7.唯一の安らぎ

2013年01月08日 19:28

清隆にリッカ、シャルルが原因不明の意識消失から数日。

龍輝はずっと1人でいた。

誰とも会いたくなかった。

色々考えるべきことがあった。

誰かに縋り付きたかった。

でも――。

禁呪の最も簡単で手っ取り早い解除方法。

それは、術者を殺すこと。

そして、その術者は、あろうことか、あの葵だった。

そして、ジルは言っていた。

彼女は、自分の死を未来視したと。

そして、死を免れるために同じ時間をループさせる魔法を発動した。

その魔法を解くために、死から逃れるための魔法を消すために、その死を受け入れなければならない。

なんと残酷な話だろうか。

龍輝に、そんな事が出来るほど冷酷に離れなかった。

龍輝「どうすりゃ、いいンだよ……。」

方法は、他に何かないのか?

その時、突如部屋の扉が開いた。

その突発的な何者かの行動に、龍輝は苛立ちを感じた。

だが、その苛立ちは、すぐに安堵へと変わった。

龍輝「――サラ……?」

サラ「先輩……。」

走ってきたのか、息を荒げて、肩で息をしていた。

龍輝「どうしたんだよ、急に……?」

サラ「リッカさんから聞きました。先輩が元気がないって。一体、何があったんですか?」

龍輝「リッカに言われたから、来たのか……?」

サラ「いいえ、先輩が、心配だったから。また、1人で塞ぎ込んでしまうんじゃないかって、思ったか

   ら、先輩を元気に出来るのは、その、私しか出来ないかな、って、思ったから……。」

龍輝の中で、何かが弾けた。

同時に、サラを強く抱きしめていた。

誰かに縋り付きたかった。

その相手が目の前に現れて、本当に安心してしまった。

サラ「先輩……。」

龍輝「しばらく、こうさせてくれ……。」

サラ「はい……。」

そして、2人の時間はゆっくりと過ぎていった。

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サラが傍にいるのに、こんなところで悲しみに暮れていては、せっかくの時間が無駄になる。

