5.「fire」
周囲には凶器を手にしてニヤニヤしているクズが5人。
というかキモい。マジでキモい。
何がキモいかと言ったら、ここの雰囲気そのものがこいつらのせいでキモくなっている。
とりあえず隣の響子を背後に回す。
これで関係ない巻き添えをなくせる。
あとは。
――辺りに気付かれないよう、静かにこいつらを始末するだけだ。
俺の『非現実』。
拝ませてやろうか。
最高の狂気を。
最高の恐怖を。
最高の絶望を。
懐から俺が取り出すのは、マッチだ。
マッチ棒の先端を箱の側面に擦り付けると、その先端部分にオレンジ色の小さな火がついた。
俺はそれを宙に放る。
そして、『非現実』を『現実』に、呼び起こす。
俺の『非現実』。
――念動放火能力(パイロキネシス)。
マッチ棒の小さな火が、急激にその勢いを増し、瞬間的にその場に業火が生まれる。
背後のガキがビビッているが、そんなことは知ったこっちゃねぇ。
「な、何が起こってやがる……!?」
「なんだよ、あれ!?」
おいおい、これだけで怖気づいてどうするんだよ。
上の人間に命じられて俺を始末しに来たんだろう?
そんな弱気じゃ、後でボスに怒られちまうぜ?
その業火を俺の手元で凝縮させ、扱いやすく束ねる。
「な、なんなんだよ、それ……!」
「なんだって言われても、俺自身これが何なのかよく分からん」
「それに」
炎に向けていた視線を外し、相手の一人を睨む。
「お前ら好きだろ?こういうの」
「な…何の話だ?」
「俺が始めて組織に入れてもらうのを頼んだ時、やったよなぁ、デスゲーム」
「あれが何だって言うんだ……?」
忘れちゃいない。あれが俺の狂気を覚醒させたきっかけだったのだから。
「あのデスゲーム、既に出来レースだったってことくらい、分かってんだよ。あのくじ引き、『当たり』と『外れ』で紙の質が違った。どちらかが『外れ』だってことはすぐに分かったが、どっちがどっちまでは分からなかった。だからその時点で確率は2分の1。そしてお前たちはどちらが『当たり』か分かっているから、『外れ』を引くことはなかったんだよな」
「そんなこと、知ったことかよ」
やっぱりシラを切るよな。認めたらこの炎で焼き殺されると想像するのが一番だ。
だが、そんなことはどうだっていい。
俺は、他人と情報を共有することで、その状況を一般化させ、自分の行動を合理化させたいだけだ。
「俺は『外れ』を引いた。内容は、火で炙られる事だった。正直ビビッたよ。まさか本当に俺を焼き始めるなんてな。俺はお前らを舐めてた。」
「だから俺は、せめて死ぬ間際にお前らを戦慄させてやろうと思った。俺は、焼かれることに、そして死に対してまったく動じなかった」
「俺は、既にそこで狂っていた」
「覚えてるだろ?あの時の俺の可笑しな可笑しな嗤い声を……」
「そう、今お前らの目の前にいるのが、その狂者なんだよ……」
だから、お前らを、煮るなり焼くなり、好きにしてやる。
生かすも殺すも、俺次第だ。
戦闘では、人間は有利な方に事を運ぼうとする。
そう、この場合、敵にとって有利な状況とは、『数』。
だから、束になってかかってくる。
数の暴力に頼れば、いくら相手が鬼だろうと、その背後を突くことが出来る。
でも残念ながら、既にその数じゃ、俺の『体積』に敵わないんだよ。
そして予想通り、相手は束になって、いろいろな方向から突っ込んでくる。
俺は、右手のこの炎を、後ろ以外全方位に薙ぎ払った。
俺は、その悲鳴すらも燃やし尽くしてやる。
俺がお前らによって覚醒させられたこの狂気を、この苦痛を、お前らにも味わってもらおう。
出来る限り小さく、そして高温に炎を調節した。
そして外野ではこの喧騒だ。
そうそう簡単に気付かれまい。
その時、ふと気付いた。
後ろの少女が、
――怯えていた。
そうだった。こいつは炎によって大事なもの全てを奪われた。
俺はその炎で別のものを奪おうとしている。
最悪、俺が施設を焼き払った犯人だと思われるだろう。
「クソが……」
興醒めだ。
鎮火させる。
焼いてからそんなに時間も経ってないだろう。
きっとまだ死んでないはずだ。
そして、背後で怯えている少女の肩を抱き寄せ、落ち着かせる。
「悪かった」
「……。」
「俺がどういう人間か、分かったろ」
「……。」
「疑ってんだろ?俺が孤児院を焼いたんじゃないかって」
「……。」
「今すぐ俺から離れろ。それが一番安全だ」
「……私、信じてます」
響子は俯いたままだ。その表情は、俺には見えない。
「私、お兄ちゃんのこと、信じてます」
「なんで……」
「だって、あの人たち、まだ死んでないです……」
黒焦げになったクズ共を見ると、まだ意識はあるのか、ピクピク痙攣していた。
「お兄ちゃんが本当に酷い人なら、みんな、焼け死んでますよ……」
「そんなことで――」
「だから、信じてます」
「お前……」
純粋に、嬉しかったのかもしれない。
誰かに信じられることが。
俺が、家族を失ってから、もうずっとなくしていた、信用。
そして、あの繁華街にいた時は、常にやるか、やられるか。
信頼とか友情なんてものは、金より脆いものだった。
金さえあれば、なんだってできた。
でも、この言葉は――
俺に向けられた、この信頼は――
きっと、金では手に入らないものなんだろう。
誰もが言う。
お金では手に入らないものがある、と。
それを、初めて痛感した。
そして、俺は羨望した。
昔みたいな、平穏な日々に。
もう一度、戻りたい。
この、強い小娘が、俺のことを信じてくれているのなら。
もう一度だけ。
あの、本当に充実していた日々に。
全てを投げ出したクズみたいな俺に、その資格があるのなら。
もう一度、頑張ってみようか。
響子の小さな手を握った。
その信頼に応えたくて。
その手で光溢れる世界に連れ出してもらいたくて。
この幸せの象徴を、放したくなくて。
俺たちは、現場を離れて、そのままアパートに戻った。
そして、これからのことをゆっくりと考えよう。
響子のことももちろんそうだ。
そしてなにより。
俺も、復学をしようと考えた。
今更帰ってきたところで、誰も歓迎しやしない。
それでも、それで日常を取り戻せるのなら、安いものだ。
もう一度、自分にできることを探して。