12.知り合いのサンタクロース

2013年02月15日 17:18
朝起きて、まずはシャルルにシェルで、今日の昼、生徒会室に向かうことを連絡して、『研究施設』に向かう。
正直、スライの一件以来、あそこに行くのには嫌気が差したのだが、『研究材料』であることで風見鶏での存在意義が確立されるのだから、嫌でも行かなければならない。
だが。
 
――俺は俺自身なんだ。
 
こう心の中で何度も反芻しながら、次の1回で最後にすることを決意する。
そして、正式な風見鶏の生徒として生活する、そんな理想を抱いていた。
 
さて、『研究施設』のエントランスに入る。
そこには、いつもどおり、シグナスが佇んでいた。
 
「久しぶりだな、龍輝」
 
「久しぶりですね」
 
「貴様のいいたい事は分かっている。自分を『研究材料』にするのは、これで最後にして欲しい、ということだろう?」
 
「何故、それを……?」
 
「スライ・シュレイドに決まっているだろう。あれほど嗅ぎ回っていれば誰だって気がつくさ。大方、あいつに説教でもされたんだろう?」
 
「まぁ……」
 
何もかもを読まれているような気がして、わざわざ自分から喋る必要もないと少し安堵する。
 
「だが、その話は少し無理がある」
 
「何故です!?」
 
望んでいた未来が崩れ落ちそうになり、龍輝は動揺した。
 
「全てが終わるのは、1週間後の最終段階の『実験』なんだよ」
 
それはつまり――。
 
「次で終わりってことですか?」
 
「そういうことだ。まぁ、あと一回くらい我慢してくれ」
 
そう言われると、納得して頷かざるを得なかった。
 
「……分かりました」
 
「すまないな。協力してくれ。そうしたら、貴様は自由の身だ」
 
「はい」
 
そうして、最後から2番目の、全ての始まりを告げる『実験』が、始まった。
 
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『実験』が終わって、風見鶏の学び舎に向かう龍輝。
目的は、シャルルに合うこと。
今日は午後からリゾート島でシャルルとショッピングをする予定である。
今日の午後は彼なりにハードスケジュールである。
そのスケジュールというのが全て女性に関係しているというのが恨みがましいところだが。
勿論、龍輝にはそんなつもりはなかった。
さて、学園の廊下を進み、生徒会室に向かう。
ドアをノックし、いつものメンバーに顔を合わせる。
そこには、無理はしているだろうが、いつもどおりに振舞っているリッカもいた。
 
「あ……」
 
「龍輝ではないか。シャルルをデートに誘いに来たのか?」
 
「へ?デ、デートって、そんなのじゃないよー!」
 
顔を紅くして照れるシャルルを横目に、龍輝はリッカを心配する。
 
「んで、リッカ、お前もう大丈夫なのか?」
 
「え、ええ、もう大丈夫。心配掛けたわね」
 
「心配したさ。あんなに怯えるリッカなんて見たこと無かったから、もしかしたらそのまま立ち直れなくなるんじゃないかと思ったくらいだよ」
 
「あはは。私を誰だと思ってるのよ。カテゴリー5、孤高のカトレアである、リッカ・グリーンウッドよ」
 
リッカはいつもどおりに振舞っていた。端から見ても別に変わったところはなかった。
リッカは復活した、そう見えた。
しかし、龍輝は分かっていた。リッカは無理をしている、と。
リッカに近づき、他の人に聞かれないように小さな声で囁く。
 
「……無理だけは、するなよ」
 
そう言って、リッカの頭に手を置き、少し撫でてやる。
リッカは龍輝の行動に唖然としていたが、悪い気はしていなかった。
それどころか、龍輝に対して、何か、特別な感情を抱くようになっていた。
そう、何か――特別な。
 
