4.「change」
朝、目が覚める。
いや、正確に言えば、起きるべきタイミングで起きたと言うほうが正しいだろうか。
あいにく俺は、今までの生活が生活だったから、いつどのタイミングでも起きられるように訓練してある。
時刻は、5時半。
そういえば、隣で寝ているこのガキは、学校とかはどうするのだろうか?
弁当制なのか?それとも給食が出ているのか?
焼け跡に灰になってしまっているであろう教科書の類はどうするのだろうか?
新しく再配布されるのか?
「なんで俺がそんなことまで気を回さなきゃならねぇんだ……!?」
そんなことはどうだっていいだろうに。
こいつの周辺整理が出来次第、こいつはきっと帰るべき場所に帰るだろうし、俺はそれまでの繋ぎを担当するだけだ。
衣食住の提供さえできれば何の問題もない。
幸い、繁華街でたんまり稼いだゴミのような金ならいくらでもある。
人一人数週間養うくらい、痛くも痒くもない。
それなのに、どうしてこいつのことが気になってしまうんだよ!?
むしゃくしゃしてても仕方がない。
少なくとも、栄養バランスが偏らないような朝食は作っておくべきか。
とりあえず、冷蔵庫を漁る。
あまり料理とかは家でしないものだから、特に食材という食材は置いていない。
それでも、夕食だけはたまに家で食べるため、ほんの少しの材料くらいはあった。
とりあえず、白米を水で洗い、炊飯器にセットして、米を炊く。
その間に、冷蔵庫をもう一度確認。
その中で、大体の朝食のメニューにめぼしをつける。
卵とベーコンがあるからベーコンエッグ、ついでにウインナーも焼いておこう。
それとトマトもスライスしてそばに添えておく。
豆腐はなかったが、油揚げは残っていたようで、わかめやもやしなどと一緒に味噌汁も作る。
大体こんなものか。
久々にまともな朝食を食べるが、まさか誰かと一緒に食べようとは夢にも思わなかった。
身軽に動ける格好に着替え、エレキギターを持って外に出る。
ギターは少しでも練習しておかないと、腕が落ちる。
そこで、アパートの裏の山にある、とある広場で、練習をしながら時間を潰した。
時間もだいぶいいころになって、部屋に戻る。
すると、俺が扉を開ける音で目が覚めたのか、響子はゆっくりと上体を起こした。
「悪い、起こしたか?」
「いえ。いつもこのくらいに起きてますので……」
それでも、眠そうに目をこすっている。
「朝飯、作ってやるから、ちょっと待ってろ」
「お料理、できるんですか?」
「軽くな。何とかやりくりして死んだような生活をしたこともあったから、料理できねぇと今頃俺はくたばってる」
「そうなんですか……」
そして俺は、部屋を出る前に考えておいた献立を作る準備を始める。
「あっ、味噌汁、お手伝いしましょうか?」
「なんで味噌汁作るってわかった?」
俺はまだ味噌汁の味噌をスタンバイしていない。
「あ、いえ、油揚げとわかめを、たぶん出汁になりそうな昆布があったので……」
「お前も料理できるのか?」
「施設のお母さんが教えてくれました」
「ふぅん……。それじゃ、頼めるか?」
「はい!」
朝っぱらから元気に頷く。
そうして、朝からのどかで、温まるような食事を取ることができたようだ。
そして、俺は、昨日約束したことを実行しなければならない。
服を買うことを約束したのだ。
時間もちょうどいいくらいだし、そろそろ出かけるとするか。
「本当に、いいんですか?」
「だから駄目ならもともとお前はここにはいない」
「すみません……」
「行くぞ」
そうして、二人で商店街に向かう。
今日休日だからか、やたらと人が多い。
来るんじゃなかった、と、今更ながらに思ってしまう。
「あそこでいいか……」
このあたりでは一番規模が大きい洋服店。
俺自身必要最低限はここで買った。
「行くか……」
女というものは、なぜ服を前にするとこんなにも血肉沸き踊るのだろうか。
目の前のガキも、洋服相手にして、『あれもいい、これもいい』となにやら楽しそうである。
俺の母さんもそうだった。
家族で出かけに行った時、買い物の時間の半分以上が母さんの服選びだったこともある。
「決めたか?」
「あ、すいません、まだです」
「なんだっていいだろ……」
女のセンスというものはさっぱり分からん。
そんな調子で、次々に選んだ洋服をかごの中に放り込んでいった。
そんな時。
響子はなにやら突然うつむき加減になって、妙に頬を高潮させて、こっちを見ている。
「なんだ?」
「いえ、えっと、その……」
悪いが言葉にしてくれないと分からない、って、まさか……
そういうことか。
でも、それを俺にどうしろと。
そんなところに俺が入っていたら変態扱いされるじゃないか。
そもそも俺を変態だと冷やかす奴なんぞどこにもいやしないが。
「これ持って行って、サイズの合うやつ入れて来い……」
買い物かごを響子に手渡し、そういってやった。
自分が言わなくてはならないことを悟ってくれてほっとしたのか、なんとなく安心しているように見える。
「すみません、行ってきます」
そういうなり、駆け足で目的の場まで去っていった。
俺は俺で新しい服でも買ってみるか。
しばらくすると、響子が戻ってきた。
ちなみに、40分である。
正直待ちくたびれた。
戻ってきたら怒鳴ってやろうと思ったが、待っているだけで疲れてしまい、そんな気力も残っていなかった。
持ってきた品は、律儀に俺に見えないように洋服の下に敷いてあるようだ。
気を使ってくれて本当にありがたい。
他人にコケにされるのは本当に気に食わないものだ。
さっさとレジを終わらせて、再び商店街を歩く。
次は、こいつの勉強道具もある程度そろえてやらねばならない。
百均に行ったら手に入るだろうか。
その時、響子は人ごみにかき混ぜられてはぐれそうになる。
まったく、世話の焼ける……
「ほら、掴まれ」
「あっ、お兄ちゃん……」
自分の手に温もりを感じる。
昔、兄貴に握ってもらった時のような、幸せな温もりを。
俺は、兄貴のように振舞えているだろうか。
そんな馬鹿な。こんな見た目ヤバそうなチンピラに兄貴ぶられて幸せな奴なんているはずがないだろう。
――感じる。
これは。
――視線。
――殺気。
さては追いかけてきたか?
俺はどうなってもいいが、こいつは危険な目に合わすわけにもいかない。
そうなれば、することはただ一つ。
――まとめて殲滅する。
「こっち来い」
響子を路地裏に誘導する。
そこは少し広い空間になっていた。
殺気は、後ろから。
通路から来ている。
「何しにきた?」
「なんだ、気付いてたのか」
振り返るとそこにいたのは5人。
「逃げるなんて、許しやしねーぞ」
「そんなの、俺の勝手だろうが」
「なら、消えてもらうか」
5人一斉に、サバイバルナイフを構える。
「あの……、お兄ちゃん?」
「心配するな、楽勝だ」
一人ずつ相手など、面倒極まりないことはしない。
だから俺は、『現実』相手に、『非現実』を叩きつける。
ここで手を出すことは、それで完全に組織を裏切ることになる。
つまり、嫌でも忌まわしい繁華街から追放され、終われる羽目になる。
変わるなら、ここしかない。
だから俺は、目の前のクズ共を消し去るために、俺自身の『非現実』を展開する。
さて、始めようか。
脱退の誓約となる、サバイバルゲームを。