37.振出しに戻る

2013年11月05日 16:42
英嗣は光雅の通っている学園から、そこの生徒会長、朝倉音姫の拉致に成功する。
そして彼女を助けようとして、光雅もまた、それを追いかけた。
到着した廃工場で勝負を仕掛けることになったのだが、ここで計画は、作戦は成功した。
そう、光雅に眠る、その凶悪な力を覚醒させることに成功したのだ。
彼が生き延びることができた要因であり、これから彼の身を滅ぼしかねない力。
誰にも理解されない孤独と、何よりも力を欲する、力への渇望、そして、目の前の障害を、敵を一瞬にして葬り去りたいと思う破壊衝動が、彼を無限への高みへと登らせた。
それこそ、龍雅が以前から見抜いていた光雅の本来の力、
 
――≪solitary Pluto(孤独の冥王星)≫
 
そして、その力を前にして、佐久間英嗣は、塵も残らないほど完全に消し去られてしまった。
 
そしてこれを期に、龍雅は新たなる段階へと足を踏み入れる。
それは、かつての友だった、隼翔と、輝夜の、報われない死に方をした彼らの、最高の死を、後悔のない死を用意するための、自慰行為に等しい愚行であった。
光雅の住む島には、ロボット産業も活発に進んでいるらしく、そこには、人間そっくりのロボットが開発、販売されていた。
倫理上の問題などで未だに人間とロボットとの間で摩擦もあったりしたが、そんなことは龍雅には関係なく、ただ、そこにいる『μ』と呼ばれるロボットを2体入手しさえすればよかった。
そしてそれを手に入れ、『彼女ら』に術をかける。
次第にその容姿を変え、少しずつ、少しずつ彼の記憶通りの物へと変身していった。
片方は、バスケットボールが好きそうな、活発なイメージを持たせる少年、もう1人が、内気ではあるがどこか芯の強い少女。
だがそれはあくまで外見であって、中身まで伴ってはいなかった。
虚ろな瞳は、龍雅には何も語りかけてはくれなかった。
その人形に術をかけ、片方は剣術を、もう片方には魔術を与え、戦闘技術を付与させた。
龍雅が考えていたことは、あまりにも無念な生涯の閉じ方をした彼らに、安らかに眠ってもらうこと、そう、戦いに敗北させることによる魂の安息を与えようとしたのだった。
そして彼は呼んだ。
 
「輝夜……、隼翔……」
 
かつて1度も呼んでやったことのなかった、彼らのファーストネームを。
せめて、生きているうちに呼んでやればよかったと、後悔の念が押し寄せる。
しかし、それでも、こんなとろで立ち止まっているわけにもいかなかった。
彼は、彼のために、世界のために協力を惜しまず死に向かっていった連中に報いるために、自らの弟をこの手で潰すことを、固く決意した。
 
「カグヤ、ハヤト、準備しろ。奴は完全に≪solitary Pluto(孤独の冥王星)≫に目覚めたらしい。これでようやく、俺の最後の革命を始めることができる」
 
再び2人の名前を呼んだその声音には、感情は籠ってはいなかった。
コンタクトレンズに術式魔法を組み込み、それを右目に当て、魔法を刻み込む。
そしてそれを暴発させないよう、魔法を強く込めた包帯でその目を抑え込んだ。
立ち上がり、そして前へと進む。
目的地は、夢の終わった世界。
永遠という時を終え、薄紅色の夢から覚めた、小さな島。
かつて『枯れない桜』と称された、雄大で美しい大木のあった島へ。
 
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既に枯れてしまっていた桜の木の下で、龍雅は待った。
決着の時、光雅がここに現れる時を。
足音がして、振り返った。
視界に入ったのは、5人の男女。
 
金髪碧眼を持つ、大魔法使いの孫娘――芳乃さくら。
 
未来を写し、それを確定事項とする夢を見る少女――朝倉由夢。
 
『お役目』の力を母から受け継いだ『監視者』――朝倉音姫。
 
とある少女の『夢』から生まれた少年――桜内義之。
 
そして。
その先頭に立っていたのは、紛れもなく、目的の人物だった。
 
――弓月光雅。
 
最後に別れたあの時から、随分と逞しくなった。
あの優しげな瞳にも、鋭い眼光があり、戦う覚悟を、自分の目的のために真っ向から対峙する相手を蹴落とす覚悟をしたものの表情をしていた。
理想の正義のヒーローに、相応しい佇まいに、少しばかり、龍雅は怯んだ。
この時から、勘付いていたのかもしれない。
この男は、負けないと。
だから彼は、それに屈したくなかった。
そんなもので、これまでの想いと時間を無駄にしたくなかった。
自分の意志は、自分のものではなく、世界の総意だから。
自分の一挙一動は、世界に定められた、あるべき行動なのだから。
龍雅は、覚悟を決めると、その名を呼んだ。
 
