13.月明かりの予感
2013年02月15日 17:24
誰もいない生徒会室で、孤高のカトレア、リッカ・グリーンウッドは物思いに耽っていた。
巴や他の生徒会役員と共に生徒会の仕事をしていて、それも終わったはずなのだが、何故かここを動く気になれない。
そして気になっていたのは、仕事をしていた間ずっと頭の片隅に『あの人』のことが引っかかっていたことだった。
なんで彼のことばかりが思い浮かぶのか、分からない。
確かに彼はいつも自分の傍にいた。
時々生徒会の手伝いをしに来てくれて、そうではない時もただ他愛ない無駄話をするために乱入してきて。
嬉しくなかったといえば大嘘になる。
彼はリッカにとってかけがえのない『友達』なのだから。
――私たち、友達でしょ?
――トモダチ、って、何……?
――んー、なんていうか、支えて、支えられて、一緒にいると安心できて、お互いに頼りに出来る人、かな。
今考えると、あのときの会話、自分の発言は、別の対人関係のカテゴリーにも当てはまるのではないかと思う。
その関係を、なんて言ったか――。
自分の本当の気持ちに気付いて、溜息が出た。
そんな時だった。彼がここに帰ってきたのは。
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夜空を見上げると、そこには月が1つ。
満月には満たない、満月から微妙に欠けた月。
その月には、少し雲が掛かっていた。
シャルルを寮に帰して、自分も帰ろうと思ったのだが、龍輝は何故か、学園に戻らなければならないような、そんな気がしていた。
その思考に根拠などない、だからもどかしいのだ。
ただ、何もなければ普通に戻ればいい、と、そう思って学園まで走って戻っていった。
その間ずっと思考にあったのは、金色の少女のこと。
何故?そう問うても、当然応えるものはいないし、自分でも分かる気がしない。
振り払うことが出来ないままでは埒が明かないので、とりあえず思考の片隅においておくことに決めた。
校舎が見えてくる。
その校舎の、とある窓――そこから、明かりが漏れていた。
あの場所はちょうど、学園長室もとい生徒会室。
そこに彼女がいるような、そんな期待が、いつの間にか胸の中を満たしていた。
校舎に入り、廊下を駆け、階段を上がり、明かりの漏れる一室に、ついに辿り着いた。
龍輝は、その扉を開けようとして――躊躇う。
何故自分がここまで来たのか。
ここでもし彼女とあって何を話せばいいのか。
彼女は何を考えているのだろうか。
それが、分からなかった。
少し、恐怖したのかもしれない。
何に恐怖したのかも、やはり分からないのだった。
ドアノブを捻り、扉を開け、中に入る。
そこには、こちらを見て驚いた表情をしている、リッカ・グリーンウッドがいた。
「リッカ……」
「龍……輝……?」
静かに扉を閉めて、その場に立ち尽くす。
「こんなところに1人で、何やってんだ?」
「そっちだって、今日はシャルルとデートして来たんでしょ?どーだったのよ……?」
リッカの声から、不安、焦燥が感じられた。
龍輝には、何に不安を感じているのか、さっぱり分からなかったが。
ただ、ここにいたのが、他の誰でもなくリッカだったということに、何故か喜びを感じていた。
「別にデートなんて大層なものじゃねーよ。俺が引っ張りまわすつもりが、逆に引っ張りまわされてただけだしな」
「そう……」
リッカは、それでも龍輝が楽しい一時をシャルルと過ごしていたことに、今まで感じたことのない、もやもやしたものを感じていた。
これは何だろう、と。
会話が、続きそうになかった。
何か妙に気まずい雰囲気が、生徒会室を満たしていく。
龍輝はそれを感じてか、椅子を引っ張り出し、リッカの隣につけて、そのままリッカの隣に座り込んだ。
「だから、なんで隣なのよ……?」
「いや、なんかここが一番落ち着くから、か?」
龍輝自身、よく分かってなかった。
何故自分はリッカの正面ではなく、隣に座るのか。
昔、巴に言われたことも多少影響しているのもあると思うが。
それでも、今この状況では、そんなことではない、と、どこか思うのだ。
何かもっと別の――そう、何か、よく分からない、何か。
なんと言うのか分からない感情。
ただ、傍にいるだけで、なんとなく幸せに感じるような。
そんな、温かい気持ち。
「リ、リッカは、さ……」
「な、何よ……」
「いや、なんでもない……」
ぎこちない。
何を話せばいいのかわからない。
そしてこの状況を一番把握しているのは、誰でもなくリッカだった。
リッカが一番、この状況を意識していた。
それでも、リッカは、彼がどんな人間であるのか、分かっていた。
彼がここにいる理由。
それが分かっているから、彼女はこの想いをこの場で届けるべきか、迷っているのだ。
それでも――。
龍輝は、求めていた。
この気持ちの正体を。
何故ここまで温かい気持ちになるのか。
彼にとっての範囲の狭い感情の表し方に、この感情は載ってはいない。
リッカに聞くべきか、迷った。
恐らく、この感情はリッカの存在によって起因するものであると、なんとなく分かっていた。
だから、それを本人に聞くことによって、遠ざかってしまうような、そんな気がして、少し寂しいような気もしていた。
これは、自分で探し出すべきものなんだ、と。
だから――。
だから、少し、昔のことを、話してみようと思ったのかもしれない。
そうすれば、きっと何か分かると思ったから。
「リッカ。俺がさ、ここに来て最初に話したのってさ、リッカだったよな」
「そうね。あの時のあんたは、今みたいに馴れ馴れしくなかったわね。もっと暗いヤツだった」
「そうか?」
「そうよ。私が話しかけてもあんたは無視してさ。やっと口を開いてくれたのも、2日間しつこく話しかけてのことだったわ」
「何の話だったっけ?」
「ただの自己紹介よ。私が自分の名前を教えて、そしてあんたの名前を聞いたら、小さくボソッと、上代龍輝だって」
「確か……そうだった、な」
その時の様子は、忘れてはいない。
あの頃の龍輝は、今とは全然違って、本当に無口で、誰とも関わろうとしない、暗く、消極的な人間だった。
それを変えてくれたのが、生徒会の3人の女子生徒だった。
巴の強引さに渋々付き合う羽目になり。
シャルルの優しさに人間の温かさを感じ。
そしてリッカの気さくさに惹かれていった。
「私はね、あんたがここまで自分を取り戻すとは正直思ってなかったわ。まして、誰かを守ろうとするなんてね」
それは、銃弾からサラを庇った瞬間であり、リッカが混乱し、落ち着きを失っている時に正気を取り戻させてくれた瞬間でもあった。
「俺は、ただ、自分のしたいようにしてきただけさ。そこに明確な理由なんてないし、求める必要すらない」
「あなたのそういうところ、本当に素敵よ……」
と言って、リッカは顔を背ける。
「褒めてもらえるなら喜んで受け取っとく」
そして龍輝は立ち上がる。
答えは未だに見つからないが、唯1つ、分かったことがあった。
――俺はリッカのことを、誰よりも特別に大事だと思っている。
それが分かっただけで、今の彼にとって十分だった。
「さ、帰ろうぜ」
龍輝はリッカに手を差し伸べる。
リッカはその龍輝の行動に驚いて、そして嬉しくて頬を紅く染める。
その手をそっと握って、立ち上がる。
2人で校舎を出た頃には、既に満月には満たない月に、雲は掛かってはいなかった。