6.「crazy」
今日は月曜日。いつもどおり学校に行って、いつもどおりの生活を送っている。
ちなみに、寮長や寮母の取り計らいで、今まで無理をして一人部屋に二人で暮らしていたのを、都合で部屋が空いたらしく、二人部屋を俺たちに用意してくれて、昨日はそこに荷物を移し変えるのに時間がかかった。
「なあ宗一」
「なに?」
「いんてぐらるってなんだ?」
「授業聞けよ」
「40分しっかり寝てた」
「よくバレなかったな」
「すげぇだろ」
「ある意味」
最初の質問は聞かなかったことにしておこう。それは俺の管轄外だ。
はてさて、次は物理だったか。
「あちゃ~……」
遠くで白河が情けない声を上げている。
近寄って何が起こったのか聞いてみる。
「いや、物理の教科書忘れちゃったんだ……」
「おい、それはヤベぇんじゃないか?」
俺たちのクラスを担当する物理の教師は、とにかく忘れ物に厳しく、何かを忘れると、授業のチャイムも聞こえなくなるくらい頭に血がのぼってカンカンに説教をする。
「あ~あ、ついに私の番かぁ~……」
相変わらず情けない声。
少し思考。
後ろのロッカーに足を運び、健斗のロッカーを探る。
何かすっげぇカオスだったが、俺はそこから物理の教科書を見つけ出す。
そして再び白河の元に戻る。
「これ、使えよ」
「えっ、でもこれ……」
「俺のじゃない。落ちてたのを拾ったんだ」
「それじゃ、落とした人が困っちゃうよ?」
「落としても気付かなかったんだ。大事なものでもないんだろ」
「いいのかなぁ……?」
「いいだろ」
そして白河も少しばかり迷う。
しばらくして、結論が出たのか、顔を上げる。
「い、いいよね?落とした人、ごめんなさいっ!」
健斗、ごめんなさい。
白河は後ろ髪を引かれる思いで教室を去った。
俺は数学の板書を移している健斗に声をかける。
「おい、次物理だぞ」
「おう、ちょっと待ってろ、準備してくる」
後ろの自分のカオスロッカーを漁るのだが、当然教科書は出てこない。
「あっれー、資料集とノートはあるのに、教科書がないな……」
「ないものは仕方ないだろ。大人しく怒られとけ」
「ま、またかよぉ~……」
今度はこちらが情けない声を上げる。
健斗はかれこれあの物理教師に再三に渡って怒られている。
その度に、物理講義室に戻ってきた時、その顔から生気がなくなっているのはもはやクラスの笑いの種であったりする。
「前みたいに言い訳をすればどうだ?」
「言い訳?」
「前は通用しなかったけど、これならいけるんじゃないか?」
「どんなんだよ……?」
「昨日、万引き犯が逃走しているのを見かけて、捕まえるために教科書を投げたら紛失しました、的な」
「おっ、それ、もっともらしくていいな!もらい!」
健斗は、今日こそはあの鬼教師に勝てる、と意気込んで、物理講義室に向かっていった。
俺も慌てて後を追う。
講義室では既に例の教師はスタンバイを始めていた。
「先生っ!」
いきなり健斗が教師に声をかける。何をするつもりだろうか。
「昨日、万引き犯が逃走しているのを見かけて、捕まえるために教科書を投げたら紛失しましたぁっ!」
うわぁ、ホントに言っちゃったよ、この人。
というか、なんだそのやってやったぜ的なドヤ顔は。
「……」
「せ、先生?」
「……篠原、ちょっと来い」
「あっ、はい」
さて、今日は何分だろうか。
彼のベストは授業始まって21分。
俺もそろそろ席に着くか。
斜め後ろから肩を叩かれる。
振り返る。
俺の斜め右後ろは、白河だ。
「これ、まさか篠原くんの?」
「みたいだな」
「うわー、どうしよ……」
「気にすんなよ」
「それ、小笠原くんが言う台詞じゃないよね……」
「それもそうだな」
そして、チャイムが鳴ると同時に、隣の部屋から怒号が。
『~~~~~~~~~~~~~~!!』
『ひっ、ひぃ~~~~~~~!』
健斗、ごめんなさい。
物理の時間が終了して、昼休みに突入する。
ちなみに健斗は、自己ベストを出すことはできなかった。
記録、18分24秒。
とりあえず白河から教科書を預かる。
「物理の道具、忘れるんじゃねぇぞ?」
「ごめん……、それと、篠原くんに謝っといて?」
「その心配はいらん。俺がうまくやっとく」
「あ、そう……」
白河、苦笑。
生気を吸い取られて廊下をふらふら歩く健斗を追いかけて、特別教棟の廊下に出る。
その時、窓の外、中庭にある人影を見つけた。
あれは……。
「一昨日の、兄(仮)……」
この学校の生徒だったのか?
その姿は、校門の方へと消えていった。
「ま、いっか」
そして廊下に視線を戻すと、健斗はさっきからあんまり進んでいなかった。
「おい健斗」
「な、何……」
「ほら、物理の教科書」
「ああ……――ゑ?」
その目は、何でお前持ってんだよ、と言っている。
「これはだな、あれだ。俺がクエストをクリアしたらその報酬でもらったんだ」
「クエストって何だよ」
「G級リオレウス討伐」
「そうだったのか……」
納得された。
個人的にツッコミ待ちだったのだが、これはこれでいい。
結果オーライだ。
だが、こっちがツッコみたくなってしまう。
現実として理解したのか?
ゲームだと分かって納得したのか?
というか、本来誰が持っててどこから出てきたのか言及しないのか?
こいつバカなのか?
喉まで出かかったが、我慢する。
会話が熱を帯びると面倒になる。
「ほら、教科書見つかったんだし、一件落着だろ。学食行くぞ」
「そ、そうだな」
すると後ろから、翔が歩み寄ってきた。
「これから学食?」
「そうだけど?」
「ああ、翔か」
「お供してもいいかな?」
「おう、一緒にいこーぜ」
翔を仲間に加え、学食に向かう。
「なぁ、翔、今日の演習問題、意味がさっぱり分からんのだが」
「お前は基礎の最初から分かってないだろ」
「そうだね、健斗はまず基礎基本から復習しなおさないとね。そうしたら何でも教えてあげるよ」
「そ、そうか?」
――その時。
突然の頭痛。
「くっ……」
「おい、宗一、どうした!?」
なんだ、なんだ、この感覚は。
病気で感じる頭痛とはわけが違う。
なんていうか、こう、異物が頭の中に無理矢理流し込まれる、というか……。
その痛みは、すぐに引いた。
「……あれ?」
「どうした?」
「もう、大丈夫みたいだ」
「本当に?」
「ああ……」
なんだったんだろうか。
何かが、始まってしまいそうな、そんな予感がする。
「なんか、食欲失せちまった……」
「保健室、行っとく?」
「いや、いい。ほら、学食行くぞ」
とにかくその日は、あまり勉学に集中できなかった。
――何か、嫌な予感がして。