14.聖夜の誓い

2013年02月15日 17:25
クリスマスパーティーの日――すなわち生徒会選挙の日の数日前。
龍輝は生徒会室にいた。
そこには、シャルルしかいなかったのだが。
他の役員やリッカ、巴は、会場やそのほかの準備に出払っていた。
龍輝はただ椅子に座ってぼーっとしていた。
考えていたのは、金髪の美少女。
 
――リッカ・グリーンウッド。
 
考えているだけで、幸せな気分になる。
そんな気がした。
 
「龍輝くーん」
 
「どした?」
 
シャルルの呼びかけに、脳裏のリッカのイメージを消す。
 
「何ボーっとしてるのよ?」
 
「ちょっと、考え事してたんだよ」
 
「何を考えてたの?」
 
言うべきか――自分では答えを得られない以上、手を貸してもらうのは上策だと判断する。
 
「あのさ、俺――」
 
事の顛末を大まかに話す。
シャルルとのショッピングが終わった辺りから、何故かリッカのことが頭から離れなくて。
なんとなくずっとリッカのことを考えていて。
リッカが近くにいるとなんとなく温かい気持ちになって。
それでいて、近づきすぎることに妙な不安を覚えて。
ずっと分からなかった思考回路。
シャルルなら、どんな風に解釈するのだろうか、龍輝は判断を委ねた。
全てを聞き終えたシャルルは、満足そうに微笑んで、龍輝を見据えた。
 
「龍輝くん、それをね、人は『恋』って呼ぶんだよ」
 
「『恋』……?」
 
聞いたことがある、だが実態の掴めない、曖昧な言葉。
それでも、何故かその言葉がぴったり当てはまるような気がしてならなかった。
 
「龍輝くんは、リッカのことを大切に思っている、これは間違いじゃないよね?」
 
「ああ……」
 
「それは、龍輝くんが、リッカのことが好きなんだっていうこと。それはとっても神聖で、尊い感情」
 
リッカのことが、好き。
そう、それで全ての合点がいった。
 
「そうか……好きになるって、こういうことだったのか……」
 
初めての感情。
初めての想い。
それを実感するのに、どれだけ時間が掛かったろうか。
 
「不安になるのはね、それは龍輝くんがリッカとずっと一緒にいたくて、それでも近づきすぎるとリッカがそれを拒絶してしまうかもしれない、そう思って、躊躇ってしまっているんだよ」
 
だとすると、彼は1つの疑問を抱える。
自分は一体この感情をどう処理すればよいのか。
 
「その気持ちを、リッカに告白してごらん?自分の思いを、飾ることなんてしないで、自分の言葉で、素直に伝えてみるんだよ。そうすればきっと、リッカも応えてくれるから」
 
「素直に、伝える、か……」
 
「そうだよ。――それでね……、リッカのこと、ああ見えても弱いところがあるから、大事にしてあげて?」
 
「当たり前だ……」
 
「それじゃ、そろそろあたしたちも動こうかな」
 
シャルルの指示に従い、生徒会の仕事を手伝うのだった。
 
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クリスマスパーティー当日。
朝はすぐに目が覚めた。
自分がいかにこの日を楽しみにしていたかがあまりにも分かり過ぎてしまうので、1人で少し照れたりもした。
立候補者の立会演説では、とある事件が起こったらしい。
というのも、控え室で待たされていた清隆が、何者かによって拉致され、選挙活動妨害をされたらしい。
だが、杉並とやらと巴がすぐに駆けつけ、ことの詳細を聞き出し、首謀者がイアン・セルウェイであることも分かった。
無事開放されて壇上に上がって演説する清隆の姿は、誰も憧れるものとなっただろう。
今日は、ついに生徒会選挙の投票がなされ、その結果が発表される。
それは、清隆にとって大きな出来事になるだろう。
そして龍輝自身、彼には当選してほしいと思っていた。
選挙が始まって以来、リッカのコネでA組の連中と共に協力して物事をこなしてきただけあって、その思い入れはとても強い。
そしてもう一つ、楽しみな理由。
それは。
 
――今日のパーティー、もしも暇なら、一緒に回らない?話したい事もいっぱいあるから、もし暇なら連絡ちょうだい?
 
