2.2度目の邂逅

2012年10月28日 16:37

 

1951年、ロンドンの地下。ここにある風見鶏と呼ばれる王立魔法学校で、青年こと、上代龍輝は悩
 
んでいた。何を悩んでいたかというと、今朝方偶然に偶然が重なった結果助けてしまった少女の名
 
前を聞きそびれたのだ。
 
さて、関わってしまったものだから名前くらい聞いておけばよかったか?なんて考えたが、そういえば
 
自分は名乗ってしまったことを思い出し少しばかり不公平感を抱えているところだ。
 
結論を言えば、多分もう関わることはないだろうから、聞かなくても良かった、と自己完結してしまった
 
のだが。
 
さて、悩みが1つ吹っ切れたところで、腹が減る。莫大な魔力をもってしても、腹は満たされない。
 
彼の魔力は、ただ、“ある”だけ。出力方法がない。だから事実上のカテゴリーは1である。そんなに
 
気にしてはいないので、悔しがることもない。
 
……おっと、腹が減ったんだったっけ。
 
ということで、龍輝のことはまた今度明記しよう。
 
適当に購買でパンと飲み物を買って、競技場に出る。
 
そこは、基本的に晴天で、風通しもよく、地面のグラスがちょうど良い感じで、昼寝には最適である。
 
さてと、今日もそこでのんびりするかな~、なんて考えていると。
 
少年「おい、ちょ、姫乃、そんな引っ張るなって!」
 
少女「そういうわけには行かないんです!今日は特別品揃えの最終日なのに財布を部屋に忘れてき
 
   たんで、兄さんに買ってもらうしかないんです!早くしないと売り切れちゃうよ~……。」
 
ああ、どこかで見たことがある。特に少年の方は有名だ。葛木清隆(かつらぎきよたか)。確か、予科
 
1年の男子生徒だ。そして、その少年の手を強引に引っ張っているのは、記憶が正しければ、その従
 
妹の葛木姫乃(かつらぎひめの)である。そして、少女のほうは、お目当てのものを手に入れたのか、
 
幸せそうに帰っていった。それを見て少年も、苦笑しながらその後を追う。
 
その後彼はグニルック競技場に出る。
 
グニルックとは、簡単に言えばゴルフみたいなものである。
 
龍輝自身プレーしたことはないのだが、見ている分には楽しそうである。面倒なので手を出す気はさ
 
らさらないが。
 
説明すると、これは、魔法使いの中では伝統的な競技で、ブリッドと呼ばれるボールをロッドと呼ばれ
 
る杖で打って、離れた場所にあるターゲットパネルを撃ち抜く競技である。また、ボウリングとも似て
 
いて、決められたショット数でターゲットを撃ち抜かなければならないということで、身体能力と魔法能
 
力の両方を駆使しないといけないバランスゲーム、と言ったところか。
 
さて本日はどこに陣取るか、などと考えていたところに。
 
グニルックの練習をしていた1人の少女が視界に入る。
 
龍輝「あ、さっきの。」
 
そう、その少女というのは、今朝方拉致監禁されていたのを偶然助けた少女であった。
 
いまの一言は彼にとって独り言をつぶやいた程度だったが、他に誰もいない競技場では彼女の耳に
 
届くには十分すぎるほど静かだったらしい。
 
少女「…?」
 
少女が龍輝の存在を認める。そして、驚きの表情に変わる。
 
龍輝「……あ。」
 
少女「あ、えっと、上代、さん、ですよね……?」
 
龍輝「うん、まぁ、そうだけど。」
 
反応が少しばかりぶっきらぼうになってしまったが、所詮これがいつもの俺かと諦める。
 
少女「さ、さっきは、ありがとうございましたっ!」
 
慌てながら物凄い勢いで感謝の意を述べる少女。
 
龍輝は、何をそんなに慌てることがあるんだ、と苦笑する。
 
少女「そ、それで、今度、お礼をさせてくださいっ!」
 
まだ慌てている。そんなに緊張しなくていいものを。
 
そんなことより、これはチャンスではないかと思った。
 
龍輝「礼なんていらないけど、その代わり名前を教えてくれないか?」
 
少女「名前、ですか?」
 
龍輝「ああ。」
 
少女が少し照れる。分からなくもない。自分のことを相手に話すというのは、何かと恥ずかしいもの
 
だ。
 
少女「サラです。サラ・クリサリス、です。」
 
龍輝「なるほど、だから貴族の末裔か。」
 
クリサリス。それは、ある世代から持っている魔力がだんだん失われ、魔法使いとしての地位も落ち
 
てしまった、言ってしまえば没落貴族だと聞いている。
 
そして、考える。思いつく。暇だ。話し相手が欲しい。
 
龍輝「俺はたった今このパンがいらなくなった。よってこれをキミにあげよう。」
 
いくつか買ったパンの1つを包装ごと持ち上げる。
 
サラ「えっ、でも、そんな、悪いです……。」
 