「……うん」
 
「……?」
 
そんな様子を途中から見ていたシャルルだったが、状況が上手く理解できていなかった。
 
「で、これからリゾート島に行くんだが、リッカと巴もどうだ?」
 
「悪い、今手が離せないんだ。生徒会選挙の準備で忙しくてな。リッカにも悪いんだが昨日ゆっくり療養してもらった分の埋め合わせをしてもらっているのだ」
 
「というわけで、シャルルと2人で行ってきなさい」
 
「えっ、えっ?ちょっとーっ!?」
 
「悪いな、ということで、シャルルは拉致っていくぜ!」
 
シャルルの腕を取って、生徒会室を後にし、颯爽と走っていった。
途中、教室移動中の清隆たちに会う。
 
「おう、清隆と姫乃じゃねーか」
 
「こんにちは、龍輝さん、それと、シャルルさんも」
 
「こんにちは」
 
「はぁ、はぁ、こ、こんにちは……」
 
突然走らされる羽目になったシャルルは息を切らして肩で息をしている。
 
「どうしたんですか、こんなところで全力疾走なんてして」
 
「これからシャルルとリゾート島までショッピングに行くんだっ!」
 
輝かしい笑顔で右手の親指を立て、グッと突き出す。
 
「は、はぁ……」
 
「いや、だからなんで全力疾走なんですか?」
 
「早くここからシャルルを連れ出さないと、こいつ真面目だから戻ろうとするから」
 
「生徒会のお仕事は大丈夫なんですか?」
 
「それなら心配ない。リッカと巴には許可を貰ってある」
 
「そうですか。楽しんで来てくださいね」
 
姫乃が微笑み、手を振る。
それに応じて、龍輝も2人に手を振り返し、走り出す。
 
「それじゃ、行ってくるぜい!」
 
「ああっ、龍輝くん!」
 
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ボートを使って海を渡り、リゾート島に到着した2人。
今更ながら、龍輝はシャルルに関して聞きたいことがあった。
 
「そういやシャルルってさ」
 
「なに?」
 
「あ、いや、シャルルってサンタクロースだったんだっけ?」
 
「まぁ、そうだけど……。それがどうしたの?」
 
「どうしたっていうか、どんな魔法が使えるんだ?」
 
「……えっとね、プレゼントの魔法」
 
少し話し始めるのに躊躇いがあったが、龍輝には気付かなかった。
 
「プレゼント?」
 
「うん。1人に対して、1年に1度だけ成立する魔法。相手が心の底から欲しいと思う物を出すことが出来るの」
 
「なんかそれって、すげぇじゃん」
 
「それ程でもないよ。それにね、本当にプレゼントをしたいなら、魔法で出すより、手作りの方が気持ちが籠められるし、貰うほうも嬉しいでしょう?」
 
そう言うと、シャルルは笑顔で懐からストラップのようなものを取り出した。そのストラップは人の形をしていて、龍輝にそっくりだった。
 
「これは?」
 
「少し早い、あたしからのクリスマスプレゼントでーす!」
 
「いいのか?俺なんかが貰って」
 
「もちろん!そのために作ったんだから」
 
「んー、よく出来てるじゃん。ありがとう。大事に使うよ」
 
そう言うなり、龍輝はそのストラップを自分の財布に取り付けた。
 
「よしっ、よく似合う」
 
「かわいーっ!」
 
隣でシャルルがはしゃぐ。その様子を見て、龍輝も温かい気持ちになるのだった。
 
「んじゃ、そろそろ行こうか!」
 
「うんっ!」
 
2人はボートを取り出し、リゾート島へと向かった。
 
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リゾート島は学生たちの遊び場であり、地下学園都市で働く人たちの息抜きの場でもある。
ここだけは勉強とはほとんど無縁の場所で、徹底的な娯楽の追及がなされている。
休日ということもあって、人の量は半端ではなかった。
あちらこちらの店から、いい匂いがする。
 
