43.新聞と噂話

2013年11月07日 00:12
さて、当然のことだろうが、龍雅が公式新聞部に入ったことは、学園でもある程度大きな騒ぎになった。
理由としては大きく2つ、1つは、清隆が1人ハーレム状態にあった公式新聞部に新しく男子が入部したこと、そしてもう1つが、その男子生徒というのが、あろうことか今月編入してきた転入生で、更に学園のアイドルと称される森園立夏に目をつけられ、挙句の果てに知り合って間もないはずなのに妙に親しいと来た。
学園の男子生徒たちからしたら、新入りの分際で先を越されたという謎の敗北感に苛まれ、龍雅自身、眼つきは鋭く恐ろしいところもあるが、基本的にある程度整った顔立ちをしているため、女子生徒たちからしても、それなりに注目していた人物が、あろうことか同じ学園の“強豪”とも呼べる連中の集団に属したことに、些か不安と落胆を感じているようだ。
 
では、そんなやたらと注目度の高い公式新聞部が、今、新入部員を迎えて新しく活動を始めようとしているようだ。
 
「前からだけど、学園内じゃなくてこの島でよく聞く噂、あるわよね?」
 
と、意味深な前振りをするのは部長の森園立夏である。
いつもの調子で、堂々と立ち上がって議論を始めた。
 
「ああ、確か、『幸せを呼ぶ夫婦(めおと)』でしたっけ」
 
さらの補足に、他の部員もそのことかと納得する。
立夏が説明するには、この初音島のどこかで、たまに物凄く仲のいい夫婦のような仲の男女が現れるらしい。
それだけならただの仲睦まじい夫婦が島を歩いているというだけの話だが、体験談によると、その2人を目撃したら、どんな心境であろうとたちまち幸せになるのだという。
噂の域を出ないが、意見の食い違いで別れる寸前のカップルが、たまたまそれを見かけただけで寄りを戻したとか、河原で殴り合いのけんかをしていた男子生徒たちがそれを見て和睦して更に仲を深めたとか、そんな微笑ましい噂もあるとのことである。
 
「枯れない桜とか魔法とかもそうでしたけど、やっぱりこの手の話題は信じがたいよなー」
 
「まったく清隆ったらロマンの欠片もないんだから」
 
清隆の率直な感想に対して立夏がむくれて非難する。
 
「タカくんの言うことも分かるけど、やっぱりあるものはあるんだから、調べてみる価値はあるんじゃない?」
 
シャルルは立夏の提案に乗り気である。
また葵も姫乃も今回の活動には若干興味があるようで、少しばかり積極的である。
少し前に立夏を小馬鹿にしていた連中の言葉と態度ではない。
 
「ホント調子いいんだから」
 
と流石の立夏も愚痴を零す。
 
「でも立夏さんが私怨だけで非公式新聞部に喧嘩売ってたのは間違いじゃないですけどねー」
 
葵がお日様笑顔で容赦ないことを言う。
立夏も覚えがあるようで返す言葉もないようだ。
 
「非公式新聞部って、なんだ?」
 
龍雅の質問。
この学園の組織関係までは把握し切れていない。
 
「あーえっと、龍雅さん、非公式新聞部ってのは、何でも半世紀以上も昔からある部活らしくて、部員数、部室、活動内容、活動目的の全てが謎に包まれた部活なんです。学園内でも分かっているのは胡散臭い新聞を発行していることくらいで……」
 
