4.『研究材料』
2012年10月28日 16:48
男「さて、今日も始めようか。」
目の前にいる男、名前は、シグナス・ルーン。『研究施設』のトップである。
そう、これから始まるのは、例の、学園サイドにすら知られていない、危険な『実験』なのである。
ちなみに、学園では、生徒会選挙の立候補期間が始まったらしい。
生徒会選挙に立候補できるのは、予科1年の各クラスから1名が代表となって、である。
今回は、A組からは葛木清隆、B組からはメアリー・ホームズ、C組からはイアン・セルウェイが
出馬するようだ。龍輝としては、勿論清隆に勝って欲しいと思うのだが。
シグナスから、いつも手渡される、どういう物なのか全く説明を受けていないグローブを受け取り、
それを右手にはめる。
シグナス「さて、部屋に入りなさい。」
部屋に入るよう、指示を受ける。中に入ると、かなり広い部屋の中央に何か物体があった。
これは、一体何なのだろう、そう思わずにはいられなかった。
シグナス「それは≪追跡の弓(ホーミングアーチ)≫だ。使い方は、矢を番えずに弓の弦を引くだ
けだ。それで自動的に術者の魔力を矢の形として生成し、攻撃を行うことが出来る。な
お、弦に掛ける指の本数で生成する矢の本数が変わる。よく覚えておけ。」
龍輝「また物騒なものを発明しましたね。こんなの、何に使うつもりですか?」
シグナス「緊急事態に、とでも言っておこう。『実験』を始めるのだが、今回は少し戦闘形式を採
る。相手はカテゴリー5の魔法使いだ。既に隣室でスタンバイしている。基本的に武器
はそれを使え。」
その台詞と同時に、龍輝が入室した扉の反対側にある扉から、青年が1人現れた。
純白の髪は右目を覆い隠し、露になっている左眼の水色の瞳は相手を凍てつかせるような威圧感が
あった。年齢は龍輝と同じくらいだろうか。
シグナス「彼の名はスライ・シュレイド、通称『氷槍』。戦闘系の魔術師としては最強の部類だ。
気を引き締めないと死ぬぞ。」
龍輝「分かってますよ。」
スライの方を見る。その佇む姿だけで、十分に彼が強いことを物語っているようだ。
スライ「紹介に預かった、スライだ。アンタが上代龍輝か。噂どおり、魔力の量は桁違いだ。」
龍輝「それだけだがな。」
スライ「いや、それだけじゃない。俺を眼前にして怯まない奴なんてそういないぜ?」
龍輝「怯んでどうする。俺が怯んだって、お前は全力で俺を潰すだろうが。」
スライ「そりゃそうだ。ま、お互い、全力を尽くそうぜ。」
龍輝「お手柔らかに頼む。」
龍輝は手に持つ≪追跡の弓(ホーミングアーチ)≫を展開させる。
どうやらこいつの状態はばっちりらしい。
龍輝「始めるか。≪加速運動(アクセラレート)≫!」
スライ「行くぜ!」
その掛け声と同時に、スライは右手で空を切る。すると、彼の身体の周辺に、大小複数の氷柱が
出現する。
スライ「はぁっ!」
その全てが龍輝を貫こうと猛スピードで襲い掛かってくる。
龍輝は様子をよく観察し、当たる寸前で回避し、弓の弦に3本指を掛け、引く。
3本の光の矢が出現すると同時に、弦から指を離す。
するとその3本はスライに引き込まれるようにスライを襲った。
しかし。
スライ「よく見えてるじゃん。だが、まだ甘いな。」
手を地面に翳し、それを一気に天井に向けると、氷の壁が3枚、光の矢を阻むように出現した。
矢はそれを破壊するが、標的には届かなかったようだ。
氷の霧が晴れたとき、そこにスライはいなかった。
耳を澄ます。
――後ろか。
咄嗟に右に飛ぶ。そこに飛んできた氷柱をよけることが出来たが、それは失敗だった。
スライ「だから甘いと!」
見当違いの方向からスライの声がした。
龍輝の着地寸前、足元に魔力の塊を察知。
龍輝「しまっ――!?」
慌てて身をよじる。
地面に魔法陣が出現、そしてそこから巨大な氷の槍が空を貫いた。
それは龍輝を捕らえ損ねたが、それでも龍輝は回避しきれず、背中に衝撃を受ける。
龍輝「ぐっ!」
派手に吹き飛ばされ、空中で態勢を整え、着地する。
――こいつ、強い。
分かりきっていたことだが、やはりこの男は相手の行動パターンをすぐに見切ってしまう。
スライ「すまないな。先に言うのを忘れていた。この部屋には予め俺が複数のトラップを仕掛け
ている。慎重に行動しないと、痛い目見るぞ。」
龍輝「……。」
何も言い返さなかった。それより、どうやってこの男の裏を掻くか、戦略を練るのが優先だ。
罠がある。それはすなわち、接近は死を意味する。そう考える。
すると、今持っているこの弓は何かの役に立つかもしれない。
弓を構える。だがやはり。
――ズドン!