リッカからのシェルのテキスト。
もともと龍輝がそのつもりだったのを、リッカから誘いが来るとは願ったり叶ったりであった。
 
「さーて、いろいろと勝負だな……」
 
龍輝は軽い足取りで、寮の自室を出ていった。
 
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さて、一度自教室、とは言っても清隆たちのクラスだが、とりあえず全員集合して、なぜか清隆以外のほとんどがそわそわしているのを確認して、投票会場である講堂へと向かった。
そこでは、すでに投票が始まっていて、生徒会のメンバーがそれを取り仕切っていた。
みんなが結果にびびって動けないでいるのは面白かったのだが、さすがに清隆はそれを見かねたようで、早く投票してくるように説得した。
 
「ほら、さっさと投票してこいよ」
 
「は、はい」
 
「んじゃ、行ってきますか」
 
「そうですね……」
 
みんなが投票しに行くのを見て、龍輝も歩きだした。
 
「なぁ、清隆」
 
「はい?」
 
「メアリー・ホームズに投票していいか?」
 
「えーっと、できればやめてほしいんですけど、俺が向いてないって言うのなら……」
 
「ははは、冗談だよ。それじゃ、俺もいってくる」
 
「よろしくお願いします」
 
そうして、投票が終わった。
その間、清隆は、メアリーや、イアンの付き人である瑠璃香・オーデットと会って、いろいろと話をしていたようだ。
清隆が戻ってくると同時に、壇上から、リッカの声が響いた。
 
「静粛に!」
 
脇にはシャルルや巴、その他の役員もいるようだ。
 
「それでは、今から、今年度第一回生徒会役員選出選挙の当選結果を発表します」
 
みんなが壇上のリッカに注目している。
 
「今回の生徒会役員選挙の、栄えある当選者は!」
 
どこからともなくドラムロールが流れてくる。
どこに楽器があるのか分からないが、一応魔法であることは確かだった。
そして――。
 
「1年A組、葛木清隆!」
 
声高らかに、清隆の名が呼び上げられる。
そして、この声に反応して、みんなの視線が清隆に集まった。
 
「俺……?」
 
次の瞬間には、すでに祝福の歓声が響き渡っていた。
 
「やりましたね!兄さん!」
 
「うっわー、やべ、やべ、やべ!なんか自分のことのようにうれしーぜ!」
 
「おめでとうございます、清隆!」
 
「おめでとうございます!」
 
姫乃、耕助、サラ、四季がそれぞれ興奮しながら清隆の当選を祝う。
 
「やったな!」
 
「おめでとう、清隆くん!」
 
 
クラスメイトのみんなも、同じように清隆を祝う言葉を口にしていた。
その場にいた、全員が清隆に祝福の言葉を浴びせていた。
龍輝は、その様子を、輪の外から見守っていた。
 
「ありがと、ありがとう。ハハハ……」
 
みんなに囲まれ、清隆は嬉しくも恥ずかしい気持ちを感じているのだろう。
 
「というわけで、当選した葛木清隆くん、壇上にあがって頂戴」
 
そう呼ばれた清隆は、みんなの笑顔に送り出されて、壇上に上がった。
清隆はリッカからマイクを渡され、これからの抱負を語る。
 
「ありがとうございます。今回、当選させていただきました、葛木清隆です。軽い気持ちで立候補したわけではないのですが、それでも責任重大な生徒会役員になったということで、早くもプレッシャーに押しつぶされそうです。僕に投票してくれた人々のご期待に応え、皆さんがよりよい学園生活が送れるよう頑張りますので、今後とも応援よろしくお願いします」
 
そして、一呼吸おいて、もう一度講堂を見渡し。
 
「本当に、ありがとうございました!」
 
そして、もう一度、講堂内に祝福の拍手が鳴り響いたのだった。
清隆は、そのまま生徒会役員に連行され、入会の軽い挨拶をしにいったようだ。
そこで、龍輝は、自分が祝福の言葉をかけてやるのを忘れていたことに気付いた。
 
「ま、それは後でもいいか」
 
龍輝はこれからが本番なのだ。
リッカにテキストを送り、待ち合わせ場所の噴水前まで1人抜け出していった。
 
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外をゆっくりと歩く。
自分の足も、心も軽いような気がした。
自分にもこんな感情が持てることに、ある種の驚き、そして幸福感を感じた。
目的地の噴水。
まだ彼女は来ていなかった。
リッカも生徒会の重鎮であるが故に、清隆が当選したことで、簡単な挨拶などを役員同士でしているのだろう。
噴水の泉の淵に腰掛け、彼女を待つ。
改めてシェルを確認すると、今から行く、と連絡があった。
この風見鶏の敷地内で、所々に咲き誇る枯れない桜。
これをリッカが咲かせたのだと考えると、妙に感慨深くなり、愛おしいと思うようになった。
手を前に伸ばし、掌を上に向けて、舞い散る桜の花びらを1枚掴もうと、そっと降りてくるのを待つ。
それは思いのほか早く成功する。
遠目で見ればそれは雄大で、華々しく美しい桜。
そかしこう近くで1枚の花びらを見ていると、弱々しく、儚いもののように思えた。
ふと顔を上げると、遠いところに会うべき人の姿を見つけた。
一際目立つ、金色の光を放つシルエット――高貴、という言葉がよく似合う、リッカ・グリーンウッド。
遠くから見た彼女は、妙にそわそわしているのが分かる。
足早に近づいて、挨拶をする。
 
