18.仲良くなるということ

2013年03月06日 00:42
まだ、夏季休暇は続いていた。
龍輝が自分の口で自己紹介をしてから数日が経ったある日。
龍輝はグラウンドの隅の木陰で、横になってボーっとしていた。
別に何をするわけでもなく。
とはいっても、今は、唯一の居場所である生徒会室は仕事で忙しいだろうし、特にいく当てもなかった。
風で木の葉が揺れ、木漏れ日が龍輝の顔に触れる。
眩しくて、目を閉じた。
瞼を貫通して瞳に届くような感触を覚える。
今日の日差しは、それほどに強かった。
上体を起こして腰を引き、気の幹にもたれかかるようにして座る。
そよ風が頬に触れ、熱を拭い去っていく。
不意に眠気が襲い掛かり、意識が朦朧としていく。
龍輝はその不快感に身を委ね、眠りへと堕ちていった。
 
龍輝は、真っ暗な空間に、たった一筋、白く輝く道を、ゆっくりと歩いていた。
永遠に続く風景。
永遠に終わらない彼の歩み。
その先に、人影が2つ。
近づいてよく見ると、それはシャルルと巴だった。
それらを通り過ぎてまたしばらく歩く。
すると、その先にいたのは、1組の男女。
まるで、兄妹のような。
その姿に、彼は見覚えはなかった。
その男女は、軽口を叩きあいながらも、楽しそうにしていた。
またしばらく進む。
すると、青い髪をツインテールにした少女が、難しそうな顔をして空を見上げていた。
その先に何があるのかは分からない。
ただ、その横顔には、羨望と、諦めの感情が見えた。
更に進む。
誰かが、泣いている声がした。
助けを求める声。
過ちから逃れようとする声。
悲鳴。
ただただ、自己嫌悪と、罪悪感にとらわれた、そんな声。
栗色のショートへアで、こちらに背を向けて、ずっと泣いていた。
 
――と。
 
声がする。
別の声。
自分を呼んでいるように聞こえた。
その先へと進む。
何も見えなくなって、ただ白い一本道を歩く。
辿り着けない。
もどかしい。
悔しくて。
悲しくて。
何かを求めて。
その先に待っていたのは。
美しい、金色のシルエットだった。
 
目が覚めると、龍輝は芝生の上で、木の幹にもたれかかって寝ていることが分かった。
寝る体勢としては最悪の部類で、少々腰を痛めてしまったようだ。
時計を見れば、既に生徒会の仕事は終わっている頃。
そろそろ向かおうかと思っている頃に、足音が1つ。
立ち上がって振り返ると、そこにいたのは、リッカ・グリーンウッドだった。
 
「こんなところにいたの。随分探したわ」
 
「……悪い」
 
あれから、龍輝も一言二言くらいは会話が出来るようになっていた。
リッカに対して口を開いたかと思ったが、巴のせいで話さざるを得ない状況にされ、シャルルにフォローを入れられる。
そんな感じで、少しだけだが龍輝はリッカたちと会話が出来るようになったのだ。
リッカは、龍輝の隣まで行って、肩が触れない程度に距離をとって龍輝の隣に座り込む。
それを見て、龍輝もその場に座りなおした。
 
「こんなところで何してたの?」
 
「……寝てた」
 
「こんなところで?暑くなかった?」
 
「……暑かった。でも、寝てたから関係ない」
 
「そう」
 
リッカは思った。
この男は、驚くほどに無知ではなかろうかと。
ずっと『研究機関』の人間として、『研究材料』として、自分のすべきことだけを確実にこなしてきた人間。
そのせいで人間的な常識が欠落しており、それがし紅い生活におきな影響を与えている。
人見知り、初めて会った人間に対する恐怖、警戒。
それも少しずつほぐれ始め、何とか自分たちに溶け込もうとする龍輝に、ほんの少し可愛さを感じた。
だから少し、遊びに誘ってみようと思った。
 
「ねぇ、龍輝、グニルック、やってみない?」
 
「……グニルック?」
 
グニルックとは、簡単に言えばゴルフみたいなものである。
説明すると、これは、魔法使いの中では伝統的な競技で、ブリッドと呼ばれるボールをロッドと呼ばれる杖で打って、離れた場所にあるターゲットパネルを撃ち抜く競技である。また、ボウリングとも似ていて、決められたショット数でターゲットを撃ち抜かなければならないということで、身体能力と魔法能力の両方を駆使しないといけないバランスゲーム、と言ったところか。
そのことを龍輝に説明すると、リッカは龍輝をグニルック競技場まで案内した。
広々とした芝生の空間。
天井のないオープンな競技場に、龍輝も驚嘆していた。
そして、同時に。
 
「……寝るには最適」
 
風通しのよさと、日陰の具合がちょうどよかったらしく、昼寝の場所には最適だと主張し始めた。
そんな龍輝にリッカは苦笑するも、グニルックのフィールドをスタンバイする。
 
「こうやるのよ!」
 
グニルックには2種類のフィールドがある。
ロングレンジと、ショートレンジ。
距離が違うだけだが、この違いがプレイヤーにとっては馬鹿にならない。
魔法を使ってブリッドをコントロールするため、距離の長短は、設置できる障害物の位置でその有利不利がかなり分かれ、戦術も大きく違ってくる。
リッカはショートレンジにいくつかの障害物を設置し、それを難なく避けながらターゲットパネル4枚を全て撃ち落とした。
 
「こんなものかしらね」
 
龍輝はそのゲームに興味を持つ。
リッカからロッドとブリッドを受け取り、準備をする。
リッカがやったのを、見よう見真似で真似するように、ロッドを振りかぶって、ブリッドを打ち抜いた。
しかしブリッドはリッカの時と同じようには操作できず、まっすぐに飛んでいってしまった。
リッカも、さすがに初心者では上手くいかないだろうとは思っていた。
このままだとブリッドは障害物にぶつかってそのまま地面に落ちて終わる。
そして、その予想の通りブリッドは障害物にぶつかった。
 