清隆の説明は、いまいち詳細がはっきりしなかった。
無理もない、非公式新聞部そのものが意味不明なものであれば、意味を必要とする説明も、自ずから曖昧なものとなる。
 
「で、そこで部長を務めているのが杉並よ」
 
「す、杉並!?」
 
立夏の補足に、龍雅が驚愕した。
確か、風見鶏にもそんな名前の不審者が存在したはずだ。いや、間違いなく存在した。
 
「驚くのも無理ないよねー。過去にだって杉並くん、いたみたいだし」
 
シャルルの発言からして、やはり杉並と言う人物は存在した。
あのような神出鬼没、孤高のカトレアでさえ手の焼ける存在がこっちにまで存在するとなって、挙句公式新聞部に対する非公式新聞日となると、龍雅も頭を掻いて苦笑するしかなかった。
ふと、ここで思い出す。
風見鶏では、杉並と言えば巴、五条院巴だ。
杉並が何か騒ぎを起こす度に単独で出向いて追いかけていったのをよく覚えている。
そのことを立夏に訊いてみた。
 
「ああ、巴さんなら私たちの1つ上の学年でね、私やシャルルと同じで生徒会やってるわ」
 
年齢こそ違えど、やはり立場は似たようなもののようだ。
 
「なんか、私たち以外にもいるのよねー、偶然かどうかは分からないけど、名前とか容姿が完全に一致している人が」
 
「それって耕介くんとか四季さんとかですよね?」
 
「それ、私も思ってました」
 
立夏が頭を抱えることに対して、姫乃とさらが同意する。
とはいえ、彼女らの発言によると、誰も枯れない桜には関係がないらしく、名前容姿が同一である以外は、特に接点もないようだ。ただ、人間関係は完全に一致している。
 
「偶然、ねぇ」
 
「あのメールを送ったのも、私たち6人に対してだけだったからね」
 
そこで立夏が龍雅に見せたのは、何とも奇妙なメールだった。
 
『桜が咲いたら、約束のあの場所で――』
 
そこから先は文字化けしていて読めなかった。
だが龍雅は、矛盾点に気が付く。
携帯電話の普及年代と、そこに示された送信時間の食い違い。
 
「よく気が付いたわね。そ、1951年4月30日、私たちがロンドンの霧を晴らした日付と一致するの。これがきっかけで、私たちは再会できたのよ」
 
立夏は自慢げに語る。
枯れない桜が再び咲き誇り、このメールが届いた時、真っ先に魔法だと言い張ったのは他の誰でもなく立夏である。
そして、周囲の人間を見返すようにその事実を見せつける。
相変わらず妙なところで大人げない。
 
「それで、その先はどんな風に書いてあったんだ?」
 
「お花見をしよう、ってね」
 
窓の外に咲き誇る、一面薄紅色の風景を見下ろしながらそう言った。
 
「もう、やったのか?」
 
龍雅のその質問を聞くなり、立夏は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、龍雅の顔に顔を近づけてその質問に返した。
 
「まだよ。あなたを差し置いていけるはずがないじゃない。≪永遠に訪れない五月祭(パルティナ)≫で切り取られた最後の日であるワルプルギスの夜の翌日、私たちがループ世界を切り抜けた記念として、5月1日に行うのよ」
 
「俺も、参加していいか?」
 
「寂しがり屋なんだから。勿論よ」
 
龍雅がほっとしていると、他の面子が何やら微妙な表情をして2人のことを眺めていた。
正直ずっと2人きりの世界だったためどちらも気が付いていなかったが、いくらなんでも2人だけで話の路線を逸らし過ぎた。
それに気が付いてお互いに慌てて黙る。
 
「それで、何の話でしたっけ?」
 
さらの立夏に対する視線は、それこそ立夏と龍雅を除く他の4人と違ってやれやれといったものだったが、その彼女が再び話を切り出した。
やはり律儀というかしっかりしていた。
 
「『幸せを呼ぶ夫婦』の話でしたよね」
 
と姫乃。その表情に苦笑が隠し切れないでいた。
立夏は1つ咳払いをして話を進める。
 
「そ、今回の新聞のメインテーマは、今学期にある春の体育祭についてのことなんだけど、前回卒パの時に、『魔法』をテーマに記事を書くことは諦めちゃったから、今度こそロマンのある記事を、と思って、小話的な感じで今回はそのことについて調査しようと思うの」
 