「久しぶりだなァ、光雅」
 
「ああ、ホント久しぶりだ、弓月龍雅、兄さん」
 
恨んでいるかと思っていた。
呆れていると思っていた。
龍雅がしたことは、光雅には知られていたから。
この世界を消すことが、彼にとってどれだけ苦痛なことか、まして、それを行っているのが他の誰でもなく自身の兄であったなら。
しかし彼の声には、恨みも憎しみも、そして侮蔑もなかった。
 
「さァて、色々説明しないといけないな」
 
「そうだな。血が繋がってないとはいえ、兄弟なんだ。昔話の時間くらいあってもいいだろ」
 
今生の別れ、いや、世界の終わりを迎える前に、少しだけ話がしたかった。
それだけ龍雅にとって、光雅という存在が気高く、眩く、それでいて憧れで本当は失いたくない存在だった。
 
「そうだな、俺はな、物心ついた時から、何かずっと心に違和感があったんだよ。俺はここにいるはずの人間じゃない、みたいな、な。何故か、俺はガキの頃から妙に冷めていて、冷静だった。そして、この世界が、どこか嫌いだった」
 
話すつもりなどなかったのに、光雅が相手だと、つい話してしまう。
龍雅は光雅に対して、想いを打ち明けたことはなかった。
それが今、ここで望まぬ形となって言葉にされていた。
 
「それでもよ、そんな俺に、お前は声をかけた。何度も何度も。ウザいくらいに」
 
当時の邂逅のことを思い出しながら、その鮮明な記憶を元に、言葉を紡ぐ。
 
「俺は正直嬉しかった。みんな俺から離れていく。そんな中でお前だけが俺と接してくれた。そして、そんなお前と、兄弟に、家族になった」
 
だが、それがいけなかった。
自分は高望みし過ぎていた。
何もかも、自分の責任で、そんな責任を背負わなくてはならない運命に抗おうとして、挫けた。
そして――忘れ去ってしまった。
そして、2人の友は、自分の前から姿を消した。
 
「俺はそこで幸せを手にしたはずだった。それなのに、……奪われたんだ。勿論、お前にじゃないことくらいは分かってンだよ。俺は、この世界の不平等さを、運命を、運命なンかを作り出した糞野郎を憎んだ」
 
「不平等……?」
 
「俺の大切な友達は死んだ。お前を守って死んだ。……お前は守られなくても、死ななかったのにな」
 
――違う、言いたいことはそんなことじゃない。
 
悪いのは自分で、間違っているのも自分で、歪んでいるのも自分であることくらい分かっていたのに、口から出る言葉は、光雅を責めるようなものになろうとしていた。
 
「光雅、お前には最初から、≪solitary Pluto(孤独の冥王星)≫の力が宿ってたんだよ」
 
「な……!?」
 
やはり、このことには気が付いていなかったらしい。
それも仕方のないことだ。
彼は確かにあの事件の前まで正義のヒーローのような存在だったが、その存在のような特殊な力も、超能力も使ってはいなかった。
彼のそれはあくまでカリスマ性であり、人徳であり、責任感の強さであり、そして意志の強さであった。
 
「どうやって魔法がまともに使えるようになったのは知らねェが、とにかく、お前はそれで助かったんだ。月宮と、時川は、助からなかった」
 
これだけが最大の謎だった。
何故光雅に魔法が使えるのか。
確かにそれだけの素質はあったが、それに気が付かなければ、そして、それを扱うだけの器がなければ、あの力は決して発現することはなかったはずである。
龍雅がけしかけた刺客に、光雅は魔法を使って対応してきた。
≪solitary Pluto(孤独の冥王星)≫を発現させる足がかりとして送り込んだ刺客が見事策を成功させ、彼にその力の鍵を1つ開けさせることができた。
そのおかげで龍雅の所属していた魔術組織が光雅を見つけることができたのだ。
そして英嗣の時も、孤独の力によって彼を抹殺した。
何故彼が魔法が使えるのか――彼がこの世界に移動してきた時に何かあったことは容易に推察できるが、しかし『あの世』と呼ばれる世界で人間が意識を、記憶を保つことができるだろうか。
いろいろ考えたが、どうでもよくなってきた。
 