しかし――
 
ブリッドはそのまま止まることなく、障害物を破壊してそのまま直進、更に当たり所では4枚全てを落とすことは不可能であるはずなのに、ブリッドの直進の風圧で、残りの3枚も落としてしまった。
これほどの破壊力は、リッカでは生み出せない。
 
「……しまった」
 
「す、凄い……。っていうか、これって、公式ルール的にはどうなのかしら……?」
 
リッカは予想外の展開に動揺し、とりあえず思考力を取り戻すために一旦ルールを思い出す。
この時、障害物を破壊した時の裁定は、公式ルールには乗っていない。
そもそも、障害物もブリッドでは破壊されないような強度で作られているうえに、魔法で更に耐性を底上げされているはずだから、壊れるはずがない。
だが、この男は、何の考えもなしに打ち出したブリッドで、なんとなくの弾道で、障害物を破壊するに至った。
なにかしらの才能がある、とリッカは踏んだ。
龍輝の新たな一面。
それは、彼自身の能力、≪加速運動(アクセラレート)≫を十分に使いこなすための魔力の量、恐らくリッカの10倍はあると考えられるそれの量と質。
それはリッカにとって尊敬するに値するものであり、同時に今まで気弱に見えた彼の強味、言い換えれば長所を見出すことが出来て、嬉しく思った。
ちなみに、どこかに飛んで行ったブリッドを探したのだが、燃え尽きたのか、見つけることは不可能だった。
 
片付けを終えて、2人でベンチに座る。
リッカは水筒のお茶をコップに注いで龍輝に差し出すが、龍輝はなにやら難しそうな顔で考え込んでいた。
 
「……どうしたの?」
 
リッカは龍輝にしてはなにやら考えていると思い、そう訊ねずにはいられなかった。
 
「……何故、俺にそこまで優しくする?」
 
今までのリッカの行動全てに疑問を抱く龍輝のその質問。
リッカは驚いた。
龍輝がその質問をしたからではない。
その質問に、解答できなかったからだ。
答えが、ない。
そして、考え込む。
どうして自分がここまで龍輝に関わろうとするのか。
正確には、あることはあった。
しかし、それを口にして説明すべきかどうか。
本来は、このワードは口にせずとも、意識せずとも、成立しうるものであったはずだ。
それは、ありふれたワードで、表現するにはあまりにも幼稚すぎた。
何より、本当はこんなことを言うべきではないのかもしれない。
でも、言わない限り、彼には伝わらない。
そう、リッカは思った。
だから――
 
「そんなの、決まってるじゃない。私は、あなたと仲良くなりたい。シャルルも、巴も、きっと。私たち、友達でしょ?」
 
そう、簡単なことだった。
この世界、普通の人間なら誰でも持つもの。
それは、言葉で表現して概念化するものではなく、いつの間にかそこにいて、いつの間にか仲良くなっていて、そして、いつの間にか信頼しあっているような間柄だった。
でも、『研究材料』として育ってきた彼はその『存在』を知らない。
だから、言葉で表すしかなかった。
そして、自覚して欲しかった。
龍輝自身が、リッカたちの友達であることを。
 
「トモダチ、って、何……?」
 
「んー、なんていうか、支えて、支えられて、一緒にいると安心できて、お互いに頼りに出来る人、かな」
 
自分でも、なんとなくそう答えてみたが、何か違うような気もしていた。
それでも、今のリッカにとって、龍輝は大切な存在であることには違いなかった。
だから、そっと龍輝の肩に手を乗せて、こちらに向く龍輝に、優しく微笑みかけた。
 
「……アリガトウ」
 
リッカはまた、驚いた。
ほんの数日前までは本当に何も喋らなかったこの男が、自分の言葉に対して、感謝を述べたからだ。
この人は、いい人だと、リッカは少し思ってみたりした。
 
これから先、龍輝は生徒会の女性3人に弄ばれるように、少しずつその存在を馴染ませていく。
友という存在を知り、その存在の温かさを知り、そして、誰かと共にいることの幸せを知った。
龍輝は少しずつ他の人と関わるようになり、その人見知りの性格も、本人は自覚してはいないだろうが、徐々に直っていった。
色々な人たちと出会い、色々な想いを知り、広い世界があることを知る。
その先に待っているのは、苦悩であり、悲哀であり、恐怖であり、そして幸福であるかもしれない。
龍輝は、そんな混沌とした未来に、想いを馳せた。
 
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『俺』たちは、最初はこんなに幸せな生活を送っていたんだな。今じゃ全く考えられねェことだ。
 
――だろうな。『お前』は絶望に身を堕とし、報われない想いの中で必死にもがき続けた。幸福とは無縁の世界だったろうな。
 
俺は、どうして『俺』になったんだ……?
 
――簡単なことだ。人間は、特に俺のような何も知らなかった者が、温かな幸福を知ると、それに縋り付きたくなる。そして、それを失いたくないと思う。だが……。
 
『お前』は、それを失ったのか……。
 
――少しばかり、覚えているんだな……。
 
いや、なんとなくだ。ただ、俺は復讐を、世界の終焉を誓う前からずっと、何かを忌み嫌っていたみたいなんだ。それが、ずっと何なのか分からなかった。でもそれは本当は、追い求めるべきものだったのかもしれない。俺は、最初からあいつに負けていたんだろうなァ、きっと。
 
――そうか。ならば、そろそろ次に進もうか。幸福を手にした『俺』が、『お前』へと成り果てていく様を……!