23.異変、混乱
2013年04月01日 19:15
冬休みのある日、龍輝は清隆と一緒に図書館島に行くことになった。
清隆は何か調べものがあるとかで、ついでに現在の自分の閲覧レベルをチェックしようという意図。
一方龍輝は、手に入れた不完全な無限の魔法の知識をより精度を高め、完成させるためにその資料集め、といったところだ。
清隆たちには事の一部始終を説明しておいたのだが、特に詮索することもなく、ただ事実だけを受け止めてくれた。
ボートに乗って移動中のことである。
「龍輝さんって、魔法のことに関してなんでも出来るようになったんですよね?」
「ああ。若干語弊があるが、あながち間違いじゃない。あんまり自慢できるようなことでもないけど」
「その知識の中に、『呪い』についての知識って、ありますか?」
唐突に清隆の口から出てきたワード、それが龍輝の思考に妙につっかえた。
もしかしたら清隆が風見鶏に来たのもそのことについて調べるためでは。
そしてここなら何らかの資料やヒントが手に入るかもしれない。
それを使って誰か大切な人を救済する、あるいは負の呪術的風習の撤廃を目的としているのかもしれない。
いずれにせよ、力になってやりたいと思った。
「いや……、一度覚えたものをまた忘れた、みたいな感じだからな。とりあえず見てみないことには分からない」
しかし、力を貸すにはその知識すら持っていなかった。
「そうですか……」
「なんなら、俺がこれからついでに調べてやるよ」
実は龍輝は、『研究施設』での課程を修了すると同時に、閲覧レベルが最大限にまで上がっている。
これは学園から去ったらしいシグナス・ルーンの計らいで、彼の素質と人格が、無理な魔法の使用を回避するのと、知識の悪用、外部の組織への転用をしないという信頼を持っているため、図書館の係員やクラスマスターであるリッカ・グリーンウッドの監視のもと、図書館に眠る蔵書の自由な取り扱いを認められている。
つまり、図書館で閲覧できない書物はないのだ。
「本当ですか!?」
「暇潰し程度にだけどな」
「ありがとうございます!」
龍輝は、希望に満ち溢れた少年の横顔を見て、その行く末に期待すると同時に、図書館にある膨大な知識の山に、彼の必要な知識が眠っていることを願った。
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「初めて来たが、えらく広いもんだな……」
「そうですね……」
龍輝が建物内の広さと、そこに納められた書物の量に目を奪われている間に、清隆は自分の閲覧レベルを確認していた。
「あれ、『2』ですか?」
「そうだね。葛木くんは名誉騎士の称号を貰っているからそれでプラス1、そして生徒会選挙で当選したので、新学期が始まってからプラス1。だから君の閲覧レベルは『2』で、冬季休業が終われば『3』だよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。これからも頑張ってください」
確認するなり、龍輝のところに戻る。
閲覧レベルは上がっているはずだが、それでも清隆は浮かない顔をしていた。
というのも、以前彼がここに来た時、呪術関係の書物の基礎のものでも、閲覧レベルが、少なくとも、『6』は必要であることを聞いていたため、まだ自分では手が届かないことを悟ったのである。
「見てこようか?」
「お願いします。俺はここにいる意味がなくなっちゃったんで、ついでに眠り関係の書物を軽く当たります」
「ああ。っと、その前に、具体的にどんな知識が必要なんだ?」
「ああ、呪いの解術方法です。なんていうか、宿ったものの排除方法、というか」
「分かった、まぁ任せとけ」
「はい」
さて、清隆は『宿ったもの』と言った。
それはつまり、対象が個人に絞られることを意味する。
となると清隆は集団のために動いているわけではないようだ。
誰か、彼また彼の家族にとって大事な者を助けるために動いていると考えるのが妥当だろう。
そうなると、ますます龍輝は清隆に興味を持った。
呪術関係の本棚を当たる。
そこには、おぞましいほどの呪術関連の書物が並んでおり、そこにいるだけで呪われてしまいそうな、異質な雰囲気が漂っていた。
とりあえず、解術方法が詳しく載ってそうな書物を厳選し、4、5冊を机まで運んだ。
そこで、うろうろしている清隆を呼び、共にその書物に目を通す。
しかし、清隆から聞いた内容もかなり抽象的なものだったため、なかなかこれという情報を収集することは困難だった。
「……話すしか、ないみたいですね」
「やっぱり何か隠してたんだな」
「すみません」
清隆は謝罪をしたが、彼の性格からして、誰にも何も言わずに1人で行動するのには納得がいった。
龍輝自身、清隆の立場であれば同じことをしただろう。
「俺が、葛木家の養子で、姫乃の従兄であることは知ってますよね?」
龍輝は肯定し、頷く。
「葛木家は、代々『お役目』というのを受け継いでいるんです。最初に生まれた女の子にその力を代々伝えていくんです。でも、その力を持った者は、必ず短命になるんです」
そこで龍輝ははっとした。
「まさか、姫乃……?」
「はい。父も、姫乃自身も、母が亡くなってかなり落ち込んでいました。だから、父は、葛木家に『お役目』は必要ないと考えたんだそうです」