「その時俺は気が付いたんだ。自分の中で呻く声に。壊せ、と。終わらせろ、と。その声が誰のものなのかは分からない。それでも、それらを突き動かしていたのは、その時の俺と同じような感情だったに違いない。だから俺は、決めたんだ。俺の中には、たくさんの、世界の不平等に嘆く人間の遺志があった。そして、俺には世界を壊すだけの力があった。だから、決行しようと決めた。そのためには、お前の≪solitary Pluto(孤独の冥王星)≫が必要だった」
 
「キミなんだね、あの夏の日に、音姫ちゃんを拉致して閉じ込め、光雅くんを怒らせた2人組を送ったのも、そして、クリスマスに佐久間英嗣を使ってあんな事件を起こしたのも!」
 
金髪――芳乃さくらが声を張り上げる。
彼女もまた、全ての真相に行きついたようだ。
 
「そーゆーことか。つまり兄さんは、俺の力を覚醒させて簒奪するために、わざわざ俺の大切な家族を傷つけるような真似をしたってわけか」
 
「ああそうさ。だがな、俺が味わった絶望はそんなモンじゃなかったぜ!最初から何も持たなかった俺にほんの少し与えられた幸福も、全部、全部奪われたンだ!こんな世界が、こんな不平等な世界が、誰1人として幸福になんかできるわけがねェ!誰も、誰もこんな不平等の世界なんて望んじゃいねェんだよォ!」
 
その瞬間、世界が揺れた。
自分の怒りが、世界を揺らした。
 
「そっか。それなら、俺と兄さん、世界史上最大の兄弟喧嘩を――始めるとするか」
 
ここで初めて、光雅の眼に、殺意が芽生えた。
本気で兄を殺そうとする、そんな目。
周囲に静寂が走る。
聞こえるのは、風で草がなびく音だけ。
 
「≪加速運動(アクセラレート)≫、≪龍の魔眼(クリア・アイ)≫解放」
 
身体能力を数倍にも跳ね上げる。
勿論他の魔法を駆使してこの魔法の致命的な弱点、痛覚すらも倍加させるというシステムは消している。
そしてもう1つの魔法で、体に眠る世界の総意の具現、黒龍の力の一部を開放させる。
 
「それじゃ、俺も行くぜ」
 
光雅も、彼自身の持つ最高の力を発動させる。
その力に、龍雅は感嘆した。
だが、それを隠して、彼はしゅるしゅると右目の包帯をほどき、その右目を露わにした。
 
「≪真空の境界線(フィールド・ゼロ)≫」
 
こうして、最後の戦いが、幕を開けた――
 
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――そして、振出しに戻る。
 
閃光に包まれて敗北を悟った自分を思い出して苦笑しながら、目の前で眠り続ける弟を眺める。
負けてよかったのかもしれないと、冷めたよう考える自分がいた。
どちらも信念を曲げず、最後まで全力を出し切った。
龍雅のそれも正義で、光雅のそれも正義で。
その結果、龍雅は負けた。
光雅が正しくて、龍雅が間違っている、これが結果だった。
だから龍雅は、そんな彼に、一抹の希望を託してみようと、自分の幸せを彼に託してみようと、そんなことを考えていた。
 
「さーて、このバカ、いつまでも夢なンぞ見てる場合じゃねーだろ。俺に想いをぶつけたなら、最後まで全うしてみせろよ」
 
皮肉ってみるも、光雅は眉ひとつ動かさない。
この男がずっと眠り続けているのは、かつて芳乃さくらの幼馴染、朝倉音夢が記憶を失いながら深い眠りに就いたそれと同じだった。
1人で2人分の心を共有して、それで体がそれについていけていない。
このままではいけないと、強く思った。
 
「お前はまだ死ぬべきじゃない。死ぬのは俺だ。俺が死んでお前が生きろ。償いでもなんでもねェ。これが俺の最後の幸福ってだけだ」
 
その言葉を聞いて、傍にいた大きなピンク色のリボンをつけた少女――朝倉音姫の表情が悲しみに曇る。
それに気付いた龍雅は、呆れながらも彼女の顔を真剣に見つめた。
 
「お前、こいつの女だろ?」
 
「……はい」
 
「なら、お前がこいつを支えてやれ。もうこいつはお前なしじゃ絶対に生きていけない。こいつは誰よりも強くて、完璧で、勇敢で、それでいて、脆弱なんだ。1度壊れたら、こいつは二度と治らなくなるだろうよ。だから、お前がこいつを守ってやれ」
 
自分が、2人分の体の役目を果たせばいい。
そうすれば、心を2つ所有していても、容量オーバーにはなり得ない。
 
「いつ起きるかは分からない。でも、目を覚ました時は、ちゃんと歓迎してやれよ」
 
それは、彼が放った最後の言葉で――
 
――我が最愛の弟に、幸あれ。
 
それは、彼が願った、最後の悲願だった。