが、由夢と馬鹿なこと言い合って、ふざけあって、こうやって一緒にいると、なんとなく他のやつといる時とは違う感じがする。まぁ、大切な妹だからな。
「ねぇ、義之兄さん」
「ん?」
「そのクレープ、ひとくちちょうだい?」
「いいけど、間接キスだぞ?」
「き、兄妹なんだからそういうこと意識しないでよ……」
由夢が顔を赤らめながら俺のクレープに齧り付く。気にしないんだったらなんでそんなに照れるんだよ……。
「ど、どうだ?」
なんで俺まで動揺してんだ?
「や、その、お、おいしいです……」
「そ、そっか」
なんか変な空気になっちゃったじゃねぇか……。
「じゃあ、今度は私の」
「へ?」
「だから、はい」
由夢のクレープが口元に近づく。
「いや、俺はいいよ」
「そんなこと言ってないで、ほら!」
「んぐっ!」
無理矢理クレープが口内に侵入してきた。口の中がクリームの甘味でいっぱいになった。
「ど、どうですか?」
「甘い、が、口の周りがクリームまみれだ」
「良かったじゃないですか。なめたら甘いですよ。」
口の周りをなめる。甘い味がした。
日もだいぶ傾いて、反対方向はもう暗くなっている。
早く帰ってこたつに入りたい。
「そろそろ帰るか」
「そうですね」
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~光雅side~
また来てしまった。茜色に染まる空、見渡せばあたり一面薄紅色の風景、そして、ここは、俺のこの世界での始まりの場所。魔法の枯れない桜の木。
ここ最近、毎日ここに足を運んでいる。理由はと訊ねられても、自分でも分からないから答えられない。
「何やってんだろな、俺……」
桜の木を見上げる。綺麗だった。呆れるくらいに綺麗だった。
俺がバグを修正した桜の木。その力も、やはり魔法だった。
「魔法、か」
顔をしかめる。心が痛かった。
俺はここに来る前、自分で力を求めた。でも、その力のせいで犠牲になった人もいる。俺の無力さが原因だったのに。あの夏の日だってそうだった。もっと早く気付くことが出来ていれば。
……ほんと、俺何やってんだろ。
「やめだやめ」
考えるのをやめる。後悔したところで過去は変わらない。
桜の木に登る。枝の1本に腰掛け、中央の太い幹に体重を預ける。
風が気持ちいい。荒みきった俺の心を優しく洗うように吹き抜ける。
……。
どれくらいそうしていただろう。なんだか満たされた気がした。
まだ日は沈んでいない。
「帰るか」
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~由夢side~
クレープを食べ終えて、義之兄さんと並んで桜並木を歩いている。桜公園から変な空気を引っ張ってきているのか、ずっと無言だった。
その時、途中の分かれ道から人影が見えてきた。
「あ、光雅だ」
「そうですね」
おーい、光雅ー!なんて義之兄さんが叫ぶ。光雅兄さんもそれに答えて手を小さく振る。
……ふたりっきりもここまでか。
「よう」
「光雅兄さん。こんにちは」
「で、光雅、お前、生徒会の仕事手伝ってたのか?」
「ああ。音姉とまゆき先輩に頼まれたからな」
「光雅兄さん、生徒会を手伝うんですか?」
「ああ」
そんな会話をしていると、あることに気付く。
この風景、私と、光雅兄さんと、義之兄さん。これは、確か、夢で……。
「この景色、確か……」
「由夢、どうした?」
「や、その、ちょっと」
手帳を確認する。私が夢で見た内容をおおまかに記録した手帳。
……あった。
『桜並木、兄さんたちと歩いているとき、義之兄さんにボール直撃』
うそ!?
「なんだそれ?恥ずかしいポエムでも書いてあるのか?」
「そんなんじゃ……って、義之兄さん危ない!」
ボールが飛んでくるのが見えた。確実に義之兄さんの後頭部めがけて飛んでくる。
反射的に目を瞑ってしまう。
だが、義之兄さんの痛がる声は私の耳に届いてこなかった。
「危ない、危ない」
……あれ?うそ?夢の通りに……ならなかった……!?
光雅兄さんがボールをキャッチしていた。
「すいませーん!」
ボールを飛ばしたであろう少年数名が走ってきた。
「ああ、これか。はい」
「ありがとーございます!」
「気をつけろよ」
「はーい」
……。
光雅兄さんが、未来を変えた。ほんの少しだけでも。その出来事は、私にとって、革命にも等しい出来事だった。もしかしたら、あの未来が、回避できるかもしれない。光雅兄さんがいれば。2人の兄さんは、いなくならないかもしれない。
そんな期待が、下校中ずっと、私を興奮させていた。
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~光雅side~
3人で下校していると、自宅前で音姉と偶然遭遇。ちなみにその前から由夢がそわそわしてんのはなんでだろうな?
