12.約束の始まり
2013年11月05日 23:10
温泉から出て、急いで体を拭き、準備していた服を着る。
軽く髪を乾かして、更衣室を出る。
2階からの物音はしない。
もうみんな支度は終わっているようだ。
俺もさっさと帰り支度を終わらせて、外に出た。
そこには、みんながいた。
杉並、渉、美夏、ななか、由夢、杏、小恋、義之、茜――藍もいるだろう――、音姉、それからロイに優香も。
「おはようございます。」
目を合わせると優香がお辞儀をしながら挨拶をしてきた。
「ああ、おはよう」
「おせぇーぞ、光雅」
「悪いな、風呂入ってた」
「それじゃ、そこに並んで頂戴」
杏がペンションのオーナーであるカメラマンから少し離れた場所で並ぶように指示する。
「ほら、光くん、こっち、こっち」
音姉が跳ねながら『こっちこっち』をしてくる。
そんなことされなくても初めからそのつもりですごめんなさい。
目をそらしながら頬をぽりぽり掻いて音姉に歩み寄る。
「一緒に写ろ?」
「ああ」
男連中は後列に並び、俺の隣に音姉、その隣に由夢。
輪中の隣にロイが立って、その隣には優香。
前列は雪月花に美夏、それからななか。
「あれ、杉並は?」
「俺はここにいるぞ!」
何、どこだ。さっぱり見当たらんぞ。
きょろきょろしていると、オーナーの隣に杉並を見つけた。
「ふふん、俺はオーナーにお願いして特等席を与えてもらったのだよ。みなが写っている右上に楕円型で抜き出してもらうのだ」
それってあれか、集合写真とかで休んだ人のためのあれか。
「バカヤロー、お前も写れ!」
「ふむ、そこまでいうなら仕方がない。オーナー、例のことはナシということで」
「ああ、別にかまわんよ」
杉並は堂々とした歩き方で一緒に写った。
そして、パシャッと一撮り。
こうして、俺たちのスキー旅行は幕を閉じた。
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昼になるまでお土産を見繕ったりして、それからバスに乗って夕方に初音島に戻ってきた。
「やっと着いたねー」
「ここまで来ると終わったって感じだなー」
「そうだな、もうなんかいろいろ疲れた。ウェルカム、寝正月」
「あはは、義之くんオヤジくさーい」
「オヤジ結構……」
バスを降りて、みんなそれぞれの思いを呟く。
公園前でみんな別れて、それぞれ帰路についた。
……なぁ、行くなら今しかないよな。
このチャンスを逃してしまえば、いつの間にか有耶無耶になってしまっている気がする。
だから。
「なぁ、義之、俺と音姉の荷物を3000円で運べ」
「はぁ!?」
「ちょっと用事だ」
「5000だ」
「いいだろう」
「ほら、よこせ」
音姉に用事があることを伝えて、義之に荷物を渡させる。
勿論音姉は渋ったが、義之の妙な熱意に負けて渡した。
「音姉、ちょっと来てくれ」
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~音姫side~
突然の光くんからの誘い。
一緒に歩こうと言われた。
こういう時は何かを話したい時だって分かっているんだけど……。
一体何が言いたいのだろう。
「ちょっとついて来てほしいところがあるんだ」
こんな夜遅くに、どこに連れて行くつもりだろうか。
きっとさくらさんも心配するだろうに。
……結局、自分の気持ち、この旅行の間に伝えられなかったな。
私はポケットの中にある『それ』を握る。
私は、ただ光くんについていくだけだった。
~光雅side~
音姉を連れて歩いてきたのは、あの時のあの場所。
桜公園をずっと通り抜けた先の、階段を上がったところにある、海が見渡せる高台。
音姉が初めて、俺に笑顔を見せてくれた場所。
そして――。
「音姉、旅行、楽しかったか?」
「うん、久しぶりにみんなで騒いで、新しい友達もできて、なんだか、夢のような気分だった」
新しい友達、ロイや優香のことだろう。
結局なんだったのかよく分かってはいないが、俺はまた、闘う運命にあるのは間違いない。
しばらく間を開けて、更に話す。
音姉に背を向けたままで。
「昨日の王様ゲーム、覚えてるか?」
「ああ、あれ……」
音姉が、なんだか寂しそうに返事をする。
「なんか、悪かったな。ゲームとはいえ、あんなことにつき合わせちまって」
