9.力と、想いの衝突

2013年11月05日 23:32
~音姫side~
 
ズタズタにされながらも、光くんはずっと立ち続けた。
そして、光くんのお兄さん――龍雅さん、といったか――が、光くんに向かって、全力を以って殴りかかる。
光くんは、ただその瞬間を見据えるだけで、何も行動はとらなかった。
そして、2人の拳は、腕は交差した。
その瞬間、光が弾ける。
急な閃光に、私は目が耐えられなくなり、たまらず瞼を強く閉じる。
それでも瞼を貫通して光が入ってくるため、腕を使って遮光せざるを得なかった。
そして、眩い光が消え、視界が開けてくると同時に、私も自分の眼で周囲を確認した。
光くんは――木にもたれるように、座り込んでいた。
一方龍雅さんは、遠くにうつぶせに倒れていた。
終わったのかな?
そう思ったが、龍雅さんは、まだ立ち上がった。
 
「はは……やったぜ」
 
光くんが呟く。
そして、その左手を天にかざし、勝ち誇るように笑みを浮かべた。
 
「第一段階、クリアだ」
 
~光雅side~
 
「お前、何した……!?」
 
立ち上がった兄さんは表情を驚愕で染めて、俺を殺意に満ちた視線で睨んでいる。
それに対して俺は、座りながらも空にかざした左手を握ったり開いたりして、その存在のありがたさを再確認していた。
 
「俺の第2の能力さ。≪能力束縛(パワーオフ)≫ってやつだ」
 
「何……?」
 
「いつもは俺のもう1つの能力、≪魔術創造(マジカルクリエイト)≫と組み合わせて使ってた能力でな、特殊なコーティングをされた鎖に触れた、俺が危険だと思う物質の、その危険要素を消す力だ。それを、俺は今回魔法なしで、直接この拳で発動させたのさ」
 
「バカな!?異能は俺の結界が封じていたはずだ!」
 
そう、俺はその結界を破壊することに成功したのだ。
俺の≪能力束縛(パワーオフ)≫は、いうなれば奇跡の力などではない。
それは、ぶっちゃけて俺の体質みたいなもので、好きなタイミングで発動できるものなのだ。
それを、相手の術の中心、つまり、兄さんが包帯をほどいて露わにした、その右目にヒットさせたのだ。
俺が兄さんの攻撃を回避することなく正面からカウンター狙いで受けていたのは、その間合いとタイミングを測るためだった。
 
「さて、そろそろこっちも本気で行かせてもらおうか!――ッ!?」
 
力を蓄えようと魔力を1から練ろうとしたが、あまりの身体ダメージに、まともに練ることができない。
これじゃ、≪solitary Pluto(孤独の冥王星)≫すらも展開できない!
 
「ハハッ、ここまでか!タンマはなしだぜ!俺の結界を消したことは称賛に値するが、残念ながらここまでのようだな!」
 
「待って!」
 
静止をかけて、俺と兄さんの間に割って入ったのは、さくらだった。
 
「誰かと思えば金髪。俺たちの喧嘩は俺たち家族の問題だ。邪魔をするんじゃねェ」
 
「家族の問題なら、ボクにだって介入する権利はある。ボクは光雅くんのお姉ちゃんだから!」
 
「ほう、光雅が回復するまでのつなぎになろうってか。面白れェ。かかって来い!」
 
~さくらside~
 
ボクがここで光雅くんに時間を稼がなくてはならない。
ボクでは彼を倒すことはできないかもしれないけど、それでも時間稼ぎくらいにはなるはずだ。
だからボクは、大切な家族のために、戦う!
ボクの生きてきた歳月は、決して無駄じゃなかった。
ボクは、ここでみんなのために戦うために、今までの経験と、積み重ねてきた想いと、そして、守りたいものを守る覚悟で、ボクの力を、想いを昇華させる!
 
「行くよ!『月光桜-蓋世不抜之型-』!」
 
おばあちゃんの植えた桜。
ボクを守ってくれた桜。
そして、みんなを悲しませた桜。
それでもこの桜は、決して悪くない。
それは、ボクの我が儘で、みんなの我が儘で。
我が儘なんて、誰もが持つもので。
だからボクは、そういったものを一纏めにして、想いの力として、魔法として束ねる!
存在しないはずの桜の花びらが、ボクの周りに集い、しんしんと舞い踊る。
それは、桜が咲き誇っていたころの風景と似通っていて、まるで夢を見ているみたいだった。
 
