4.ネガイノハテ
2013年11月05日 23:16
結局、昨夜は義之は帰ってこなかった。
恐らく、熱で寝込んだ由夢を付きっ切り看病していたんだろう。
その点では、由夢は義之を心の底から嫌っていたわけじゃないんだと思う。
後は、2人の問題だ。
あいつらなら、きっと元の2人に戻れるかもしれない。
あるいはそれ以上――
それにしても、最近妙に胸騒ぎがする。
というか島の様子が変だ。
ニュースでよく見るんだが、ありとあらゆる事故や事件が起こっていて、それらのほとんどが原因不明。
どう考えても異能の力が働いているとしか思えない。
だが、何度探知をかけてみてもこの島に異常は見当たらない。
一体どういうことだ。
その辺に詳しいさくらにも調査協力をしてもらってるんだが、手がかりすら見つからない。
……何かがおかしい。
異変を感じながらも、俺は音姫といちゃいちゃしながら学園に向かった。
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それは授業中のことだった。
窓から外を眺めていると、桜の花びらがひらりはらりと舞っている。
そういえばもうすぐで卒業式だよな。
――とか考えていると。
一瞬の頭痛!
その一瞬に感じた強烈な殺気!
なんだ、なんなんだ、今のは?
場所はここから少し離れた場所から。
桜公園辺りか……。
そうなれば、今すぐにでも対処しに行くしかない!
「せ、先生、ちょっと、頭痛がするんで、保健室行かせてください……」
半分演技だが、さっき一瞬頭痛がしたんだから問題ないよな?
先生もなんだかんだで許してくれたので、保健室には行かずにそのまま桜公園へとダッシュする。
その際、さくらにも連絡を入れておく。
「もしもし、さくらか?」
『こっ、光雅くん!?そんなに慌ててどうしたの!?』
「桜公園から一瞬凄まじい殺気を感じたんだ!もしかしたら枯れない桜かもしれない!あれなら島全体を魔法の力で破滅させることが出来る!」
『そ、そんな!?一応ボクとあの桜はリンクしていて、暴走したら分かるはず!それに、あの桜は光雅くんの力でバグを取り除いたはずじゃ!?』
「分からない。でも、確実にあれが絡んでいる!さくらも出てきてくれないか!?」
『分かった!すぐに行く!』
電話を切って、俺は更に加速して桜並木を駆け抜けた。
少しずつ、妙な力の波動が肌を焼くように感じられる。
近づくだけでここまで恐ろしく感じるとは、一体何が起こってやがる!?
そして俺は――この島で最も大きな桜――枯れない桜に到着した。
その木の下には、1人の少女がいた。
殺気を放つ正体――この世界に絶望したような目をした――朝倉由夢だった。
「な……!?ゆ、由夢、お前、こんなところで何をしてやがる……?」
「……!」
由夢が俺を睨みつけてくる。
彼女の中に眠る、憎悪、後悔、悲哀、それらの感情が凝縮されたような視線。
それは、殺気となって俺に降り注いだ。
「光雅!一体これは何だ!?」
「やはり桜が原因でしたか……」
声がした方向を見ると、そこにいたのはロイと優香だった。
こいつらもこの異変に気付いて駆けつけたのか?
「光雅くん!――って、由夢ちゃん……!?」
さくらも殺気を感じていたらしく、その正体に気付いて驚愕していた。
すると、集まってきたのが好都合らしく、彼女は戦闘態勢に入ったようだ。
彼女から膨大な魔力が感じられる。
――いや、由夢自身は魔力をそこまで持っていない。
これは、桜の木が由夢に魔力供給を行っている。
そして、問題はその桜。
この木は本来人々の純粋な願いを集めて大きな力とし、本当に必要とする人のためにその力を願いを叶える手助けをする力として対象に与えるシステムだったはずだ。
それなのに、この木からは、穢れた願いも感じられる。
これは――負の感情!?
すると、辺り一面は薄暗い霧に包まれる。
これは本当にヤバイ!