2本の巨大な槍が空を突いた。
矢を放つことが出来ず、寸前で回避。
更に。
回避した先に更に2本。
これも回避。しかし、反撃の機会が得られない。
次の回避先にも地面に1本。
これは予測していたため、後方に回避。
――だが。
読まれていた。
背後を取られ、背中に蹴りを入れられる。
龍輝「ぐあっ!」
それだけでは終わらない。
転倒先でも罠は容赦なかった。
次々に天井から氷柱が降ってくる。
地面を転がりながら、逃げ回るしか出来なかった。
立ち上がる。だが、もはや勝てる気はしなかった。
地面を転がり、氷の破片で体中は切り傷だらけ。能力で身体能力が上がっている彼にとって、痛
覚は天敵だ。体中に激痛が走っている状態では、まともに戦えない。
それに。
攻撃が出来ない。全ての行動が読まれている。
何をしても。
何を考えても。
いつもその一手先を行かれた。
それが龍輝の戦意を消した。
スライ「もうやめろ。お前の目はもはや敗北に染まっている。これ以上続けても意味はねぇ。」
その言葉がきっかけとなり、龍輝の体から力が抜ける。
そして、意識を手放した。
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シグナス「そろそろ、時期か。」
研究員「そうですね、貴方がおっしゃるとおりであれば、この世界と次の世界で終わるで
しょう。」
シグナス「そうだな。あと5回は重ねようか。物事は慎重に運びたい。」
研究員「そうですね。」
シグナス「そういう訳だ。例の禁呪を用意しておけ。」
研究員「了解。」
動き出す。運命の歯車が。
そして、その歯車は、全てを狂わせる。
――狂わせていく。
始まりは、ここから。
終わりは、これから。
カラカラカラカラ。
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スライ「こいつ、いいモンは持ってんじゃん。」
『研究』終了後、カテゴリー5、『氷槍』は、肩に抱えている男に対して苦笑する。
男の能力、≪加速運動(アクセラレート)≫。術者の身体能力を数倍まで底上げする魔法。
だがしかし、その最大の弱点は、自分の感覚神経までも鋭くさせてしまうということだ。
つまり『痛み』の感度も数倍にまで跳ね上がってしまう。
――知っていたさ。
だが、そんな致命的な弱点を抱えている相手に時間を掛けてしまえば、それこそ殺してしまい
かねない。それゆえ、攻撃をさせる前に罠を連続で作動させておいた。
こんな卑怯な戦術を使ったのは始めてかも知れない。
龍輝は止血などの応急処置は受けており、意識を失った状態で運ばれている。
スライ「こいつの部屋でいいか。」
体勢を立て直すと、学生寮までゆっくりと向かった。
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生徒会室。
今日もリッカとシャルル、巴はいつものように生徒会の仕事に追われている。
シャルル「巴~、これお願い。」
巴「了解。」
リッカ「シャルル、これ、どうしたらいい?」
シャルル「それはね、えーっと、向こうに整えて置いておいて。」
リッカ「じゃあ、あなた、これお願いできる?」
生徒「任せてください。」
やはり龍輝がいない分、仕事の量は尋常じゃない。
するとそこに。
扉が開く。
生徒会室に入ってきたのは、上下白い服をきた、白髪でクリアブルーの瞳を持った青年、『氷槍』
の名を冠するカテゴリー5、スライ・シュレイドだった。
シャル「す、スライくん!?」
スライ「あっ、シャル!」
スライの顔が人懐っこい笑みに変わる。スライとシャルルは昔からの親友である。
シャル「一体どうしてこんなところに来たの?」
スライ「んあ、実験。」
シャル「実験?って、例の龍輝くんの?」
スライ「あれ、知ってんの?」
シャル「うん。いつも生徒会の仕事を手伝ってくれるんだよー。」
スライ「ふぅん。」
しばらくスライは笑顔で黙っていたが、すぐにその顔は真剣なものになる。
スライ「その上代が『実験』で大怪我をして気絶している。命に別状はないが、応急処置はして、
寮の自室に運んでおいた。」
シャル「龍輝くんが!?」
リッカ「龍輝!?」
巴「まさか、お前……。」
巴の瞳がスライを捉える。そこには、静かな怒りが潜んでいた。
スライ「黒髪は勘付いたようだが、犯人は俺だ。今回の『実験』で俺が倒した。」
リッカ「あんたねぇ……!」
シャル「スライくん……?」
リッカは怒りに震え、シャルルは困惑している。