「これは、ボクの夢。ボクがキミに見せる、ボクの夢で、ボクの想いの重さだよ」
 
何年も、何十年も積み重ねてきた想いは、強力な力となりボクに味方する。
舞い踊る桜の花弁は、次々にその数を増やし、そして――
 
「狂い咲け!『百花繚乱』!」
 
その全てが、お兄さんを包み込む。
この桜の花びらの1枚1枚には、強力な魔力が仕込まれていて、触れれば普通の人間なら死にはしないまでも一撃で昏倒する威力を持つ。そして更に魔法防御を無視してダメージを与えるため、防御はほぼ不可能。
となれば、躱すしか選択肢がないが、この桜吹雪の中で、回避するのは同じく不可能に近い。
花びらに包まれた彼の姿は今は見えない。
しかし、この程度で勝てるような相手じゃないはずだ。
だからボクは次の手を講じる。
 
「まだだ!『渾然一体』!」
 
無数に舞う桜の花びらの内少しばかりを周囲に集めて、それを小さく集約する。
その桜の花びらの色をした、薄紅色の光の玉を更にたくさん作り出して、それらを更に1つにする。
そしてできた1つの巨大な桜の夢の結晶。
狙いはあの桜吹雪の中。
 
「少し痛いのを我慢してもらうよ!」
 
その瞬間、桜吹雪は消え去った。
彼が自分の力で吹き飛ばしたのだ。
でもボクは驚かない。
その表情は、あまりにも必死だったからだ。
いくら戦闘能力が高くても、防御を無視した弾幕攻撃は対応できないだろう。
だからボクは焦ることなく、狙いを定めて。
力を解き放つ。
 
「ナニィィィ!?」
 
驚愕の声。
そこの絵が聞こえた次の瞬間には、彼は光の中にいた。
だが、それでも、まだ、彼は倒しきれてはいない。
 
「……≪絶対値修正(マイナスカウント)≫」
 
光は徐々に小さくなり、次第に消えてしまった。
彼は肩で息をし、苦しそうにしている。
 
「……クソッ」
 
苛立たしげな目線。
殺気と、プレッシャーを漂わせて、ボクを睨みつける。
恐らくさっきのは、ダメージを軽減するための魔法だろう。
そして彼は――攻めてくる。
 
「ハァァァァァァ!!」
 
彼の気迫と共に、ボクの周囲にたくさんの魔法陣が出現する。
暗い紫色の魔法陣。
強力な魔力を帯びたそれは、半永続性があると見たほうがいいかもしれない。
そしてそれらは、さっきボクがやったことと同じように、全方位から弾幕攻撃を仕掛けてきた!
でもボクだって伊達に光雅くんに特訓してもらってない!
 
「『月光桜-明鏡止水之型-』!」
 
心を研ぎ澄まし、静寂を、沈黙を維持する。
瞳を閉じ、ただ鏡のように景色を映し出す、波紋1つ立てない水面のような、澄み渡る心。
そしてそれに導かれるように、桜の花びらはボクの周りに集まり、その姿を消した。
全ての攻撃は、桜の渦が呑み込む。
どれ1つとして、ボクに当たることはない。
そして、それを見かねた彼は、自ら突貫を仕掛けてくる。
ボクは焦らない。
ただその接近を待つ。
そしてゼロ距離になった瞬間――
 
「我が鏡に一片の曇りなし――」
 
「どわァァァ!?」
 
何も起きないまま、彼は吹き飛んだ。
ボクは、今まで溜めてきた彼の弾幕砲撃を、全て反射の力に変換し、彼がゼロ距離に入った瞬間、カウンターの原理で吹き飛ばしたのだ。
彼は地面を転がりながらも、なんとか体勢を立て直して着地した。
そろそろ、全力を出さないと、ボクは殺される――
 
「『月光桜-天衣無縫之型-』!」
 
再びボクの周囲に消えていた桜の花びらが姿を現し、ボクの周囲を渦を巻きながら舞い踊る。
そして、それはボクの腕に、足に、そして背中に羽を、翼を形成していく。
具体的には速度上昇、魔力の効率的な配分による、攻撃と立ち回りの敏捷性に特化したスタイル。
それがこの、天衣無縫。
桜の翼が薄紅色の光を放ちながら、その推進力で以ってボクの移動速度を高める。
残像を作りながら、相手の視界を飛び回る。
相手は縦横無尽に魔力の斬撃を放ち、ボクの行動を阻もうとするが、ボクにはその攻撃はゆっくり見える。
だからボクは、躱しながら、時には防御しながら接近する。
イメージするは、槍。
ロイくんが使っていたような、どんなものでも貫く、最鋭の槍。
イメージ通りに、幻想通りに桜の花びらはそれを形作ってくれる。
かつてはボクを、ボクたちを苦しめてきた枯れない桜の、無意識に願いを叶えてしまう力。
たくさんのクラスメイトを、周囲の人間を傷つけて、幼馴染であり、親友でもあった人を傷つけて、その人の恋人で、ボクがかつて好きだった人まで苦しめた、本当なら、優しくて、温かくて、綺麗な魔法。
それが今では、ボクの想いとなり、力となって味方してくれる。
相手は防御障壁を張るが、こちらの槍には少しばかり障壁突破の魔法が施されている。
 