「さくら!この霧が街に広がらないように、強力な結界をこの周辺に張ってくれ!」
「うん、分かった!」
「私もお手伝いします!」
俺は由夢に気を集中させる。
本当にこれはとんでもなく危険だ。
霧はとめどなく桜の木から溢れ出てくる。
そして、その霧のいくらかが複数の箇所に集結して――剣を形成した。
恐ろしいほどの威力を感じさせる波動。
「おい、この数でこれだけの威力、どーなってんだよ!?」
ロイまで驚愕する質と量を伴った剣。
「これ全部、神器レベルだぞ!」
「いや違う、こいつら、神器そのものだ……!」
なんてこった……!
まさかこれら、全部≪聖域の宝物庫(ヴァルハラアーセナル)≫から取り出したっていうのか!?
≪聖域の宝物庫(ヴァルハラアーセナル)≫っていうのは、古今東西の英雄や猛将が使用したといわれる武器、神やそれに殉ずる者たちが作ったといわれる神器を納めたとされる武器庫で、俺の記憶が正しければ、これはありとあらゆる並行世界で行われた決戦や戦争などによってその使用が度重なり、暴走を起こして自壊したはずだ。
それが何故、今になって洗脳された由夢によって使用されている!?
それも、≪聖域の宝物庫(ヴァルハラアーセナル)≫から武器を取り出せるのは、1人につき1つだったはずだ。
これだけ大量の神器を持ち出すのは、種類が刀剣だけとはいえ、システムが狂っているとしか思えない!
ざっと見積もって今宙に浮いている神器は30前後といったところか。
とにかく、さくらと優香には結界を張るために離れてもらっているから大丈夫として、どれくらいの割合で俺とロイに飛んでくるかだ。
ロイは警戒しながら自分の神器レベルの武器である氷の短槍を2本出した。
片手での槍捌きは難しいが、こいつなら捌き切れるだろ。
俺はそこまでの武器や装備はない。
≪魔術創造(マジカルクリエイト)≫で創れないこともないが、神が創ったものを人間の身で作り出すため、恐らく完成させるだけで戦闘に使う体力と精神力は残っていないだろう。
由夢が手を横に薙ぐ。
それに呼応するかのように、大量の神器俺とロイに降り注いだ!
ロイはその華麗な槍捌きで神器を打ち落としていくが、多少辛そうだ。
俺は鋭角の円錐型の障壁を作り出し、真正面から攻撃が当たらないよう、滑らせて軌道を逸らすようにした。
しかしそれでも、障壁と接触する際の衝撃は今まで受けてきた攻撃と桁違いだ。
「くっそ、このままじゃすぐに障壁が壊れちまう……!」
「くそぉ、間に合わねぇ……!」
やばい、このままじゃロイがやられる!
「助太刀します!」
結界を張り終えたのか、優香が刀を持ってロイの前に舞い降り、刀の刃を鞘から若干だけ見せる。
そこから雷電が円を描くように出現し、日輪のような雷電の円から更にたくさんの雷の剣へと枝分かれした。
「『秘雷・千手観音』!」
それぞれの雷の剣が神器を打ち落としていく。
というか、あれは普通の魔法だろ?なんであんなにあっさりと神器に対抗できる?
「流石だな、優香!光雅!よく見とけよ!これが優香の実力の一部だ!こいつは自分の魔法的攻撃を自分の術式魔法で強化することが出来るんだ!今回は耐久力を底上げして、更に反動を軽減するようにしている!」
なんだよそのチートスペック!
俺そんなヤツと1度やりあったのか……!
「はぁぁぁぁああああ!」
優香が物凄い勢いで神器の勢いを削いでいる。
だが一方で、霧は絶えず神器を呼び出していた。
「みんな、こっちも終わったよ!ってナニコレ!?」
「さくら、危ない!」
さくらの方に神器が掃射される!
「≪solitary Pluto(孤独の冥王星)≫!」
これを発動していれば、精神力については問題ない!
大量の神器に対抗するためには、神器を超えた力を持つ武器を創ればいい!
イメージしろ!