それで清隆は姫乃共々風見鶏に入学し、少しでも姫乃のためになるような情報をかき集めることをしていたのだと言った。
生徒会に入会したのも、勿論自分の経験を増やし、学校のために働くことを良しとしたところもあるが、閲覧レベルを上げるためでもあった。
「清隆――」
龍輝の真剣な表情に、清隆は一瞬恐怖する。
「絶対に姫乃を助けようぜ」
しかし、彼の放った一言は、強烈に頼もしいものだった。
その後も情報収集を続け、必要なものをピックアップして、図書館島を去った。
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さて、その日の夜。
リッカから急な連絡が入った。
なんでも、清隆との連絡がつかず、部屋に行ってみたところ、昏睡状態で意識がなかったという。
至急清隆の部屋に来いということだった。
すぐに自分の部屋から出て、清隆の部屋に向かう。
その間、ずっと自分の行動に原因がないか確かめていた。
今日図書館島で清隆と見つけた情報には、これといって危険なものはなかったはずだ。
それに、まだ完全な方策も決まったわけではない上に、集めた情報も彼の必要とするものとは程遠かった。
だから、龍輝の集めた資料が直接的な原因となるはずがないが――それでも妙な胸騒ぎを覚えていた。
清隆の部屋に入る。
その音に、部屋の中の姫乃、リッカ、シャルル、巴が一斉にこちらを振り向いた。
「ようやく頼みの綱が来たな」
「龍輝!」
「これは……どういうことだ?」
ベッドに横たわった清隆。
別に苦しんでいるわけでもない。
しかし、そこには『意思』がなかった。
完全に、眠りに就いている。
「どうして……兄さん……」
姫乃がショックのあまりに混乱している。
「来てみたら、既にこの状態だったらしいわ」
「そうか。……ちょっとそこを退いてくれ」
清隆の傍に跪いている姫乃を一旦除け、体に触れてみる。
「何か、分かる?」
以前に清隆の『夢見の魔法』に関する概論のようなものを聞いた時に、清隆の東洋式の眠りの魔法について知識をつけた龍輝は、清隆ほど熟練しているわけではないが、それでも完璧に仕込まれた知識と、膨大な魔力量によって、清隆以上の安定性と応用力を手に入れている。
目を閉じ、意識を集中する。
清隆の精神世界に自分の意識をリンクさせようと試みる。
しかし――繋がらない。
「駄目だ。これは――溺れている」
「溺れている?」
「ああ。例の知識によると、この種の昏睡状態は眠りを司る魔法使いに稀に出るケースだ。他人の夢に入り込もうとして失敗、そのまま自分と他人の意識の狭間に取り残されて、自分の体に意識を戻せない状態になっている」
「どうにか……ならないんですか?」
姫乃が不安げに、そして、逆にそれを聞いてしまったことで、聞きたくもない答えを聞くことになってしまうであろう恐怖を顔に浮かべながら、龍輝に声を掛ける。
「どうにかするために俺が来たんだろうが」
そして龍輝は思考する。
清隆の他人の夢に入り込むそのプロセスと、今回の失敗に関する情報。
「リッカ、清隆って、自分の夢をコントロール出来ないこともあるのか?」
「え?……ああ、たまに意識せずに他人の夢を見てしまうことがあるって言ってたわ」
「オーケー。大体分かった」
「何が分かったの?」
シャルルがその核心を問うた。
その時、龍輝は顔をしかめた。
「こいつは、誰かに引っ張り込まれてる。誰か第三者が存在する。それは特定できないし、下手したら夢の中の登場人物だってこともありうる」
「そんな……」
そして、今度は姫乃の方を向きある確認をとった。
「姫乃、清隆が何か自分の魔法についてまとめてあったりするメモとかないか?」
「はい……確か、この辺にノートが……」
姫乃が清隆の机から一冊のノートを取出し、それをぱらぱら捲って大雑把に内容を確認する。
姫乃に理解できる訳はないが、それが『夢見の魔法』に関する記述であることは分かったようだ。
「それを貸してくれ。もっと確実性を上げたい。清隆の知識を、借りさせてもらう」
「それって、まさか単身で清隆の精神世界に飛び込むつもり!?」
「他に方法はない」
「そんな……」
リッカは清隆から聞いていた。精神世界の不安定さを。
そこに熟練していない魔法使いがダイブしたところで、同じように意識の狭間に閉じ込められる可能性が高いだけだ。
龍輝は魔法において全ての知識を得たとはいえ、まだ使いこなせたわけではない。
だから、不安なのだ。
「俺が行かないと、清隆は戻ってこれない。そんなんじゃ、姫乃はどうする?――俺は、そんな終わりは認めない」
先程誓ったばかりだった。
姫乃を絶対に救うと。
今更、その約束を破棄して精神世界の底で終わらせるなんて阿呆らしいことを、龍輝も清隆にもさせるわけにはいかない。
そのために、彼は敢えて危険に飛び込む。
「なに、龍輝なら帰ってこれるさ。絶対にな」
巴が、龍輝を曇りなく信頼したような声音でそういう。
「絶対に、戻ってきてください」
「ああ。そうやって清隆にも願ってやれ」
「はい」
姫乃が頷く。
そして龍輝は、清隆と手を繋ぐようにしてその体の横に横たわり、静かに目を閉じ、清隆の精神世界に入るために、意識下で暗闇を駆けていった。