というわけで夕食準備。俺の当番のはずだったんだが、音姉が手伝うといって聞かない……っていうか、台所の主導権はほとんど音姉が握っていた。
「光くん、みりんとって」
「あいよ」
「ありがと」
いま、煮物をつくっている。俺が作ると変な癖が残ってしまうんだが、音姉のは同じ要領でつくってるはずなのに、すっきりとした味わいとなる。
音姉が味見。
「ん~、もう一息かな」
「はい、醤油」
醤油を足してもう一回味見。
「うん、いい感じ、いい感じ♪」
「できた?」
「光くんも味見して?どうかな?」
煮汁の入ったおたまが近づいてくる。
「あーん」
「なんか楽しそうだな、音姉。うん、いける。おいしいよ」
「よし、完成~。光くん、お魚のほうはどう?」
「おう、しっかり焼けてるよ」
っと、そろそろ人手が必要だな。……由夢か。
「お~い、義之、由夢、手伝ってくれ~」
「りょ~かい」
「え~、かったる~い」
まったく。これだから由夢は。
「仕方ない、由夢の分は俺と義之で食うか。由夢は気分が悪くて食べられそうにないしな」
「そうだな」
義之が珍しくノッてきた。
「や、冗談ですってば」
「ほら、皿出してくれ」
「それにしてもあれだよね」
「あれって?」
なんか由夢がジト目で睨んできた。
「なんかもうお2人さん、既に新婚さんって感じだね」
「それもそうだな。なんか邪魔しちゃ悪いな」
なんだ、そういうことか。いつものことじゃねぇかよ。
「何言ってんだか。そんなことより手を動かせよ」
「ちぇ、光雅兄さんはノリ悪いなぁ」
「あっそ」
……あれ、なんか隣の気温が上がってるようだが?
「そんな、新婚さんだなんてぇ~……」
隣で音姉がトリップしていた。
なんというか、音姉ってこの手の話題に弱いよな。
お~い、帰ってこ~い。
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「それで、義くんたちは今回、なにするつもりなの?」
「は?」
突然だった。あまりにも突然だった。さっきまで仲良く学校のこととか休日のこととかで団欒してたっていうのに。
「そうだよね。板橋さん、杉並さん、義之兄さんの3バカだもんね。まともなことはしそうにないね」
「そうだね……3バカだもんね……」
「3バカか……」
「あの~、なんで俺そんな扱いなの?」
「だっていつものことだろうが」
「お前もそうだろうが……」
「俺直接関わったことないし」
「あ……」
だって俺基本的に由夢か音姉の手伝いに奔走してたもん。
「……ってか、俺をあいつらと一緒にするなっての」
「とは言ってもねぇ……」
「「ねぇ」」
俺と音姉が息ピッタリに声を合わせる。
ちょっと嬉しかった。
「異議を申し立てるっ!」
「や、却下」
前例あるし。
「そうだね。実績があるからね。悪い意味で」
「横暴だっ!!」
「そんなクラスのお化け屋敷なんて行きたくないよねぇ」
……へ?何で知ってるんですか由夢さん?
「光くんたちのクラスって、お、お、お化け、屋敷、す、するんだ……」
音姉がものすごい動揺してるぜ!ここは1つ。
「そういや、悪ふざけで怪談話とかお化け屋敷とかしてると、幽霊が寄ってくるんだってさ。って言う話してる時点でアウトか?」
「お、お化けなんて、そんなのいるわけ、ないじゃない、ねぇ?」
「そ、そうですよ、いるわけない、いるわけない……」
くくく、楽し。
目の前に俺という幽霊じみた奴もいたもので。
不思議そうな顔を演技で作って、義之の頭の後ろあたりの壁を指さしてみる。
「?……義之、その後ろの人誰?」
「は?いや、誰もいないけど」
一応義之が背後を確認する。もちろん誰もいない。
「いや、いるじゃん、女の人」
「見えんの?」
「ああ」
……。
「ぐっ!?」
「「きゃぁああああああああああああああああ!!」」
俺が幽霊にやられたリアクションをすると、姉妹2人は盛大に悲鳴をあげてくださった。
「よっこらせっと」
「「・・・へ?」」
けろりとした顔で起き上がってみた。間抜けた声をあげる2人。
「思いっきり冗談だけど?」
……。
O☆HA☆NA☆SHI開始!