そう思った龍輝は、サラと一緒にグラウンドに出ていた。

サラ「先輩、こんなところで、何をするんですか?」

龍輝「さっきも話したように、俺は何でも出来るようになったんだ。だから、この機会に、俺とサラの

   2人だけの秘密の魔法を作らないかってこと。」

サラ「そんなことが、出来るものなんですか?わ、私、そんな技術も知識もないですし……。」

龍輝「サラにしかないものがあるだろ。サラなら、他の誰にも負けない魔法が。」

そこでサラははっと気付く。

サラ「術式魔法……。」

龍輝「その通り。それなら、俺たち2人で練り上げたものでも、サラだって使うことが出来る。サラは

   頭の回転も速いから、術式の展開方法もすぐに慣れるだろ。」

サラ「大丈夫ですかね……?」

龍輝「ああ。きっとな。」

さて、独自の魔法を作る時、色々と考えないといけないことがある。

まず、当たり前だが、どのような魔法を作るかだ。

龍輝「どんなものがいいか……?」

サラ「術式魔法ですから、基本的には、自分自身や対象の魔力を強化したり、消耗した魔力を回復した

   り、というのがセオリーですね。」

龍輝「う~ん、どれもありきたりだな。」

サラ「そんなに独創的なものがいいんですか?」

龍輝「当たり前だ。誰かにパクられたらつまらんだろ。」

それなら、セオリーと真逆のものを作ればいい。

そう考えた。

龍輝「逆に、対象の魔力をゼロにする術式魔法、なんてどうだ?」

サラ「そんな魔法、どこで使うんですか?」

龍輝「なに、実用性なんて二の次だ。用は俺とサラが2人で作った、ってのが大事なんだよ。それに、

   もし凶悪な魔法使いを相手にした時に、先手で発動することが出来れば被害なしで対象の魔法を

   封じることが出来る。」

サラ「なるほど……。」

そこで、サラも何か案を思いついたようだ。

サラ「それなら、同時に、ある一定空間上での魔法効果を無力化する術式も加えていいんじゃないでし

   ょうか。似たもの同士の効果を持つ術式同士ですし、同時展開でも十分安定するはずです。難し

   くなりますけど……。」

龍輝「おっ、それいいな。採用しようぜ。」

サラも意外とこの計画に乗ってくれたので、提案した龍輝も十分楽しんでいる。

さて、効果を決定したところで、次は既存の術式などからどれを使って目的の効果を持つ術式を組みあ

げるかだ。

ある1つの効果を持つ術式でも、複数のタイプの型があり、式の難しさでその効果の強さや精度が変わ

る。

ここが一番難しいところである。

龍輝「サラ、お前が公開できる術式で、魔法効果の無力化の術式を可能なだけこのノートに書き出して

   くれるか?」

ノートを取り出し、ペンと一緒にサラに渡す。

サラ「分かりました……。対象の魔力をなくす術式はどうするんですか?」

龍輝「それは魔力強化の術式をマイナス側に持っていけば何とかなるだろ。数式の符号をマイナスをつ

   けて全て逆にするような要領で。」

サラ「そうですね。」

サラはペンを自分の顎に当て、少し考える素振りをする。

そして、少ししてノートに術式を書き出していく。

龍輝はそのペンを目で辿っていく。

まず、一番簡単な、自分に触れようとする魔法を無効化する術式。

これだけでも初心者には十分難しい術式で、これがいとも簡単に出てくるサラの頭の良さと努力の量が

垣間見える。

続いては、座標指定をしてその座標に存在する魔法効果を打ち消す術式。

これは空間図形の知識がないと理解できず、更に操作するのも至難の技だ。

その他にも、複数の効果がある魔法の、一部または複数効果だけを無効化し、その形だけを留めておく

効果を持つ術式に、魔力の量で打ち消すかどうかを選択し、自動的に分別する術式、そして、もっとも

危険だが、自分の周囲のフィールドに結界を展開し、その中にある魔法効果を全て無に帰す術式などが

あった。

龍輝「おいおい、この術式まだ一般公開されてないんじゃないのか?」

サラ「いえ、いいんです。どうせ使うのは私たち2人だけですし、組み合わせ次第で完全なオリジナル

   が出来ると思ったんです。」

言い終わって、サラはにっこり笑った。

龍輝「なるほどな。」

さて、サラがペンを置き、自分が知っている全ての術式を出し切ったことを伝えた。

そしてどの術式を使うのか、サラ自身でも考えていると。

龍輝がとんでもないことを提案し始めた。

龍輝「全部ぶち込まないか?」

サラ「……へ?」

突然の発言に、サラの思考が追いついていない。

そして、ようやく理解したらしく、とりあえず言葉を紡ぎ出す。

サラ「ちょ、せんぱ、いぃきなり何を言い出すんですか!?」