「よ」
 
「龍輝。ごめん、待った?」
 
「割と待ったが、別に暇ではなかったから問題ない」
 
「何かしてたの?」
 
「ここから桜の風景を見てた」
 
あんたらしくない、とリッカが皮肉付ける。
このままここで立ち話をしているわけにもいかないので、とりあえずパーティーを回ることを提案。
リッカもそれに賛成し、再び校舎のほうに手を繋いで歩いていった。
 
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2人で色々な出し物、店を回った。
その度に見る2人の笑顔、そこに嘘偽りはなく、本当に楽しんでいるようだった。
途中で、龍輝が面白そうなものを見つける。
 
「リッカ、あれ。リンゴ飴占い、だってさ」
 
二人でそこに入ることに決めた。
そして、教室に入ると、色とりどりのリンゴ飴が並べられていて、自分の好きな種類を占ってもらうことが分かった。
 
「本当にいろいろな種類があるもんだな……」
 
「ホントねぇ」
 
「どれにする?」
 
「う~ん、これにしない?」
 
リッカが指したのはピンク色のリンゴ飴。
リッカらしからぬ色のチョイスである、と思ったのは秘密である。
 
「こちらの種類でよろしいでしょうか?」
 
店員が注文を確認する。
頷いて、代金を払い、それを貰う。
カウンターでは、アリガトウゴザイマシター、と、挨拶をしていた。
それをリッカに手渡す。
 
「あ、ありがとう……」
 
突然のプレゼントに照れながら礼を言う。
 
「気にすんなって」
 
それに、龍輝自身がプレゼントをしたかった、というのもあった。
さて、カウンターから少し離れたところにあるテント、その中で占いをやってもらうのだろうが、そこに入る。
飴を見せ、占い師のような人に占ってもらう。
 
「そなたの選んだリンゴ飴はピンク色じゃな~?」
 
「これがピンク色ではないのなら、何色なんだと聞いてもいいのか?」
 
「結構です」
 
そして、占い師が胡散臭い呪文を呟いて、占いを始める。
 
「むむむっ!その飴を選んだそなたは近いうちに……」
 
隣を見てみると、リッカはえらく緊張しているようだった。
そんなリッカも、今となっては大切にしたい一瞬である。
 
「とてつもない大恋愛をするとでておる!そして人生最大の選択と、これは、悲しみの色じゃな……」
 
「悲しみ……?」
 
リッカの表情が暗くなった。
龍輝は少しむっとした。
 
「お隣のっ!」
 
「なんだよ……」
 
「その悲しみを打ち払うのは、そなたじゃ。せいぜい、頑張るんじゃぞ!」
 
「お、おう……」
 
なんというか、気が抜けてしまったようだ。
肩透かしを食らったような気分で、その店から出たとき。
リッカのシェルが鳴り始めた。
 
「このタイミングでなくてもいいのに……」
 
がっかりしたような表情で、通話に応じる。
 
「はい。あ、なんだシャルルか、どうしたの?――え?」
 
リッカの表情が変わる。
 
「それ、本当?うん、分かった。今すぐそっちに行く」
 
シェルを閉じて懐にしまい、龍輝の方を見る。その表情は、残念そうで、かったるそうだった。
 
「なにがあった?」
 
「緊急事態よ。杉並が何か無茶しようとしてるみたい」
 
「無茶って、そりゃまた何で?」
 
「変人の考えてることなんて分かるわけないでしょ。さ、行くわよ」
 
リッカに手を引かれて、そのままどこかよく分からないところに連れて行かれた。
もしかしたらこのまま有耶無耶になってしまうことに、不安を感じた。
 
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事件の結果は、龍輝たちの負けに終わった。
いや、勝敗の問題ではないのだが。
杉並が大黒様の像を持ち出し、クリスマスパーティーの雰囲気をぶち壊す、などという訳の分からない動機に翻弄され、大黒様はシャルルや巴、それに強引に動員した清隆に任せて、2人は杉並を追いかけた。
その際、杉並を追い込むためにリッカの魔法があちこちで炸裂したのだが、同時に学校の備品や壁を容赦なく破壊、取り逃がした後に魔法で治したのだが、報告書は結果的に書かなければならず。
そういうわけで、今現在、生徒会室で報告書を書いている最中である。
巴やシャルル、清隆ですら最早書き終えたというのに、こういう面倒な作業は本当にリッカは苦手で、みんなが帰ってしまった後もずっと苦戦していた。
ちなみに勿論龍輝は真っ先に書き上げていた。
 
