6.ツナグミライ
2013年11月05日 23:17
~義之side~
ここは、白い世界。
前にも何度か、来たことがある。
そう、大切なあの人と出会った時から、逝ってしまった時まで。
何度も。
何か、夢を見ていたような気がする。
俺の大切な人が俺の元から離れようとして、でも、離れたくなくて葛藤していたような。
そして、気がつけばそいつは不可思議な力に翻弄されて、自分の悲しみを叩きつけていた。
俺は、そんなあいつが怖かった。
でも、逃げるわけにはいかなかった。
全ては俺が始めてしまったことで、俺が馬鹿なことをし続けたことで歪んでしまったお互いの気持ち。
けりをつけるのは、他でもなく俺自身じゃないといけなかった。
だから、思い切り叫んだ。
帰ろうって。
また一緒に過ごそうって。
俺たちには、幸せな未来が待っているはずだから。
そうでなくちゃいけない。
そうだろ?
でも、それらのことは、全部夢なんかじゃなかった。
本当にあったんだ。
馬鹿みたいだけど、どこかのB級ラブストーリーみたいだけど。
俺は、やるしかなかった。
それが、この様さ。
みんなにも、情けないところを見せてしまったな。
でも、本当によかった。
あいつと、元の関係に戻れて。
それ以上の関係になることが出来て。
ごめんな。
そして、ありがとう。
由夢。
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目が覚めると、俺は見知らぬ部屋で横になっていた。
ここはどこだろうと、少しきょろきょろしてみる。
久しぶりに匂う空気。
何度か来たことがあった。
そう、ここはどうやら病院の個室らしい。
なんで俺なんかに個室が割り当てられるのか分からんが。
枕元のちょっとしたテーブルに、ペットボトルのお茶があったので、キャップを捻って口にした。
なんていうか、文字通り水を得た魚の気分だ。
そのついでに台に置いてあるカレンダーを確認すると、今日が、俺が由夢に刺されて丸1日後のようだった。
ただ、左腕はどうにも動かなかった。
上体を起こして、少し記憶を引き出してみる。
ああ、そうか、なんていうか、かなり恥ずかしいことをしていたみたいだ、俺ってヤツは。
――こんこん。
ドアがノックされる。
「どうぞ」
俺が返事をすると、光雅が入ってきた。
どうやら見舞いに来たようだ。
「よう、体の方は大丈夫か?義之」
「問題なし。と言いたいところだけど、まだ若干左腕が麻痺してる」
「そうか。まぁ、あの時はホント終わったかと思ったぞ。あと数センチ刃がずれてりゃ心臓貫いてたからな」
そう、どうやら俺はあの時由夢に刺された時、若干の誤差で心臓や大動脈大静脈から逸れて一命を取り留めたらしい。
そして、助かったものの、肩近くの神経を若干やられたそうで、左腕にまだ麻痺が残っている。
次第に麻痺も取れてくるらしいが、1週間くらいは入院が必要とのことだ。
って光雅が言った。
ちなみに俺を病院送りにした由夢については、光雅とさくらさんが事情をしっかりと説明してくれたおかげで、精神不安定になったりはしていないようだ。
というかむしろ俺の魂の叫びを何度も光雅やさくらさんにリピートされたせいで赤面してたとか。
「ところで、お前これから音姉の手伝いがあるんだろ?俺なんかいいから早く行ってやれよ。音姉喜ぶぞ?」
「いやいや今はお前の方が心配……と言いたいが今はその必要もないんだな」
「は?」
「ま、あまりいちゃいちゃし過ぎるなよ?」
「お、おい、どーゆーことだ!?」
光雅は俺の質問を無視して、アッハッハと杉並みたいな高笑いをして部屋から出ていった。
一気に部屋が静かになってしまった。
すると、また誰かがノックする音が。
「ど、どうぞ……」
なんというか、予感というか、ねぇ?