「ううん、いいの。相手が光くんだったこともあるし」
「終わっちまったな……」
俺は覚悟を決める。
音姉に向き直り、深呼吸をする。
「音姉」
「な、何、そんなに改まって……」
決意は固めたはずなのに、不安が残る。
1歩踏み出すのに、ここまで勇気がいるとは。
「俺、やっと気付いた。あの日音姉が連中に拉致されて、なんとか助けだして、病院で音姉の無事な姿を見た時に」
そう、俺は、本当に何も見えてなかったんだ。
何もかも。
すべてを難解なものだと思い込んでいたから。
「本当は、ずっと前からそうだったんだ。俺は、昔から、何も変わっちゃいない」
「……光くん?」
「なんかいろいろあったけどさ、俺の言いたいことは、1つだけなんだ」
そして、ゆっくりと音姉に近づいて。
あと1歩前に出れば目の前になるくらいの距離で。
「俺は、音姉のことが――好きだ」
やっと言えた。
この言葉を口にするのに、なんでこんなに時間がかかっていたのか、未だに理解できない。
こんなにも音姉のことを愛しているというのに。
でも、そんなことはどうでもいい。
俺は、伝えることができたのだから。
「光くん……」
音姉の頬には、涙が伝っていた。
でも、その表情は、その瞳は、喜びに満ち溢れていた。
まるで、その言葉をずっと待っていたかのように――。
「私も、ずっと好きだった。姉弟としてじゃなくて、男の子と女の子として……。でも、ずっと言えなかった。光くんがずっと辛い思いをしていたから、気持ちを伝えると、光くんが耐え切れなくなって壊れてしまうと思ったから。それに、光くんには光くんなりの幸せがあって、それを壊すのが怖かったから……」
「そっか……」
音姉は、応えてくれた。
それだけで、満足だった。
「覚えてるか、この場所」
「……え?」
「音姉が初めて俺に笑顔を見せてくれた場所だよ。音姉がずっと1人で、家に帰ってこなくて、俺が探しに行って。音姉はここで、ベンチに座ってた」
そう、これは俺の中の大事な思い出の風景。
「ここで初めて音姉に魔法を見せたら、音姉は笑ってくれた。その時に音姉が出した和菓子も美味かったし」
「そんなことも、あったよね」
「そして、俺たちの、大切な約束――」
――こー君は、わたしと、いっしんどーたいでもいい?
――ああ、いいよ。
――じゃあ、約束の証に、ゆびきり。
――ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーらはーりせーんぼんのーます。
――ゆーびきーった。
「――っ!」
音姉の表情が驚きに変わる。
「……覚えてて、くれたんだ……」
「当たり前だろ。俺たちは、一心同体、だろ?」
残念ながら、俺の魔法の力は秘密にできなくなってるけどさ。
それでも、俺が音姉を大切に思う気持ちは、変わらない。
変わるはずがない。
「ねぇ、光くん」
音姉は安心した面持ちで、自分のポケットをまさぐり、何かを握って取り出す。
「私は、ずっと大切にしていたんだよ」
音姉がゆっくり拳を開く。
指の隙間から、ほのかな桃色の光が洩れていた。
そこにあったのは、その時俺が音姉にプレゼントした、あの桜の花びらの形をしたペンダントだった。
「……ずっと、持っていてくれたんだな」
「うん。いつかきっと、私と光くんが恋人同士になったら、その時に光くんにつけてもらおうと思って」
なんか、そんなに昔から俺は音姉に想われていたのかと思うと、無性に嬉しくなって、ところどころがこそばゆくなる。
そういうことなら、俺に任せろってんだ。
「音姉、それ、貸して」
音姉からペンダントを受け取ると、首の金具を外して、音姉の首に回す。
うなじのところで外した金具を止め、そっと手を放す。
1歩離れて、音姉を見る。
「どう……かな……?」
「凄く、よく似合ってる」
そして、このペンダントにはとある秘密があるんだ。
「それな、この桜の花びらを使って作ったものなんだ。この、願いを叶えると言われる桜の花びら、それはきっと、音姉の願いを、1つだけ叶えてくれるんだ。――そんなことはどうでもいいか。本当に似合ってるよ」
そう言うと、音姉は俺に飛びついて、俺の背中に両腕を回してきた。
俺も音姉を受け止めて、そっと、そして強く抱きしめる。
もう二度と手放さないために。
