5.1人の人間として
2012年10月28日 16:49
深い眠りに就いていた龍輝は、部屋の中の物音で意識を呼び戻される。
この部屋には、朝は龍輝しかいないはずだ。それなのに、他に人がいるような物音がするのはおか
しい。リッカだろうか。それとも、サラか。シャルルや巴かもしれない。
頭に浮かぶのが女性ばかりなのは他の男性諸君からすれば羨ましいことだろう。
瞼を開け、物音がする方向へ視線を向ける。
そこには、つい最近、初めて見た顔があった。
龍輝「スライ……シュレイド……。」
龍輝の呟きに気付いたスライが作業を続行しながら顔だけを龍輝に向ける。
スライ「おお、目ぇ覚めたか。」
龍輝「何やってんだ……?」
スライ「見て分からねぇか?どう見たってこれは看病ついでにお粥でも作る、っていうシチュだろ
うが。」
それはある程度見れば分かることである。粥を作っていたかどうかは分からないだろうが。
だが、龍輝が聞きたかったのは勿論そんなことではなくて。
龍輝「そうじゃなくて、なんでお前がここにいるんだよ?」
スライ「いや、お前に大怪我させたの俺だし。ってかこれ罪滅ぼしのつもりだし。ついでに話した
いことがあるし。」
罪滅ぼしをする時にわざわざ自分から罪滅ぼしをする、という人は滅多にいない。だが龍輝は、話
したいこと、に興味を持って、そっちには気を回さなかった。
龍輝「話したいことってなんだよ。」
スライ「決まってんだろ、『研究』のことだよ。」
龍輝「『研究』がどうしたんだよ……。」
スライが持ってきた粥を口にしつつ、会話を進める。
スライ「あの、シグナスってのは何者なんだ?」
シグナス・ルーン。龍輝にも彼が何者なのかは分からない。
ただ1つ、知っているのは。
――奴は、ただの魔法使いではない。
龍輝「知らねーよ。」
そう答える。答える義理もない、と思っていた。
スライ「だったら、何故、お前はあの『研究』に助力する?」
龍輝「……それだけが、俺の存在価値だから、かな。俺は、出来損ないの魔法使いなんだよ。」
誰かのためになる魔法など使えない、自分の利益にしかならない魔法、そんなことしか出来ない、
出来損ないの魔法使い。
スライ「出来損ないだぁ?お前を見りゃあ、周りの人間がどれだけ助けられてるかよく分かる。」
龍輝「助けてなんていねぇよ。俺は、今まで自分勝手に行動してきただけさ。逆に、俺はみんな
から助けられてたんだよ。リッカにも、シャルルにも、巴にも、サラにも。」
スライ「お前……!……はぁ……。」
スライが怒気を堪えて龍輝の傍に寄る。
スライ「お前、もっと自分を大切にしろよ。お前は、みんなに助けられてんのかもしれない。で
もな、それはお前がみんなに信頼されてるからだろうが。その信頼は、お前がしてきた
今までの行動が作り出してきたんだよ。」
龍輝「……!」
恐れていた。自分が彼女たちの輪に入っていると思い込んでいて、でも、龍輝自身がその資格が
ないことを。
スライは、龍輝自身が恐れていたところに土足で踏み込み、蹂躙していった。
龍輝は、そんなスライの率直さに、圧倒されていた。
スライ「お前は、ただの『研究材料』であり続ける必要はない。1人の人間として、もっと人生楽
しもうぜ。」
スライは、優しく微笑んだ。
龍輝は、ただ、俯くしかできなかった。
スライ「あとは、お前の問題だ。自分で色々と考えなよ。」
そう言い残すと、スライは部屋から出て行った。
龍輝「人生楽しめ、か。」
スライの言葉を反芻させる。が、今の自分では実感できなかった。
そんな時だった。ふと、思い出したのは。
スライが粥を作ったのはいいが、部屋の食材が底をついているのではなかったか。
龍輝「食材全然ねぇじゃねーか!」
仕方なく、久々にリゾート島に行こうと考えた。