3.「solitude」
2012年11月03日 14:14
「んじゃ、行ってくるぜい!」
健斗がバットとグローブを持って嬉しそうに出て行った。
つまり、一人になった。暇になる。
テレビをつけた。ニュースをしている。
『――県、――市の○○孤児院が、火事で全焼、そこで生活している子供は全員無事に救出されましたが、孤児院の責任者である――――さんが、遺体となって発見されました』
アナウンスの後、野次馬の一人が撮ったものらしきムービーが流れる。
凄まじい光景だ。
こういうのを阿鼻叫喚とでも言うのだろうか。
少女の悲鳴が聞こえる。
いやだ、いやだと。
住居を失い、親代わりの人を失った。彼女たちはこれからどうするのだろうか。
……実際に姿を見た訳じゃないんだが。
部活は午前で終わり、昼からはすることが特にない。
週末課題は前もって終わらせてあるし、土日もしっかり勉強してやろうという気も起きない。
「エンカウント求めて旅に出ますか……」
俺は適当に私服を着込み、だだっ広い健斗の寮の部屋を出た。
さて、外に出たのはいいが、何をするか。
小遣いは割と持っている。なかなか時給のいいバイトで稼がせてもらっているので、金にはあまり困ったことがない。困るのは、その金を何に使うかである。
食料品、参考書代、服代、他に何かあったかな?
そうそう、部活に使うバスケットシューズや練習着も当然自費だ。
模試代金なんかもそうか。
まぁ、支出の話なんてどうでもいいから、とりあえず商店街にでも向かいますか。
そろそろゴールデンボ○バーの新シングル発売日だっけ?
途中のコンビニで買ったジュースを蓋を開け閉めしながらちまちま飲みつつ歩いていると、よく通うレンタルショップに到着した。『T』から始まるアレだ。
最近映画館で上映されているシリーズものの映画の前作とかがおススメ商品になっている。
残念だったな、俺はハリー○ッターは好きじゃないんだ。
真っ先に向かうのはJ-POPのコーナーだ。
間違っても暖簾の向こう側なんかじゃない。俺はまだ健全な高校2年生だ。
そのコーナーにもやはりおススメ的なものは並んでいる。
もうすぐ最終回ラッシュを迎えるゴールデンタイムのドラマの主題歌なんかは人気だ。
ただで手に入るダウンロードも悪くないが、超音質を求める俺は断然CD派だ。
ダウンロードも別にやるのは勝手だけど、やる奴はほどほどにしとけよ?
サツのお世話になってもシラネーぞ?
さてと、誰に向かって語っているのか分からないトークは一旦ここまでにして、とりあえず、物色に集中する。
集団アイドル系は好きじゃない。
奴らは集団で歌うといい感じに聞こえるけど、ソロで歌わせると大したことなかったりする。
それに比べて、2人から5人くらいのユニットで歌ってるアーティストは一人ひとりが上手だし、歌のバリエーションも豊富である。
まぁいろいろうるさいことを言ってるわけだが、残念ながらお目当てのものはなかったため、今日はこの辺で引き上げるとしよう。
さらば、店員のおっちゃん。
さて、今回の旅の目的はエンカウントなんだが、知り合いに誰も会わない。
ってか、寂しいんですけど。
いっそのこと、これから公園に行って健斗たちのチビッ子野球に入れてもらおうか。
……やっぱそれだけは勘弁願いたい。
ふと通りを見ると、青年と少女のペアが向こう側に歩いていくのが見えた。
カップルだろうか。それはないか。そんな雰囲気じゃないのはここからでも分かる。
大方兄妹かなんかだろう。
それにしても兄(仮)のほうは、髪も軽く金髪にしてチャラい格好だけど、妹(仮)とショッピングとは、なんと妹(仮)想いな兄(仮)なんだろうか。
そこら辺の不良とは訳が違う。
誰かと街中を歩くのって、羨ましいなぁ……。
場所を変えて住宅街へ。
商店街にいても誰とも出会いそうになかったので、それならばと、人が家によく出入りするのを目撃するここなら誰かを見つけやすいと思った。