「今度は、ゲームの罰なんかじゃない」
そう言って、俺は音姉の唇に、自分のそれを、重ねた。
嬉しそうに微笑みながら涙を流す音姉を見て、俺はそっと囁いた。
「これからもよろしくな。音姉」
「……うん」
音姉はそのまま俺の腕にしがみついて、2人で一緒に帰途についた。
――さて、こうなった以上、もう1人俺のことを想ってくれている人を、あぶれさせてしまうことになる。
俺は、俺の家族が誰も寂しい思いをしない方法を、考えていた。
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音姉と別れて、芳乃邸へと帰宅する。
ただいまと挨拶をすると、部屋からさくらさんが出てきた。
「……おかえり」
俺は好都合だと思い、さくらさんを縁側へと呼び出した。
そして、俺と音姉が付き合うことになったことを告げる。
「そうなんだ。光雅くんは、音姫ちゃんのことが、本気で好きなんだね……」
「はい」
俺は、月を見ながら、強く頷いた。
「そっか……にゃはは、参ったな、こりゃ……」
今度はさくらさんが、寂しそうに笑う。
「ボクも、光雅くんのこと、ずっと大好きだったんだけどな……」
「知ってます。あれだけ大胆にアピールされたんですから。でも、俺はその気持ちに、応えることができません」
ごめんなさい、とは決して言わない。
俺は悪くない。
誰も悪くない。
俺は俺の幸せを選んだ。そうすれば、誰かが傷付くなんて、百も承知だった。
でも、いや、だから、の方が正しいか。
俺はさくらさんをそのままにしておくわけにはいかない。
応えることはできなくても、受け止めることはできるから。
「俺も、さくらさんのことが好きです。でも、それは、残念だけど音姉に対するそれとは少し違う。でも、それでも俺はさくらさんも幸せにしたい。だから、俺、決めました」
そう、さくらさんは、きっと人の温もりが恋しかったのだろう。
それは、魔法の、奇跡の力を使ってまで、家族を創ったくらいに。
だから、その『距離』は、俺が埋めてやる。
長年の寂寥から、俺が解き放ってやる。
「俺が、さくらさんの、いや、さくらの、弟になってやる」
「――それって……」
「ついでに、俺は朝倉家から完全に家族としての縁を切る。そうすれば、俺は音姉と、いや、音姫との関係で、姉弟という関係に甘んじることもしないだろうし、俺がさくらと距離を近づける、立派な『建前』になるだろ?」
「光雅くんっ……!」
さくらは、これ以上にないほど泣きそうな顔になっていた。
「今から俺は、芳乃さくらの弟、芳乃光雅、だ」
「うっ……、ひっく……」
「泣きたいなら泣けばいい。俺はさくらの弟だ。初めて会った時みたいに、遠慮なく俺の前で泣いてくれ。それで、すべて解決、だろ?」
さくらの感情が崩壊し、堰を切ったように涙が溢れ出した。
俺は、その小さな体を、落ち着くまで支えてやった。
しばらくしてさくらが落ち着いた後、さくらはふとしたことを口にした。
「光雅くんは、これからも闘い続けなきゃいけないんだよね?」
「そうなるな。旅行中に出会った強力な助っ人もいるし」
「……ボクも、光雅くんと一緒に戦いたい」
「さ、さくら、急に何を言って――」
「危険なことなのは分かってる!光雅くんがボクを巻き込みたくないのも!でも、ボクはずっとこれまで光雅くんに助けられてばかりだった!ボクだって、この家族を、みんなの笑顔を、この島を守りたいのはキミと同じなんだ!」
さくらの覚悟、それは、憧れなんかじゃ、羨望なんかじゃなかった。
ただ、守りたいと。
一途にこの島の平穏と幸せを願って。
「ボクだって、光雅くんの力になりたい。これでもボクは、魔法使いなんだよ?」
俺は、さくらの気持ちを、決心を、覚悟を受け止めた。
「分かった。さくらに、闘うための魔法の使い方を教えてやる。但し、やるからには本気でやるぞ。生半可にやるのは、一番危険だからな。俺に、ついてこれるか?」
「もちろんだよ。ボクは、おばあちゃんの血を継いでるんだ」
さくらの瞳には、この小柄な体と、普段の性格からは考えられないような、熱い決意の炎がたぎっているように見えた。
きっと、なんとかなるだろう。
何故だか、そう思えた。
こうして、旅の終わりと、そして、新しい生活の始まりが、同時に迎えられたのだった。