龍輝「面白そうだろ?」

サラ「面白そうって、はぁ~……。」

龍輝の提案を否定するように突っ込んだのはいいが、龍輝の輝かしい笑顔に気圧され、結局その案を受

け入れるしかなくなってしまった。

龍輝「心配するなよ。全部ぶち込むって言っても、類似するものは外すし、全部を同時展開するわけで

   もない。圧縮してその場に応じて展開する術式を選択できるっていう万能術式にしたいと思うん

   だ。」

サラ「もうそれ私使えないですよね?」

龍輝「そんなことはない。よく見てみろ。」

そこで、龍輝は書き出された術式のうち、それぞれ類似していないものをピックアップし、それを全部

組み合わせていく。

そこで、面白い現象が起こった。

数学で言う、約分、有理化、そして公式を使って整数にまとめるような方法を使って、この難解な術式

をクリサリス家の人間だからこそ解読できるレベルの式にまで整理していったのだ。

サラ「すごーい……。」

そして、そこに対象の魔力をなくす術式を組み込むことで、この術式は、世界でたった一つのものとし
て完成したのだ。

龍輝「完成、だな。」

サラ「そうですね……。」

龍輝「さて、使ってみるか。俺がサラに向かって大きな魔力の波を繰り出すから、それを術式を使って

   消してみてくれ。」

サラ「い、いきなりですかっ!?先輩が先にやってくれたほうが……。」

龍輝「何を言う予科のヒヨッ子が。習うより慣れろという言葉を知らんのか?」

サラ「わ、分かりました……。」

渋々受け入れると、術式魔法を展開する体勢に入る。

そして目を瞑って精神を研ぎ澄まし、術式の通りに魔力の流れを作り出す。

勿論術式魔法なので魔力は少量でいいのだが、使っている術式はかなり難しいもので、かつ初めて使用

するものなので、その動作はかなり慎重になる。

そして、準備がそろそろ出来るだろう頃に、龍輝も攻撃魔法を準備していた。

そう、『攻撃魔法』である。

津波のような、広範囲を攻撃できる魔法。

だがしかし、それはスライやリッカが戦闘の時に使うような威力のあるものではなく、軽い威嚇に使う

程度のものだ。

それでもサラは若干怯んだようだ。

龍輝は、ゆっくりとその攻撃魔法をサラに接近させる。

そして、同時にサラも覚悟を決めて広範囲に及ぶ術式を一気に展開させた。

その球体に飲まれた龍輝の魔法は、一瞬にしてその形や効果を消した。

龍輝「俺たちは実に恐ろしいものを作ってしまった……。」

サラ「そう……ですね……。クリサリスの術式にも、ここまでのはありませんでした。」

普段なら成功した時に体全体で喜びを表現するサラも、今回ばかりは少しばかり引いていた。

龍輝「これを使うのは、本当に危険な時だけな。」

サラ「何かあったら先輩のせいですからね。」

龍輝「あいよ……。」

そして微妙な空気の中、少し歩いて休憩できる場所を探した。

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サラ「先輩、何を悩んでいるんですか?」

龍輝「悩んでいる、ねぇ……。」

木陰で座って休んでいる時、サラの急な質問に対して返答に困った。

悩み、と表せるくらいならどれほど楽だったろうか。

龍輝「んー、何でもない、とはさすがに言えんが、問題はない。心配するな。」

サラ「そうですか。」

龍輝「それに俺は、隣にお前がいてくれるだけで何でも出来そうな気がする。お前のためなら、俺は死

   んだっていい。」

サラ「先輩。」

サラが悲しげな表情で龍輝を呼ぶ。

サラ「死ぬなんて、簡単に言わないでください。私は、ずっと、その……ずっと先輩と一緒にいたいで

   す。だから――」

サラのその言葉を聞いて、龍輝は自分の発言に後悔した。

確かにそうだった。

龍輝はただ、傍にサラがいてくれればいいだけ。それはサラにとっても同じなのである。

そんなサラから龍輝が奪われるようなことがあれば、それこそサラは深い悲しみに包まれるだろう。

龍輝だって、サラを悲しませたくなかった。

サラの頭に手を乗せる。

これまでなら、子ども扱いしないでください、とその手をどけられたが、今ではもう払いのけられるよ

うなことはない。

龍輝「ずっと、傍にいてやるよ。お前が俺を捨てるまで、俺は墓場に入って天に召されてもお前に付き

   添い続けてやる。」

サラ「先輩。――ずっと、一緒です。」

サラの肩が、龍輝の腕に引っ付くくらいに接近し、その華奢で小さい体は、龍輝の腕に委ねられる。

龍輝は、この幸せな時間を壊さないように、悲しみを生むことのないように、その先の未来を得ようと

して、静かに足掻き始めた。