7.「step」

2012年12月16日 11:56

「準備できたか?」
「はい」
今日から響子は学校に登校することになった。
一応、元住んでた場所が火事になったが、それでも顔を出しておかないとクラスメイトとかが心配するだろう。
それに、こいつ自身、『日常』の住人なのだから、『非日常』の俺と同じような生活はするべきじゃない。
そして俺も、すぐに『非日常』から脱却するんだ。

とりあえず、前俺たちを襲撃した連中はまだ生きている。
そして、俺に連れがいることも、既に組織の人間は把握しているだろう。
俺が傍にいない間、一人でいるところに襲ってくるとも限らない。
だからしばらくの間、学校の送迎はする必要がある。
面倒臭いんだが。
「そんじゃ、さっさと行くぞ」
靴を履いてしゃがみこんでいる響子の腕を引っ張り、立ち上がらせる。
部屋を出て、施錠を確認。
「お前の学校って、どこなんだ?」
「あ、えっと、ここの近くの市立の小学校です」
そうか、小学生だったのか。
まだロクに外の世界を体験したことのない無知の人間が、火災で居場所を失いかけるなど、この世界はどれだけ理不尽なのだろう。
もっとも、俺も数日前までは明らかに奪う側だったのだが。
「バスとか、公共交通機関は使わないのか?」
「いえ、バスとか電車とか、あんまり好きじゃないんですよ」
「そりゃまた、どうして?」
「ぎゅーぎゅーになるのが、暑くて、苦しくて、痛かったりして……」
なるほど、それは利用者全員に共通する苦情かもしれない。
人ごみ大好きな人間なんてそういないだろ。
「お兄ちゃんも、今日から学校ですか?」
「というか、許可もらってくるだけだ。一度は腐りきった人間だから、許可出るかどうかわかんねぇけど」
「きっと大丈夫ですよ」
「そうなればいいんだがな」
そうやってしばらく他愛無い無駄話をしていると、学校のような建物が視界に入ってきた。
「あれか?」
その建物を指差す。
「いえ、こっちは中学校です。この隣が、小学校なんですよ」
「ふぅん」
その時、響子の歩くペースが遅くなっているのを感じた。
何か妙にぎこちない。緊張しているのだろうか?
その手は空を彷徨う。
まるで、ないものを必死に捜し求めるように。
その手を握ってやる。
「何緊張してんだよ」
「あ、分かりました?」
「俺の洞察力を甘く見るな」
そして、緊張の原因を話し出す。
「怖いんですよね。みんなが」
みんなが……怖い?
「人って、自分より劣っている人を見つけては安心しますよね。自分よりも生活環境の酷い人、つまり、私みたいな人を見つけては、いろいろ言いたいことを言って、自分が上である事を主張したがるんですよ」
その達観したような台詞は、以前にも同じことをやられてたかのような口ぶりだった。
きっと、親を失って孤児院に入れられた時から、学校にいると、そういう連中は増えていって、いじめまがいのようなことを経験したのだろう。
「だから、火事で住む所を失った私に、みんなどんな言葉をかけてくるのか、怖くて……」
確かに、言いたいことは分かる。
でもそれでは、本当の『日常』は帰ってこない。
「強気でいけよ」
「え?」
「お前が強気でいるなら、みんなは黙るだろ。弱いから、そういう連中はお前を見下す。だったら、お前が強くでりゃいいだけのことだろ」
「……そう、ですよね」
「虚勢でも、ハッタリでも、お前らくらいの年齢なら通用するだろ」
こいつが言っていたことは、俺が今までいた世界でもよくあったことだ。
弱みを見せることは、死を意味する。
だから、どんなハッタリでも、かまさないよりはよっぽどマシだった。
俺も、いろいろなハッタリをかまして生きてきた。
デスゲームの時の狂った嗤い声もそのハッタリのひとつだ。
自分を大きく見せることが、時には道を切り開く。
一種の、処世術のようなもんだ。
「ありがとうございます」
「お礼なんていらんから、とにかくいじめられないように生活しろ」
「は、はい」
そして、校門に着く。
「行ってきます、お兄ちゃん」
「ああ、帰りも迎えに行く。ここで待ってろ」
響子は、校舎へと消えていった。
さて、次は俺の番か。

昼前に、俺は以前通っていた高校に到着した。
しばらく見ていなかったこの景色。
一年ほど前は、忌々しく感じていたのが、今となっては、既に羨望の対象となっている。
一応一旦アパートに帰って、制服を着用してきた。
大事なチャンスのため、学校の職員に対しては思い切り謙らなければならない。
そのためにしっかりとホックまで閉めているのだが、これがキツイったらありゃしない。
まだこの学園の敷地の構図はしっかりと覚えている。
裏庭に回り、職員室に近い入り口から、スリッパに履き替え、廊下を進む。
ほんの数十歩で、職員室に着いた。
俺の去年の担任は。
――いた。
運よく授業に出ていないようだ。
ドアをノックし、入室する。
「失礼します」
久しぶりの小汚い空間。教師の溜り場というのは、本当に吐き気がする。
そして、俺の入室に気付いた教師たちが、俺を見たとたんに唖然とする。
そりゃ、しばらく不登校だった不良生徒が学ランのボタンを上まで留めて、あまつさえホックまでしているのだから。
その時、元担任が俺に気付き、声を上げる。
「お前は、……大西か?」
「……はい」
そのやり取りを聞いた外野が、ひそひそと騒ぎ出す。
俺はある意味でこの学校の問題児だったから。
「何をしにきた?」
その質問は、俺にとって大きな試練だった。
ここの発言で、俺の先が決まる。
ここでしくじるわけにはいかねぇ。
「俺を、復学させてください」
また、外野にどよめきが走る。
目の前の教師は暫し沈黙。
「なぜ、今更なんだ?」
「心境と環境の変化ってやつです」
「ほう……」
教師は自分の髭を撫で、混乱した状況に整理をつける。
「ちょっと待ってろ、教頭先生と校長先生に話をつけてくる」
その時俺は少し、希望が見えた気がした。
この教師は、俺みたいなクズでもすぐに見捨てるような真似はしないでくれる。
しばらくして、その教師が帰ってくる。
そして、俺の前に立ち、口を開く。
「許可は下りたが、条件があるそうだ」
「条件……?」
「まず、今度この学校でマーク模試があるんだが、それを受けてもらう。理系教科か、文系教科か、好きなほうを選んでいい。その時、900点満点中、少なくとも600点は取らなければアウト、だと」
「編入テストみたいなもんですか」
「そうなるな」
マークテストで600点を取るのは、勉強をしていない奴では難しい。つまり、俺に高校で勉学の指導を受ける資格があるのか、それを試そうというわけだ。
「分かりました。それはいつですか?」
「来週の、土曜日だ」
期間は1週間弱。
間に合うだろうか?
「分かりました」
「過去問とか、何か勉強できる道具は必要か?」
「いえ、自分で何とかしてみせます」
「ほう、面白い」
「それでは、これで失礼します。俺みたいなのに便宜を図ってくださって、ありがとうございました」
「いや、俺は何もしていない。これからお前がやるんだ」
「そうですね、それでは」
「期待しないで待ってるぞ」
俺はそのまま職員室を後にし、校舎から出た。
さて、犀は投げられた。
とりあえず、時間がない。
一度本屋に向かって参考書を買って帰るか。
使用科目は7教科。1日2科目勉強して、2日で復習をするか。
なんか、無茶苦茶なスケジュールだが、何とかなるか。