しばらくうろうろしていると、思惑通り、知人を見つけた。
我がクラスのスーパーエリート君、一条翔である。
なんとこいつ、全国模試で常に偏差値ランキングベスト10をキープしているツワモノなのだ。
運動は苦手だが人並み、ユーモアもあっていい奴である。
口癖は、テスト前の『勉強やってねぇ』である。
きっとそのあとには『けど全然余裕ー』とかつくんだろう。
「よう」
「おっす、小笠原」
軽く挨拶を交わすと、翔は少しはにかんだ。
「こんなところで何やってんの?」
「あいや、ちょっと出会いを求めて、っとうろうろしていたところに翔が」
「ふぅん。俺はこれから本屋で小説買いに行くけど、一緒に行く?」
「残念、俺はさっき商店街にいたからあそこには戻りたくない」
「そいつはお気の毒に」
「小説って何読んでんの?」
「最近は推理小説に凝ってるね。あれ、なかなか面白いよ。中には最初から犯人が分かってしまう、とか いう展開のものもあるからね」
「それ、面白いか?」
推理小説というのは、物語を読み進めていく中で、自分の頭の中で情報を整理し、トリックとか犯人とか動機とかを推測していくのが醍醐味じゃなかったか?
「まぁね」
予想外の答えが返ってきた。何が面白いのだろうか。
「最初に犯人が分かる。犯人が分かっているから、小説中盤での犯人の心情が文章中に所々隠れている。 そういった登場人物の焦り、苛立ち、恐怖、絶望、不安、後悔とかを読み取るのって、なかなか面白いよ?」
「そっ、そうか……」
ついていけない。頭のいい奴は考えることの次元が違う。
「それじゃ、俺はそろそろ行くから、頑張って相棒を見つけなよ」
「じゃあな」
そういうと翔は、商店街に続く道へと消えていった。
さてしばらく道に沿って歩いていると――
来てしまった。
――俺の家。
見上げる。前から何も変わっていない、以前の我が家。
少し古風の、古い木の香りが漂う和風の家。
思えば、全ては俺が悪かった。もう何度もしてきた自問自答。
何がいけなかった――全てがいけなかった。
俺は、裏切ったのだ。
家族を。
両親を。
心血注いでいつも自分の為だけに全てを与えてくれた両親。
俺は、ただ、貰うだけだった。
俺はそれに、満足しちゃいなかった。
――満足すべきだった。
日常で積み重なるストレス、発散できるようなタイミングなんてなかった。
でも、親にだけは当たりたくなかった。
この感情は、俺のせい。
この失敗は、俺のせい。
この原因は、俺のせい。
俺のせい、俺のせい、俺のせい。
俺のせいだから、親のせいじゃない。
俺の中の醜く黒い塊は、触れると爆発するくらいに大きくなっていた。
そして、親というものは、子の変化にすぐ気づいてしまう。
でも、そっとしておいてほしかった。
触れられると、爆発する。
だが、許されなかった。
そこでまた、マチガエタ。
親に当たる。
母が驚愕する。
父が唖然となる。
母が嗚咽を漏らす。
父が宥める。
見ていられなかった。
見ていたくなかった。
その時になって気がついた。
人生において、最大の罪を犯したと。
だから、頭を冷やして、決意した。
――いつか自分が両親に恩返しができるようになるまで、ここには帰らない、と。
だから俺は今、ここにはいない。
そしてこれは、『武士(エイユウ)』としての家系における、儒学じみたしきたりの意味をよく咀嚼しての決意。
今となっては戦乱も紛争も日本では存在しない。
しかし、それでも、守るべきものは守らなければならない。
父さんは、そういう守るべきものを守って生きてきた。
捨てるものは捨て、救うものは救う。
俺も、そんな生き方に何があるのかを知りたい。
だから、俺は踵を返す。
再びこの古い家に認められるまで。
『武士(エイユウ)』になれる、その時まで。
気分が萎えた。今日はもう帰ろう。
こんな気分で誰かと話してても面白くない。
寝よう。
今日はゆっくり寝よう。