「確かにそれなら身近でホットな話題ですから、それなりに注目もされるでしょうね」
 
真っ先に賛成の意見を出したのは清隆である。
先程信じられないと発言をした人間の言葉とは思えないが、彼自身非科学的なものの存在を身近に有しているのだからはっきり否定できる訳でもない。
 
「それで、他のみんなはどうかしら?」
 
「「「「異議なし!」」」」
 
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会議の後は、それぞれ役割を分担しての活動となった。
龍雅は立夏と一緒に、校内を歩いて回って体育祭に関係する部活動や委員会を訪ねて回った。
また風見学園を卒業した教師たちにも色々訊いて回り、それなりに体育祭の情報を手に入れることができた。
清隆、シャルル、姫乃は図書館にてこれまでの風見学園の体育祭に関する資料を集めていた。
そして、さらと葵は学園から離れて、街に繰り出して『幸せを呼ぶ夫婦』の情報をインタビューで集めていた。
まずは葵が通っているバイト先で色々情報収集をしたのだが、残念ながら噂程度のことしか得られなかった。
 
「すみませんです、あんまりお力になれなくて……」
 
しょんぼりを体で表現したらこうなるだろうという、背と肩を丸めて項垂れるようなポーズで歩く葵が、隣のさらに謝る。
いつも元気な彼女がテンションを下げるとちょっとばかりさらも対応に困った。
 
「い、いえ、まだまだこれからですよ。時間もありますし、頑張りましょう、葵ちゃん」
 
「そうですね!」
 
さらの励ましに、葵は急に元気を取り戻す。
相変わらず感情の変化の激しい人だと困惑しながら、ある程度人の集まるところに出て聞き込み調査を行った。
何人かに訊いて回ったところ、面白い情報を提供してくれる人に出会った。
 
「すみません、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
 
葵の呼び止めに、その青年は快諾する。
そして、一連の説明をした後、彼はどこか満足そうに頷いた。
 
「そのことなら、僕自身経験してるからね。僕はその人たちをこの目で見たよ」
 
思いもよらない目撃談を持つ人と遭遇したもので、手帳を取り出すさらの手も少しばかり震えてしまっていた。
 
「それで、どうしたんですか?」
 
唐突過ぎて葵の質問も的を得ない。
 
「仕事が上手くいかなくてね、悩んでたんだよ。それである日帰り道になんとなく寄り道して海岸通りを通ったらね、すごく幸せそうに寄り添ってる男女がいたんだよ。それを見てたら、なんか体の底からやる気と元気が湧いてくるっていうか、とにかく不幸に感じてたのがいつの間にか幸せに感じてたね。いやもう自分でもびっくりしたよ」
 
「その2人は、どちらに向かっていました?」
 
「その夫婦の噂話は聞いたことがあったからついていってみたんだ。……ストーカーみたいだけど。でもね、そしたらいつの間にか自宅の前にいたんだ。夢でも見てるのかと思ったよ。信じてもらえないだろうけどね」
 
葵とさらは顔を見合わせた。
2人の考えていることは同じだった。
きっと、魔法が絡んでいる、そう考えずにはいられなかった。
 
「それで、その夫婦に何か特徴とかありませんでしたか?」
 
「男性の方は何とも言えないけど、女性の方は印象的だったよ。きっと彼女のトレードマークなのかもしれない」
 
重要な証言を得ることになると考えて、さらは聞き逃さないようにしっかりと耳を澄まし、ペンを少し強く握った。
 
「何か、目立つものを身に着けていたとか?」
 
「うん、彼女、大きなピンクのリボンを着けていたよ。確かあれは大体2ヶ月くらい前だったかなぁ。あの出来事のおかげで今は仕事も絶好調だよ」
 
青年は快活に笑った。
その笑い方からして、彼が今幸せなのは間違いないらしい。
思いもよらない大手柄を得たさらたちは、少し胸を躍らせた。