「おーい、手が止まってるぞー」
 
「仕方ないでしょ、文面考えるのかったるいんだから」
 
4割程度しかかけていない報告書を前に、リッカはうーんと唸る。
 
「まぁ、その、あれだ。せっかくだし、最後まで付き合ってやるよ。だから俺が寝てしまう前にゆっくりでいいから書いてくれ」
 
「……うん、ありがとう」
 
龍輝が皮肉っぽく言ったのに対して、リッカも皮肉っぽく返すのかと思いきや、意外にお礼の言葉が返ってきたので、龍輝は次の言葉を紡ぎ出すことが出来なかった。
 
リッカが報告書をようやく書き終える頃には、既に月は夜空のてっぺんにまで昇っていた。
 
「いい感じに暗くなっちまったな……」
 
「ごめん……」
 
「いや、いいよ。それに、逆に都合がいいからな」
 
「都合がいい?」
 
龍輝の都合。
それは2人きりになれるタイミング。
大切な想いを伝える瞬間。
誰にも邪魔されたくなかった。
それでも、照れくさいものは照れくさい。
だから変に会話がこじれてしまう。
 
「そ、それにさ、リッカもなんか話したいことがあるとか言ってなかったか?」
 
「あっ、その、えっと、あることにはあるんだけど……」
 
最近ずっとこんなのばかりだったな、と、龍輝は苦笑しつつ溜息をつく。
シャルルが言っていた。素直に気持ちを伝えろと。
迷うことはない。
自分が思っていることを素直に言葉にすればいい。
 
「その、さ……俺……」
 
この先を言葉にしてしまえば、自分は、彼女は、どうなってしまうのだろうか。
例の不安が、また押し寄せてくる。
だけど、これに打ち勝たなければならない。
リッカは龍輝が何かを言い出すことを緊張しながら聞こうとしている。
言葉を続ける。
 
「俺、ずっと分からなかったんだけどさ、気がつけばいつもお前が傍にいて、頼もしくて、安心できて……」
 
一度口にすると、さらさらと言葉は出てきてくれた。
 
「お前と離れたくなくて、ずっと傍にいたいと思った。『トモダチ』なんだと思ってたけど、なんか違った。お前のことが、本当に大切なんだと思った。だから――」
 
勇気が必要だった。次の言葉を紡ぎ出すには。
それでも、彼は1歩を踏み出す。
 
「俺は、お前のことが、リッカのことが好きだ。『恋』ってものがどんなものなのか分かったわけじゃないけど、それでも、俺はリッカのことが好きなんだ」
 
「――ッ!?」
 
「だから、その、だな……」
 
伝えるべきことは伝えた。しかし、この後どうすればいいのか、龍輝には分からなかった。
しかし、事態は簡単に進んだ。
リッカも、口を開いたのだ。
 
「私も、あなたのことが、その、好き、なの……。どうしてかは分からない、でも、それでもっ……!――だ、だから、その、わ、私と、付き合いなさいっ!」
 
照れを隠すつもりなのか、語尾が少し強気になってしまった。
そしてその言葉に、龍輝は一気に安心してしまった。
 
「――なんだ、リッカも、同じことを考えてたのか……」
 
「そう、みたいね」
 
ふと、白い粒が複数視界に飛び込んできた。
それは鳥の羽のようにふわふわと舞い降り、ロマンチックな雰囲気を醸し出してくれる――。
 
――雪。
 
龍輝はその風景を見ながら、リッカの隣に立ち、その冷えた手をそっと握る。
それに応えるように、リッカも握り返した。
温かい、と、お互いに思った。
この、歯がゆくとも幸せな毎日が、ずっと続いて欲しいと、龍輝は思っていた。
夜の桜並木の恋人同士は、体を寄せ合って、桜と雪の舞う、この幻想的な光景を、いつまでもいつまでも、眺めていた。