最強の盾!
「≪絶対防御の大城壁(アブソルートシールド)≫!」
俺はさくらの目前に滑り込み、巨大な半透明の障壁を展開する。
これだけの防御力があれば、神器の力でも突破することは不可能だろう。
「さくら、今この桜がどういう状況なのか調べられるか?」
「少し離れているから詳細は無理だろうけど、大体なら何とかなるよ!」
「そうか、頼んだ!」
そう言うとさくらは目を瞑って桜とのリンクを強め、状況を解析し始める。
しばらくして、さくらは深刻そうな顔で俺を見上げた。
「この桜、システムが上書きされてる……!」
「なんだと!?」
「本来純粋な願いだけを集めるはずが、どんな些細な願いでも取り込むようになってる!強い負の感情とかを取り込んでそれを魔法の力として変換し、由夢ちゃんに送り込んでいるんだ!」
「くそ、それで穢れた願いまで叶えていたのか、この桜は……!」
それがこの島で起こっていた原因不明の事故の多発。
まさかこんなことになっているとは思いもしなかった!
こんなことをしでかしたのは誰だ?
――いや、考えるまでもない。
『ドラゴン』しかいない。
それに、『ドラゴン』はこの初音島で活動を起こす可能性が高かった。
ヤツの仕業に違いないだろう。
その時、場の雰囲気が変わった。
ロイが叫んだ!
「危ない!避けろ!」
はっとして見上げると、不可思議な形をした剣がこちらに向かって飛んでくる!
あれは能力を無効にするタイプの神器だ!
当たったらこの障壁もろとも串刺し確定だ!
「さくら、障壁から離脱するぞ!」
「分かった!」
俺は≪絶対防御の城壁(アブソルートシールド)≫を解除し、同時にその場を離れる。
その場には大量の神器が突き刺さり、爆音と共に爆風と砂埃が宙に舞った。
「ボクが何とか桜に干渉してみるよ!みんなは援護をお願い!」
「「「了解!」」」
さくらは地面に植物の種をばら撒く。
するとそこから植物の蔓がおびただしい量で出現し、桜に向かって伸びていく。
しかしその蔓は神器によってずたずたに引き裂かれていく。
「させるか!」
ロイと優香が蔓を死守、そして俺がさくら自身の防衛をする。
蔓は猛スピードで桜に近づいていく。
これならいけるか!?
「――っ!?」
全員が恐怖した。
霧が集結して今までにないほど大量の神器を呼び出す。
しかも、それら全てが爆散型だった。
「ロイ、優香、戻って来い!」
「当たり前だ!」
「分かりました!」
全員が戻ってくると同時に、もう1度≪絶対防御の大城壁(アブソルートシールド)≫を展開する。
うっ……。ちょっと堪えるか……?
「あ゛あ゛ああぁぁあああああああああああ!!!!」
由夢が絶叫すると、神器全てが蔓を巻き添えにして地面に突き刺さり、派手に爆発した!
「ぐわぁっ!」
なんていう衝撃だ!
この障壁を突破しようとするとは!
くそ、どうしたら由夢は正気に戻ってくれる!?
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~義之side~
午前の授業が全て終了した。
結局、2時限目に保健室に行った光雅は帰ってこなかった。
「おーい、義之ぃ、学食行こーぜ!」
「悪いな渉、今日は光雅が作った弁当があるんでな。お前1人で行って来い。」
「なんだよー、義之くんのバカーっ!」
渉は捨て台詞を吐いて教室を飛び出していった。
……由夢は、家で1人で大丈夫だろうか?
熱がぶり返してないだろうか?
苦しんでないだろうか?
