11.霧の中の少女

2013年02月15日 17:17
寮に帰って、ラウンジで、さくらをチェスでボコボコにした。
その様子を見ていたリッカとシャルルは苦笑していた。
さくらは、今度こそは、と悔しがりながら意気込んでいた。
それから数日、また≪女王の鐘≫が鳴り響いた。
今度の依頼は、ハイドパークホテル及びその周辺に出没したテロリストを確保することである。
かなり大掛かりな依頼なため、予科1年全クラス及びクラスマスターの所属クラス、つまり本科1年の有志の人間が協力して任務に当たった。
龍輝は犯人確保の部隊で巴の指示を仰ぎつつ、1人で3人の犯人を確保することに成功した。
だが、1番活躍したのは、清隆である。
彼は、ハイドパークホテル内に設置された、最も大きくて今にも爆発しそうな、魔法による時限爆弾を解除したのだ。
彼のおかげで、甚大な被害を出さずにすんだ。
龍輝は清隆のことをますますすばらしく思った。
清隆はその栄誉を賞され、名誉騎士の称号を手に入れた。
これは選挙において大きな一歩となるだろう。
 
さて、そんな清隆に人気が出始めたある日のこと。
ここのところ予科1年A組の連続出動で疲れていた龍輝は寮の自室で横になっていた。
 
「あれは、何だったんだろうか……」
 
数日前に感じたおぞましい強大な魔力を思い出す。
スライ・シュレイドが調査中とはいえ、やはり気にはなった。
そこに。
 
「龍輝ー、いる?というかいるわよね?」
 
ノックをしながら失礼なことを言うリッカ。
 
「あいにく、上代龍輝は不在です。またお越しください」
 
「だったら何で返事がくるのよ……」
 
「これは魔法による録音だ」
 
「アンタそんなことできないでしょうが」
 
「そういやそうだったすいません」
 
悪びれずに適当に謝る。
龍輝は扉を開け、廊下に出る。
 
「で、自宅療養中の俺になんか用か?」
 
「私個人での出動任務よ。しんどいから、サポートして欲しいんだけど」
 
「それが人に物を頼む態度かよ……。まあいい、手伝ってやるよ」
 
「ありがと。ついてきて」
 
リッカについていって、ロンドンの地上に上がる。
見えてくるのは、深く濃い霧と、それによってぼやけた建物だらけの風景だけ。
人はいることにはいるが、あまりはっきりと見えない。
 
「んで、俺は何をすればいい?」
 
「今回の任務は、謎の魔力の集合体の正体を突き止めること。割と大きな力だから、凶悪な魔法使いが絡んでくるかもしれない。だから、サポートをお願い」
 
謎の魔力の集合体、というワードに龍輝は引っかかった。
 
「それって……」
 
「ええ、もしかしたらこのあいだアンタが言ってた魔力の流れに関係あるかもしれない。だからアンタを呼んだのはそのためでもあるの」
 
つくづく用意周到な奴だ、と思った。
 
「でも、お前はあの流れを感知できなかったんだろ?お前が呼ばれる時点でその可能性は薄いんじゃないか?」
 
「今回のターゲットがその流れを作り出す機関かもしれないでしょ?」
 
「それもそうか」
 
流石はカテゴリー5のリッカ・グリーンウッド、そういった知識は龍輝より多く、あらゆる可能性を考慮できる。
リッカについていくのだが、なんだかだんだん裏路地に入ってきてしまった。
気を緩めれば帰り道が分からなくなるレベルで、これまで通ってきた道が複雑だった。
ますます妙な力の集合体の気配が近づいてくる。
リッカの表情に真剣みが増すのを、後姿からでも察することが出来た。
そして、力の集合体である何かのそば、あとこの建物を曲がればその正体と対峙することになるというところまで来る。
リッカはワンドを構え、深呼吸をする。
龍輝は、何か引っかかっていた。
あの気味の悪い魔力の流れを操作する機関がどうしてこんな狭くて陰湿な場所にあるのだろうか。
公から隠すためとはいえ、こんなところではまともに術式を展開することも出来ない。
考え込んでいると、リッカは先に飛び出した。
 
「リッカ!」
 
龍輝は突然のリッカの行動に驚きを隠せないでいる。
飛び出したリッカの顔から、真剣な表情が消え、疑問、驚愕、悲哀ともとれる瞳が揺れていた。
 
「……な…んで……?……どう、して……?」
 
リッカの体が震え始める。
 
「リッカ!どうした!?」
 
急いでリッカに並び、状況を確認する。
そこには。
 
「久しぶりだね、リッカ……」
 
昔の魔法使いが好んで着用していたといわれる黒のローブを身に着けた、赤毛にそばかす、大きな深いエメラルド色の瞳が特徴の少女が顔だけをこちらに向けて、嗤っていた。
ただ、嗤っていた。
その瞳に映っていたのは、衝撃を受けて動揺したリッカの脆い姿だった。
 