まだ心の準備とか出来てないんだけど。
「こ、こんにちは……」
まぁ、こうなるよなぁ……。
うん、そこにいたのは夢でも幻でもない、由夢だった。
「あー、そのー、風邪の方は大丈夫なのか?」
「や、えと、その、はい……。じゃなくて、義之兄さんこそ大丈夫ですか?その、私が、怪我をさせてしまったみたいだし……」
頬を紅潮させて、俯きながら瞳をチラチラとこちらに向ける。
なんだ、その、あれだ。
あれだけ言ってからのこれだから、なんというか凄く緊張する。
「俺の方は大丈夫っぽい。光雅が、1週間ほどで退院できるって言ってた。それに――」
「そ、それに……?」
「多分、聞こえてたんだろ?これからは、ずっと一緒だって……」
「――ッ!?」
って、わーっ!
なんてこと言ってんだ、俺!?
どこかにドリルかショベルありませんか!?
穴を作って潜り込みますので、至急準備お願いします!
んでも、まぁ、そうだよな。
「なんか、色々あったけどさ、結局、俺は由夢のことが好きなんだ。お前がつけたこの傷跡は一生消えないそうだけど、それでもこれを見るたびに、昨日だかの出来事を絶対に思い出すしな。この傷も受け入れて、初めて俺はお前の全てを受け入れることになるんだと思う」
「あ……」
ポーッとしている由夢を抱き寄せる。
光雅が音姉と結ばれた時も、こんな、温かい気持ちだったんだろうな。
「わ、私も、ずっと、ずっと前から、義之兄さんのことが好きだった……」
なんでもっと早く言ってくれなかった、と訊こうとしたけど、それができたんじゃ最初からこんないざこざは起きなかっただろう。
今はただ、こうして一緒にいられることに、感謝をしたい。
「……あのさ、由夢」
俺は1つ、こいつに聞いておきたいことがある。
「なに?」
「どうして、俺を避けようとしていたんだ?」
「……」
由夢は黙り込む。
それは、由夢にとって、大きな不安、恐怖となりえるものだったのだろう。
「俺なんかでよければ、話してくれ。言ったろ。ずっと傍にいるって」
「……うん」
そして由夢は、決意を固めたような表情をして、口を開いた。
「義之兄さんは、夢って、見る?」
「夢?」
夢は見るけど、自分の夢を見ることは滅多にない。
俺は、他人の夢を見せられる力を持っている。
……いらないけど。
「私は、見ないんだ」
「え……?」
夢を見ないって、人間にそんな事があり得るのか?
「私が見るのは、未来だけ。夢で、未来が見えるんだ。予知夢ってやつ」
「予知夢……」
そういや、言ってたっけな、由夢の看病をしていた時に。
分かっていた、と。
まるで、俺が6時までに帰ってこれないことを予め知っていたかのように。
由夢は、俺を信用していない訳じゃなかった。
もしそうなら、最初から6時に帰ってこいなんて言わなかったはずだから。
「私は、小さい頃からたくさんの夢を見たんだ。それらは、全部現実で起こった。最初は偶然だと思ったんだけど、現実で起こったことに、いつもデジャヴを感じていた。それは、夢の中で見た光景だったから」
「ちょっと待って。もしかしたら、お前はあの日俺が6時に帰ってこない夢を見たんだろ?それなのに、どうしてあんな約束を……?」
「兄さんたちが、いなくなる夢を見たんだ」
「俺と光雅が、いなくなる……!?」
「義之兄さんが、私の目の前で消えて、光雅兄さんが、お姉ちゃんの前で横たわってて、起きなくて、お姉ちゃん、泣いてて……」
それが、現実になってしまうのか?
「それが現実になるなんて、嫌だった。だって、光雅兄さんも、義之兄さんも、大好きだから。離れ離れになりたくなかったから……。だから、少しでも未来を変えようとして、頑張ったんだよ。夢で起こったことを記録して、事前にそれを防ごうとして」
これまで、由夢が何度も俺たちの前で姿を現していた手帳。
あれは、由夢が見た夢の内容が書かれていたというのか?