「いやー、やっぱ凄いわ」
 
「そうだねー」
 
「これもうお祭りレベルじゃん」
 
「お祭りかー」
 
龍輝はこの盛況ぶりを『お祭り』と表現したが、彼はお祭りを体験したことがないので、その表現は、あくまで彼のイメージ、そして周囲の人間から聞いたもののみによっての評価になっている。
あまりにも周囲から香ばしい香りがするので、2人とも小腹が空いてくる。
 
「何か食うか?」
 
「そうだね」
 
空腹がばれたのに苦笑するシャルル。
とりあえず近くのクレープ屋で2つのクレープを購入し、片方をシャルルに渡す。
無論その行為にシャルルは遠慮するのだが、龍輝はそれをまた拒んだ。
 
「んー、あまーいっ!」
 
「これはなかなかいけるな……」
 
正直に言って、これは並みの菓子職人に作れるような代物ではなかった。
クレープの生地は勿論、中の具が絶妙な感じでマッチし、すっきりとしたハーモニーを生み出している。
 
「ねぇねぇ、そっちも一口貰っていい?」
 
というシャルルは、相変わらず警戒が弱いというか、他人を信頼しすぎているというか。
 
「ああ、いいよ」
 
と何気なく許可する龍輝も、常識を持つ普通の女性と付き合った場合はとてつもなく苦労するのだろう。
なにしろ普通の男性と少しずれており、駆け引きがかなり難しくなるからだ。
龍輝のクレープを一口齧ったシャルルは表情を綻ばせ、幸せそうに頬を染めていた。
 
さて、クレープを食べ終えた後、2人はあらゆる店を回りに、街中をうろうろしていた。
主にはしゃいでいたのは、少し前に学校の校舎内で外出を渋っていたはずのシャルルであった。
あっちにいってはこれがいい、こっちにいってはこれもいい、のエンドレスだったといえる。
彼女も女の子、ということで、ものを選ぶ際には慎重になるのか、やはり買い物には時間が掛かるようだ。
どれくらい街を歩き回っただろうか、ふと、シャルルがある店の前で足を止める。
ショーウィンドウの前で腰をかがめ、何かに見入っている。
それは今までのあれがいいこれもいいとは違い、何か特別な反応ともいえた。
 
「何かあったか?」
 
龍輝も隣から覗き込んでみると、そこにあったのはトナカイをデフォルメ化した様なぬいぐるみ。
そう、それはちょうど、彼女がいつも一緒にいる『クピッ』と鳴くトナカイ(?)によく似た――。
サンタクロースだからトナカイが好きなのだろうか?
とにかく、その反応は普通のものではなかった。
だから龍輝は素早く店員を呼びつけ、そのぬいぐるみを指差し、持ってくるようにお願いした。
 
「ちょ、龍輝くん、なんで頼むの?」
 
「あれだけ街中回っててここだけ反応が違ったんだ。明らかにこれが欲しいって言ってるようなものじゃないか。俺が記念としてプレゼントしてやる。遠慮せずに受け取ってもらえると面倒なしで済むからありがたい」
 
「え、でも……」
 
シャルルが困惑している間に、店員は手早くショーウィンドウからぬいぐるみを取り出し、こちらに持ってきた。
龍輝は財布を取り出し――その際自分そっくりのストラップに温かい気持ちになり――釣りが少し帰ってくるような金額を払ってぬいぐるみを受け取る。
 
「アリガトウゴザイマシター」
 
店員の挨拶に耳を貸す気もなく、龍輝はシャルルにそれをプレゼントする。
 
「……ありがとう」
 
なんだかんだ言っていたシャルルも、一度受け取ってしまえば顔いっぱいに喜びを作り出し、ぬいぐるみに笑顔のまま顔をうずめた。
それを見た龍輝も、プレゼントした甲斐があると満足していた。
同時に、巴は来なくて正解だったと安堵していた。
 
――ふと。
 
何故か脳裏に浮かぶ少女の姿。
明るい空になびく金色の長い髪。
美しく輝く、宝石のようなサファイアブルーの瞳。
彼女は今――何をしているのだろう、と、何故かずっと気になっていた。