龍輝「受け取れないのなら、所有者を失ったこのパンはこの地面にゴミとしてポイ捨てされるがいいの
 
   か?」
 
サラ「あうぅ……。う、受け取ります……。」
 
ばつが悪そうに龍輝の手からパンを受け取る。
 
龍輝「それにさ、昼休みになってすぐここに来たのに、それより早い時間にここにいたアンタが昼食を
 
      とる時間なんてあるわけないだろ。飯はくわねぇとぶっ倒れるぞ?」
 
サラ「ご、ごめんなさい……。」
 
龍輝「いや、まぁ、俺は別にいいんだが。」
 
隣を見ると、ちょこんと座ったサラが包装を破ってパンをちぎって口に入れていた。
 
上品だ、と龍輝は思った。
 
サラ「美味しいです。」
 
龍輝「そうか?」
 
サラ「はい。」
 
お互いに黙ってパンをほおばっていたが、その間、サラの視線が何回かこっちに向くのを感じた。
 
龍輝「なんだ?」
 
何かあるのか、訊ねてみた。サラは、何でもないですっ、と慌てて否定する。そんなサラの様子を見て、
 
龍輝は首を傾げるしか出来なかった。
 
2人ともパンを食べ終えると、サラが口を開く。
 
サラ「上代さんは、グニルックとか、するんですか?」
 
龍輝「しない。だるい。メンドクサイ。」
 
サラ「あはは……。」
 
サラが苦笑する。
 
龍輝「俺は他の魔法使いと違って特化した魔法がないからな。」
 
サラ「え?」
 
龍輝「要するにただの魔力タンク。」
 
サラ「それって……。」
 
あまりぴんとこないらしい。
 
龍輝「まぁ、持ってる魔力の大きさならリッカなんか俺の足元にも及ばねぇんだがな。残念ながら、出
 
      力先がないんだ。」
 
リッカとは、風見鶏に所属しているカテゴリー5――つまり最高レベルで優秀な魔法使い、リッカ・グ
 
リーンウッドのことである。カテゴリー5は世界に10人もいないらしいが。
 
サラ「リッカって……、あのリッカさんを呼び捨てですかぁ!?」
 
龍輝「そうだけど?俺一応本科3年だし?」
 
サラ「やっぱり、先輩だったんですね。」
 
龍輝「まぁ、授業なんて受けてないけどな。」
 
サラ「そうなんですか?」
 
龍輝「事情があってな。」
 
自分は一般生徒ではない――言おうとして、やめる。
 
そこまで自分のことを教える義理もない。そう考えた。
 
サラのそばの道具を見る。グニルックの道具。興味がわく。
 
龍輝「なぁ、グニルックって、楽しいか?」
 
サラ「え?……まぁ、面白い競技だとは思いますけど……。」
 
龍輝「ちょっとやらして。」
 
いいですよ、と、サラがブリッドとロッドを龍輝に手渡す。
 
軽くスイングの練習をして、スタンバイする。
 
サラ「えっと、ショートレンジでいいですか?」
 
問題ない、と答える。というか、彼自身、別にどうでもよかったのだろう。
 
ちなみに、グニルックにはショートレンジとロングレンジの2種類のフィールドがある。
 
距離が長いか短いかの違いだけだ。だが、そのフィールド上にいくらかの障害物を設置することができ
 
て、プレーヤーはその障害物を魔法を使ってブリッドをコントロールしながらターゲットを撃ち抜かな
 
ければならない。
 
サラがフィールドの半分くらいの距離に魔法で障害物を設置する。
 
龍輝「さてっと。」
 
魔力の出力先がない龍輝だったが、ロッドにはあらかじめその流れを伝える機関があるようで、素人の
 
彼でも簡単に扱うことが出来そうだった。
 
そして。ロッドを引き。
 
一気に振りぬく。
 
龍輝「……あ。」
 
魔力を放出できたがコントロールまでは出来なかったようで、ブリッドはそのまま直進する。
 
このままでは障害物にぶつかって終わり。そして、実際障害物にぶつかってしまった。
 
――はずだが。
 
なんとブリッドは障害物を破壊して直進し続けていた。全く、どれだけ魔力を込めたらそんなことにな
 
るんだか。
 
サラ「へぇっ!?」
 
当然これにはサラも驚愕する。
 
そしてそのままターゲットパネルの中央を撃ち抜き、4枚全てのターゲットを落とした。
 
龍輝「こ、これは、ありなのか……?」
 
サラ「……さ、さぁ、どうなんでしょうか?」
 
2人で腕を組んで唸る。
 
サラ「っていうか、先輩の魔力すごいですねっ。」
 
龍輝「すげぇだろ、それだけが取り柄だっ!」
 
そして、次の授業開始の予鈴が鳴り響く。
 
龍輝「どうせだ、シェルの番号交換しないか?」
 
サラ「よっ、よろしくお願いしますっ。」
 
シェルの番号を交換し終え、軽く別れの挨拶を交わすと、サラは自教室に戻っていった。
 
なんだかんだで楽しかったのかもしれない、そう余韻に浸る龍輝だった。
 
さてと。
 
ここに来た本来の目的を果たさなければならない。
 
――昼寝。
 
おやすみなさい。