「貫けぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 
ボクの叫びと同時に、槍の先端は障壁を貫通した。
その瞬間。
イメージが、何かしらの光景が、フラッシュバックした。
 
――湖に浮かぶ学園。
 
――たくさんの生徒。
 
――島の中央の大きな桜の木。
 
――男の子の魔法使いと、女の子の魔法使い。
 
――勝てなかった、チェス。
 
その碁盤の先には。
 
――茶髪の、優しげでそれでいて龍のように鋭い目つきをした青年。
 
場面が変わり、そして。
 
――長い金髪の、白衣を着た青年。
 
 
ハッと我に返ったとき、相手の魔弾は目の前に迫っていた。
突然の出来事に対応できず、その弾幕を浴びてしまう。
遠くまで飛ばされ、木に後頭部を打ち付ける。
瞬間に衝撃緩和を施したものの、痛いものは痛かった。
今のは。今の光景は?
気になったのは最後の人。
彼は、彼は以前に会った人だ。
光雅くんと、音姫ちゃんを助ける時に、あの廃工場に現れた人だ。
結局、彼は一体何者だったのだ?
そんな心の引っかかる疑問なぞ知らないで、お兄さんはこちらに歩み寄ってくる。
このままじゃ、やられる。
何とかしないと、何とかしないと!
体が動かない。
さっきの攻撃に、神経を麻痺させる術式を仕込んでいたのか……!
だめだ、助けて、光雅くん……!
 
~光雅side~
 
――我は永遠の彼方の天空に煌めきし冥王の諡を授けられし者なり――
 
あれから俺は、ずっとある1つの答えを探し求めていた。
何故力が必要なのか。何故こんなにも誰かを守ることにこだわるのか。
 
――万物を求め、万物を滅ぼし、その悦楽を知りし我は、汝らの近づくべき者にあらず――
 
大切な仲間を傷つけられて、怒りにまかせて破壊衝動に身を委ねて力のままに暴力を振るって。
そんなことじゃ誰も守ることなどできないと分かって。
幸せなどやってこないことを知って。
 
――その名は群がる全てを退かせ、跪かせ、孤独の名のもとに孤高の力を示し、真に無双の境地へと我を導かん――
 
その答えは、こんなに近くにあった。
ただ1つの存在。
ただ1人の、不運な家族。
 
――今無限を呼び起こすことをここに宣言するその名は――
 
家族の幸せの中で溢れ返っていて、彼の悲しげな表情を見て気づかされたこと。
俺が助けたかったのはきっと――
 
「――≪solitary Pluto(孤独の冥王星)≫!!」
 
――誰よりも破滅を望み、破滅の道へと進もうとする、たった1人の兄貴だったのかもしれない。
 
とにかく今は。
 
「さくらから離れろ!」
 
ギア全開で高火力の魔弾を打ち出した。
さくらから距離をとるように飛び退き、こちらに視線を向ける兄さん。
俺はさくらと兄さんの間に割って入り、自分でも恐ろしいとは思うけど、こんな状況で笑みを浮かべていた。
 
「さくら、よくやってくれた。ここからは俺が行くから、大人しく休んでな。あとは俺が、必ず決着着ける」
 
「……うん」
 
そして、俺はそっと兄さんに視線を戻し、集中する。
と思ったが、背後から足音が聞こえてきた。
こっちに向かってきていたのは、由夢と義之だった。
 
「光雅、俺なら大丈夫だ!」
 
義之が自分の無事をアピールして上げた手をぶんぶん振る。
俺はそんな義之の姿を見て安心する。
これで、これで全力で兄さんにぶつかることができる。
どちらも全力全開の、本気中の本気の戦いを行うことができる。
そして、信念の強い方が、勝利を掴み取るんだ。
音姫がさくらの傍まで寄って支えている。
ここに、家族が揃った。
さて、俺は俺の、これまでの、そしてこれからの生き様を見せつけてやる!