da capo<最終話>

2014年01月23日 15:01
しんしんと桜の花びらの舞う中、1軒の大きな古い木造建築の家があった。
ごく一般的な住宅街の中、このような古風な建築物は、雰囲気的に異様としか思えない。
住人がいるのかどうか怪しいところだったが、そこには間違いなく人が住んでいた。
金髪碧眼の老婆。
しかし、老婆という程醜くもなく、むしろ美しく、どこか高貴さを感じさせるような女性だったと言える。
その老婆が、今は茶を啜りながら家の縁側でのんびりとしていた。
見上げれば庭の隅に桜が咲いており、風が少しずつ花びらを運んでいく。
しかしいくら運ぼうと、その薄紅色は途絶えることを知らない。
永遠に終わりそうもない夢の空間を微笑ましく思いながら、老婆はそれを眺めていた。
 
「おばあちゃん」
 
ふと、老婆を呼ぶ声が背後から聞こえてくる。
老婆が振り返ると、そこには気弱そうな幼女がいた。
老婆と同じ金髪碧眼、長い金髪をツインテールに纏め、赤いリボンで括っている。
しかしその表情は老婆のそれとは違い、何とも弱々しく、儚いものだった。
 
「どうしたんだい?」
 
老婆は幼女に向き直り、訊ねる。
幼女は甘えるように、じゃれつくように老婆に返した。
 
「ねぇねぇ、アレ、アレちょうだい!」
 
アレ、と抽象的な物言いだったが、それでも老婆はすぐにその意図を察した。
孫の甘えっぷりに苦笑しつつ、右手の拳を握り締める。
神経を集中させ、そこにあるべきものをイメージする。かつて想い人に教えてもらった、小さな幸せの魔法。
掌を開けると、そこには小さな大福がちょこんと乗っていた。
それをみて幼女は目を輝かせる。
 
「ほれ、どうぞ」
 
「ありがとう!」
 
老婆の手からひったくるように大福を手に取り、そしてかぷりと1口齧り付く。
その美味さに顔を綻ばせ、ものを頬張る兎のようにもふもふと口を動かす。
その様子に、老婆は優しく微笑んだ。
 
――一陣の風が、桜を運ぶ。
 
老婆がふと顔を上げると、そこには1人の小さな少年がいた。
ブラックとブラウンの混じった長髪、それは子供ながらに、肩にかかるくらいに長かった。
エメラルドグリーンのくりっとした瞳を不思議そうにこちらに向け、そこに立っている。
老婆はそこにいる少年が何者なのか、少しして理解した。
 
「こんにちは」
 
「……こ、こんにちは」
 
老婆が少年に声をかけると、少年は慌てて返事を返す。その慌てようを見るに、どうやら大人しいタイプの人間ではなさそうだ。
あどけない顔立ちとは正反対に、どこか達観していて、頼もしさや逞しさを感じさせる佇まい。
突然の第三者の出現に、幼女は老婆の背中へと隠れ、怯える。
 
「何か用かい?」
 
ゆったりと、そう訊ねる。
 
「誰かは分からないけど、見守ってあげてって」
 
少年は老婆を恐れる対象ではないと認識したのか、人懐っこい性格なのかすぐに老婆の下へと歩み寄った。
勿論それに従って幼女は更に老婆にしがみつくことになるが。
 
「これこれ、そんなに怯えんでもいいじゃないか。悪い子じゃないさ。……ごめんね、この子、いじめられてたものだから」
 
老婆の言葉に、少年は幼女へと視線を向ける。
それは別に憐れみでも侮蔑でもない、ただの好奇心の視線。
 
「この子、いじめられてるの?」
 
老婆はゆっくり頷くが、少年は表情を変えない。
 
「友達、いないの?」
 
「そうだね、よかったら、この子と友達になってくれたら嬉しいんだけどねぇ」
 
そう言うと老婆は背中の兎を抱きかかえ、隣へと下ろす。
それでも幼女は怯えていたが、少しだけ緊張は解れたようで、瞳はしっかりと少年を捉えている。
 
「……いじめない?」
 
「いじめないよ。僕はキミの友達。仲良くしよう!」
 
少年は目一杯の笑顔で幼女を迎える。
幼女の怯えた表情は、次第に柔らかくなっていった。老婆の服の裾を握る手の力も緩む。
 
「キミ、名前は?」
 
名前を訊くと、流石に一気に接近されると怖いのか、少しびくりとする。
それでも幼女は勇気を振り絞って、目の前の優しそうな少年に自己紹介をする。
 
「……さくら。芳乃……さくら」
 
そこまで聞いて、老婆はその場から立ち上がる。
そしてさくらの頭を撫でて褒めた。
 
「よくできました。後は2人で遊んでらっしゃい」
 
そう言うと、老婆は部屋の奥に戻ってしまった。
その後ろ姿を、さくらは不安げに見つめながら、彼女がいなくなると視線を少年へと戻す。
 
「さくらちゃん、って言うんだ」
 
「うん」
 
少年はさくらに手を差し伸べる。
さくらがその手を握り返すと、一気に引っ張られて立ち上がった。
ほんの少し、怖かった。それでも、優しさと、温もりを感じた。
 
「素敵な名前だね。かわいい」
 
「あ、ありがとう」
 
名前を褒められたのは、祖母が初めてだった。
そして彼が2人目。純粋に嬉しかった。
しかし、自分の名前は教えたのに、こちらは何も知らないのは不平等だ。
そこでさくらは少年へと訊き返す。
 
「キミの、なまえは?」
 
きょとんと、少年は不思議そうにさくらを眺める。
しかしすぐに笑顔を戻してにっこりと微笑むと、再び彼女の手を握って走り出した。
さくらは彼に引っ張られるように、後ろについて走る。
少しだけ楽しい、そんな時間。
そして少年は言葉を発した。
それが、新しい物語の始まり。
永遠に繰り返される物語――ダ・カーポのように。
少年は振り向いた。
 
「僕の名前は――」
 
 
 
 ~D.C.X beginning~