――心配だ。
1つ溜息を吐いて、巾着袋から弁当箱を取り出す。
「あら義之くん、どうしたの、溜息なんか吐いて?」
「物思いに耽る義之、ふふ、小恋、今のうちに堪能しておきなさい。滅多に見られるものじゃないわ」
「ふぇっ!?どっ、どうしてそうなるのー!?」
いつもの小恋いじりなんだが、今日に限ってはうるさく感じてしまう。
駄目だこりゃ、相当ストレス溜まってるな。
結局俺は雪月花と昼食を取ることになった。
「で、義之くん、さっきの溜息は何だったの?」
「な、何でもねぇよ……」
「大方、由夢さんのことでしょ?なんでも、高熱で学校休んだっぽいし」
「なんで杏がそのこと知ってんだよ?」
「美夏が教えてくれたわ」
「ああ、なるほど」
なんていうか、もやもやする。
昨日あんなことを間接的に聞いてから。
――いつまでも兄さんたちと一緒にいられるわけじゃないので。
なんで、なんでこんなにも不安になるんだろう。
今まで、あんなに楽しかったのに。
クリパだって一緒に回った。
それだけじゃなくて、家でも一緒にバカやって、喧嘩して、謝って、仲直りして。
ずっとこのままだと思っていたのに。
「その様子だと、やっぱり由夢さんのことね」
「な……」
図星だった。
なんで俺はさっきから由夢のことばっか考えてんだろう?
――決まっている。由夢は昨日から風邪で寝込んで、物凄く苦しそうにしていた。
兄として、心配しないわけないだろう。
でも――
「ま、由夢さんのお兄さんとしては、思うこともたくさんあるでしょうけど」
「義之くんって、本当に鈍感だよね」
俺が、鈍感……。
そんなこと、分かっている。
由夢がどうして俺を避けているのか、未だによく分からない。
杏と茜は、何かしら掴んでいるのだろう。
俺は、また悔しかった。
他の人間が気付いているのに、身内である俺が何も知らなかったことに。
「もしかしたら、自分で鈍感な振りをしてるだけじゃない?」
杏が突然訳の分からないことを言い出す。
何故そんなことをわざわざしなければならない?
「自分で自分の感情を無理矢理抑えつけて、無理矢理自分を納得させている。心当たり、ないかしら?」
感情を抑えつけて、納得……。
俺がいつ、そんなことをした?
そういえば、昔は音姉がそんな感じだったかな。
ずっと無愛想で、俺たちに妙に冷たくて。
でも、なんだかんだで世話焼きで。
由姫さんが亡くなってから、更に冷たくなった。
1人でいることが多くなった。
――1人?
由夢は、小さな頃はよく俺の後ろを付け回っていた。
それが、いつだったか、俺たちに本当の笑顔を見せることはなくなっていった。
そして、今となっては俺に頼ることさえしなくなった。
それはすなわち、1人で生きていく、ということ。
俺たちから離れて、1人になる。
それは、あの頃の音姉と似ていた。
由夢は、自分の感情を抑えつけた。
俺たちに笑顔を見せないように。
――あ、あくまで妹として寂しそうな義之兄さんについていくだけですからね。妹として。
『妹』。
由夢は、よくその言葉を強調していた。
兄妹として壁を作ることで、それ以上の接触を拒もうとしていた。
由夢は、音姉と対照的に、なぜそこまで『妹』を強調して俺との深い接触を拒んだ?
――由夢は俺の『妹』なんだ。
「あ……」
俺も、同じ理由で由夢との一線を越えまいとしていた。
家族だから。兄妹だから。
そんな理由をつけて、由夢を遠ざけた。
俺も由夢も、やっていることは変わらなかった。
俺は、本当は、由夢のことを――
ならば由夢は、俺のことをどう思っていた?
――ブルルルルルル……。
俺のポケットで、携帯のバイブレーションが鳴る。
携帯を取り出し、液晶を確認すると、アイシアからメールが届いていた。
内容は――
――『部屋に由夢ちゃんがいない』
俺は、体が勝手に動いていた。
行かなくちゃいけない。
そんな気がした。
俺はすぐに教室から飛び出した。
「義之くん、頑張ってね」
「義之……」
「小恋、しっかりなさい。義之は彼自身の幸せを模索している最中なの。邪魔しちゃ駄目」
「そう……だよね。応援しないと、駄目だよね」
「小恋ちゃんも、強くなったよね……」