「ほんの少しだけ、光雅兄さんが未来を変えてくれたことが、1度あった。光雅兄さんは、不思議な力を持っているから、そうなったのかもしれない。でも、それっきりだった」
――未来は、変えられないんだ。
「私は、それでもみんなと、兄さんたちと一緒に暮らしていける未来を夢に見てた。諦めたくなかった。諦めたら、本当に2人とも私の前からいなくなっちゃうような気がしたから。だから、私は最後に、義之兄さんに夢を託した……」
6時までに帰ってくる。
それはとても簡単なことだった。
でも、由夢は俺が帰ってこれない未来視をした。
だから、その境界線をはっきりさせるために、最後の挑戦の意味をこめて、俺にそうさせたんだ。
だが。
――俺は帰ってこなかった。
「そこで、諦めたんだよ。未来は変わらない。兄さんたちはいなくなる。夢を見るのは、もうやめようと思った。だから、せめて別れが辛くならないようにって、最後まで距離を置こうと思った。でも、それでも、出来なかった。ずっとそうしていくつもりだったのに……。こんなにも兄さんたちのことが好きだったから。私は、最後まで弱かったんだよ……」
――私が、弱いから。
あれは、そういう意味だったのか。
違う、違うよ、由夢。
お前は、弱くなんかない。
お前はずっと強がってたんだ。そして、何年も意志を貫いて強がっていられる強さがあったんだ。
いつだってお前は、俺たちのことを考えていた。
誰よりも、俺たちを救おうと考えていた。
光雅と同じように。
むしろ弱かったのは、俺の方だったんだ。
何にも気付かないで、1人だけ平和を満喫してて。
誰の苦しみにも気付いてあげられなくて。
みんなが苦しんでいたのに。
俺はいつだって、全てが終わってからだった。
何にも、出来ないんだ。
由夢は、俺たちを救おうとして、行動できた。
それがたとえ、自分を苦しめる行為だったとしても。
俺は、涙を流していた。
悔しくて――嬉しくて。
一番ぐうたらなくせして、誰よりも家族思いだったこいつの、本当の真意に気付いて。
だから俺は、お前に最高の誓いをしよう。
「……義之兄さん?泣いてるんですか……?」
ああ、泣いてるよ。
俺に出来ることは何もない。
でも、好きな女を泣かせるわけにはいかない。
自分はここにいる、と主張するように、俺はぎゅっと由夢を抱きしめる。
「由夢、俺はいなくなったりしない。勿論光雅だって。もしそんなことが本当に起こったとしても、俺はお前を1人にさせたままになんかするもんか。絶対に戻ってきて、死ぬまでお前と一緒にいてやる。だからさ、お前は安心して、幸せな未来だけ見てなさい……」
「義之兄さん……」
「お前が不安がる未来なんて、俺が、俺たちが何とかしてやるからさ。俺を信じろ」
「うん……!」
俺は、その時、見た。
由夢の幸せそうな、心からの笑顔を。
その瞳には、嬉し涙を浮かべて。
そんな由夢が愛おしくて。
俺は由夢に――
――ちゅっ。
軽く、口づけをした。
「キス、しちゃった……」
「欲しかったら、これから何度だってしてやる。お前が飽きるまでな」
「責任、とってね。こんなに好きにさせたんだから」
「ああ」
俺は、多少麻痺が残っている左手に、意識を集中させた。
握り拳を作り、ゆっくり開く。
そこには、麻痺で感覚が崩れているのか、失敗した大福が乗っていた。
でも、その形は、あの時、由夢の笑顔を取り戻した、純一さんから教わったばかりの『笑顔の魔法』で作った変な形の美味しくない大福と、被ってるような気がした。
「これ、食うか?」
「……うん」
俺の隣に腰掛けて、由夢が大福を食べる。
「美味しい……」
「そっか」
「あの時のこと、覚えてる?お母さんが死んじゃった後……」
「勿論だ。忘れるわけないだろ」
「そう、だよね……」
由姫さんにも、約束した。
音姉と、由夢を守るって。
だから、俺は由夢を1人になんかさせるものか。
どんな未来が待っていようと、俺は必ず、ずっと由夢の傍にい続けてやる。
だから、これからもよろしくな、由夢。