「……ねぇ、あなた、ジル、なの……?」
 
リッカはその少女をジル、と呼んだ。
 
「リッカ」
 
少女はリッカの名前を呼ぶ。この2人は、知り合いなのだろうか。龍輝には、何がなんだか分からなかった。
 
「……」
 
「相変わらずだね、あなた。……何も、何も変わっていない」
 
そういうと、少女は体ごとこちらに向き直った。
 
「その変わらなさは、罪だよ……」
 
「どういう意――」
 
「いつまで、そのままでいるつもりなの?」
 
リッカの言葉を遮るように、少女は口を開いた。
 
「……え?」
 
「あなたは、いつまで“昔の約束”に縛られているの?」
 
「昔の、約束……」
 
「いい加減、変わらないと。私たちは、決断しなければならないんだよ」
 
「……」
 
少女はリッカを一瞥し、龍輝を見る。
 
「キミは?」
 
「俺はリッカの先輩だ」
 
しばらくの沈黙が場を包む。深く濃い霧と相まって、重苦しい雰囲気が更に胸を締め付ける。
 
「キミも、変わるんだ」
 
「何……?」
 
「キミは、選ばれているんだよ。絶対の力と、大きな絶望に」
 
「どういう意味だ?」
 
その瞬間、場に閃光が走った。
視界が奪われ、少女どころか、隣にいたリッカも見えなくなった。
光が消え、視界が開けてくると、そこには少女はいなかった。
 
「……どうして……?」
 
そこにいたのは、状況がよく分かっていない龍輝と。
悲しみと不安を隠し切れない、リッカだけだった。
 
「リッカ、落ち着け」
 
そういったのだが、リッカには届かなかったらしく、リッカは両腕を宙に彷徨わせ、ふらふらとした足取りで、前に進もうとしていた。
 
「リッカ!」
 
強くリッカを呼び、その腕を掴んで引っ張り、そして、優しく抱きしめてやる。
恋人同士ではなかったが、泣きそうな女の子を黙って見ているわけにもいかなかった。
 
「何があったのかは知らんが、とりあえず、一旦落ち着け。それから、出来れば俺に話を聞かせて欲しい。後でいいから。……な?」
 
リッカは、しばらくして頷いた。
その動作には、いつものリッカの強かな様子は見られなかった。
 
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「いつでもいい。気が向いたら、俺に話せ。力になれないかもしれないけど、楽にはなれるぞ」
 
「うん、ありがとう……」
 
「それじゃ、とりあえず、ゆっくり休め。学園長には、俺から話しておくよ」
 
一度風見鶏に戻って、生気を失ったかのようなリッカを寮まで送り、心に負担を掛けないように声を掛けてやる。
そして、リッカが部屋に戻るのを見て、龍輝はリッカの部屋を後にした。
本当は、そばにいてやるべきなのだが。
 
――変わらないといけない。
 
少女はそう言っていた。
これはもしかしたらリッカ自身の問題なのかもしれない、もしそうなら、自分が深く関わるべきではない、そう考えたのだ。
自分は、彼女を離れたところから支えてやらなければならない。
そして、もう一つ。
それは、自分が、『絶対の力と、大いなる絶望』に選ばれた、ということだ。
さらに、自分もリッカ同様、何らかの変化を起こさなければならない、もしくは起こってしまう、ということだそうだ。
何が起ころうとしているのか。
最近、不可解なことが多い。
スライの、『研究施設』に対する疑念、地上から流れてくる謎の魔力の流れ、そしてリッカが怯える正体不明の少女。
あの少女は、リッカだけでなく、自分自身にも何らかの関わりがある。
 
「考えても仕方ないな。シャルル達に連絡だけでもしとくか」
 
1人呟いて、寮を出る。
そして、風見鶏の校舎に向かうのだった。
 
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「ちーっす」
 
生徒会室に入り、気の抜けた挨拶をすると、シャルルたちが龍輝に気付く。
 
「ああ、龍輝か。リッカはどうした?」
 
「リッカはさっきの任務で色々あってな。ちょっと寮で休ませてある」
 
「そう……」
 
シャルルが俯く。
 
「でもまぁ、あいつのことだ、明日には無理にでも顔出すだろ。その時は何も聞かないでやってくれ」
 
「そうだよね」
 
さて、この話には一旦区切りがついた。気分転換は必要である。
 
「さて、今日その作業が終わったらどっか行かないか?」
 
「私はいい。用事があるからな。シャルルと2人で行って来い」
 
「え?で、でも……リッカに――」
 
「も、問答無用!手伝うからさっさと終わらせろ!」
 
「……そうか、そうか」
 
巴が意味深に頷く。
 
「あぁ、でも、今日はもう時間がないかも。明日のお昼からでどうかな?」
 
「そういうことなら、問題ない。俺は帰る!また明日な!」
 
「またね~」
 
「また手伝いに来い」
 
「おう」
 
そうして、龍輝は颯爽と駆け出した。