音姉と由夢が光雅の精神にダイレクトアタック!
LP8000-24000=0(オーバーキル)
光雅の精神は力尽きた!
O☆HA☆NA☆SHI終了!(内容の濃い5分)
「す、スンマセン……」
「まったくもう……(プンスカ)」
「光雅兄さん性格悪いですよ(プンスカ)」
「ハッ!」
義之に盛大に鼻で笑われたのが気に入らなかったが、反応する気力がなかった。
「……まぁ、確かにお化け屋敷するんだ」
「お化け屋敷、ねぇ」
「なんでそんなに疑り深い眼差しなの……」
「そりゃ、3バカがするお化け屋敷なんて何があるか分かったもんじゃないじゃないですか」
「まぁ、大丈夫だろ、なんせ今回は俺が生徒会側にいるんだからな」
「お前、生徒会に入んの?」
「いや、手伝うだけだよ」
「そうだよ~♪光くんが手伝ってくれるんだよ~♪」
上機嫌な音姉。いや、俺1人増えるだけでそんなに喜ばなくても。
1人くらい増えたって、杉並は何するか分かんないからさ。
「でもね、光くん……」
こほんと咳払いを1つ打って、音姉は真面目な顔で、俺に視線を向けた。
「ん?」
「えっちなのはだめなんだからね!」
……。
「学校の行事でえっちも何もないでしょうが」
「だから、俺がいるから阻止するって」
「でも……」
「ねぇ」
向こうも被せてきた。
なんというコンビネーション……。
「ただいま~!」
さくらさんが帰宅。
「なになに~?なんか楽しそうだったけど、何の話をしてたの~?」
帰ってくるなり、急ぎ足で居間に登場、ニコニコ笑顔でこたつのいつもの席にもぐりこんだ。
「クリパの話ですよ」
「へぇ~、クリスマスパーティーか~。ボク今年は忙し~かも~」
苦笑いしながら、注いだお茶を啜る。
「ふぃ~、お腹空いた~」
「ちょっと待っててくださいね、今温めてきます」
「音姫ちゃん、いつもすまないね~、げほっげほっ」
「それは言わない約束だよ、おとっつぁん」
さくらさんのボケを丁寧に受けて台所に去る音姉。
しばらくして、帰ってくる。
「いっただっきま~す!」
「さくらさん、忙しいんだったら、手伝いましょうか?生徒会を手伝うことになってますけど、空いた時間で手伝えますよ」
「あれ、光雅くん生徒会手伝うんだ~。かっこいいね♪」
さくらさんもこの手の話は大いに喜ぶ。
自主的に公的機関に身を置いて、社会の模擬経験をすることはいいことなのかもしれない。
「手伝うだけですよ」
「にゃはは、でもいいよ、ボクの仕事だもんね」
「でも、もしかしたらこのままだとクリパ楽しめなくなるんじゃないですか?」
「うん……」
「さくらさんにもクリパ楽しんでもらいたいんで、少しだけでも手伝いますよ」
「うん、ありがと~!」
「光雅ってホント勤勉だよな。なんていうか、学生の模範って言うか?」
「お前はもう少し真面目になれんのか?」
「善処します」
「にゃははは、なんか、こういう一家団欒っていいね♪」
さくらさんは、終始楽しそうだった。そんな家庭が、すごく居心地が良かった。
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音姉と由夢が家に帰って、俺は風呂に入って、明日の準備も終え、後は寝るだけだった。
廊下でパタパタ誰かがこっちに来る音が聞こえる。さくらさんかな?
「光雅くん、やっほーーーーーーー!」
やたらとハイテンションな家主が入ってきた。
「どうしたんですか?」
「うにゃ、光雅くん、反応が素っ気無いよ~」
「今12時ですよ……」
「時代劇見よ!TSUTA○Aで借りてきた大岡裁き、全26話、一緒に見ない?」
「すいません、眠いです……。明日、翌日から学校休みなんで、明日ならいいですよ」
「そっかぁ~、明日か……。うん、そうする!」
玩具を買ってもらえるのを待ちに待ってわくわくしている子供の顔である。
「……なんか今失礼なこと考えなかった?」
幸せそうな顔が一変してジト目で睨んでくるさくらさん。鋭いな……。
「いえ、なんか元気そうでなによりだなって思って」
「そう?んまぁいいや。じゃ、おやすみ~」
「おやすみなさい」
さくらさんが自室に戻ったので、俺は部屋の電気を消し、まどろみの中に落ちていった。