スライ「俺も分かんねぇよ。お前ら正規の魔法使い集団は何を目的として『研究』なんてやって
んだよ!?」
なんであいつがあんな物騒なことに巻き込まれてんだよ、と小さく呟き、舌打ちをする。
リッカ「知らないわよ!研究機関がやってることに私たち一介の学生が首を突っ込めるわけない
しょ!」
スライ「な……!?」
その言葉にスライは驚愕した。それはつまり、『研究機関』は完全に風見鶏の管轄から外れてし
まっている、ということである。
スライ「まさか、上代龍輝がどんな目にあっているのか、お前ら、全く聞かされてないのか!?」
巴「お前こそ、『研究機関』の人間ではないのか?」
スライ「まさか。とにかく、俺はもう一度行ってくる。誰か上代のところに行ってやれ。仕事が
忙しいなら誰かに連絡して看ててもらえ!」
そう言うなり、スライは走って生徒会室から去っていった。
リッカ「シャルル、今の、何者なの?」
シャル「彼はね、カテゴリー5の魔法使いよ。完全に戦う魔法使いとして生活してる。いくら龍
輝くんでも、彼には指一本触れられなかったと思う。」
巴「それほどに強いのか?」
シャル「ええ。一国の軍隊なら、時間を掛ければ1人で壊滅させられるかもしれない。」
巴「それはまたとんでもない奴に捕まったな、あいつも。」
シャル「スライくんは、悪い人じゃないわ。さっきの口ぶりからしたら、もう龍輝くんを認め
てる。」
リッカ「サラと繋がった。龍輝のところには、サラに向かってもらったわ。」
シャル「サラちゃんなら、安心だね。」
ひとまず、落ち着くところに落ち着いて、全員安堵した。
だが同時に、『研究機関』は一体何をしているのか、そんなものに関わっている龍輝は大丈夫な
のか、心配せずにはいられなかった。
余談だが、研究施設に向かったスライだったが、そこには既に代表であるシグナスはいなかった。
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サラ「先輩……。」
リッカからの連絡を受け、龍輝が大変であることを聞いて飛んできたサラ。
体中が包帯でぐるぐる巻きだった龍輝を見て、ショックを受けて立ち尽くしていたのはつい先程
である。
サラが来てから、龍輝の顔が安らかになったのは気のせいだろうか。
そばに座って、その長い茶髪を触る。
龍輝「ん…んん……。」
サラ「先輩?」
龍輝の瞼がゆっくりと開く。そして、サラの姿を捉える。
龍輝「サラ、…か?」
サラ「は、はい、リッカさんから連絡があって、飛んできちゃいました。」
龍輝「心配掛けたな……。リッカにも、サラにも。」
サラ「リッカさん、シェル越しで凄く慌ててましたよ。」
龍輝「それはある意味見てみたかったな。」
ベッドの中で軽く体を動かしてみる。体中大怪我をしたはずだが、あまり痛みは襲ってこない。
治療魔法を行使されたようだ。
龍輝「スライ、か……。」
サラ「え?」
龍輝「いや、何でもない。」
そういうと、体を起こした。
サラ「あっ、まだ無理しちゃダメですよ!」
龍輝「いや、大丈夫。どうやら治療魔法で治されてるらしい。」
サラ「そうなんですか。でも、無理はしないでください。……あ、お茶、入れてきますね。」
龍輝「ああ、すまんな。」
サラ「いえ。」
サラが台所に向かう。そんなサラを見て、何か言いようのない感情が込み上げる。
茶を用意したサラが、再びベッド近くの椅子に腰掛ける。
龍輝「ありがとう。」
サラからカップを受け取り、茶を啜る。
心を落ち着けたかったが、何故か落ち着かない。
先程カテゴリー5に圧倒されたからだろうか。それとも――。
物凄く早くカップを空にしてしまう。
サラ「あ、お代わり、用意しますね。」
サラが立ち上がる。その時。
何故か、体が勝手に動いた。こうしないと、後悔するような気がした。
立ち上がったサラを、無意識に抱き寄せていた。
サラ「ひゃあっ!?」
突然の行動に慌てたが、龍輝が何かに思い悩んでいたことを悟り、龍輝の背中に手を回す。
龍輝「あれ、何で俺こんなことしてんだろな。悪いけど、しばらくこのままでいさせてくれ。」
サラ「あの、その、恥ずかしいですけど、そのぉ……。」
お互いに、心から温かい気持ちになっていた。ほんの10秒でも、かなり長く感じられた。
だが。
リッカ「龍輝!だいじょう……ぶ?」
サラ「へ!?」
龍輝「あ。」
時間が止まった気がした。
リッカ「えっと、その、ごめん。」
すまなそうな顔でリッカは出て行ってしまった。
サラ「あわわわわわ!し、失礼しましたぁー!」
サラが真っ赤な顔をして慌てて出て行ってしまった。
龍輝は、微笑ましく思っていた。